研究とは、何か新しいことを見つけるか、あるいはまだ調べられていないことを詳しく調べるなど、とにかく過去に他の人がやっていないことをやることです。 これが研究と勉強の決定的な違いです。 ですので、大学入試や大学院入試でいい成績を出す人が有能な研究者とは全く限らないのです。 入試で測っているのは計算能力や問題処理能力であり、これらは研究の遂行上「必要な」スキルでしかありません。 最も重要な、新しいアイデアを出す発想力やオリジナリティ、研究分野の動向を見抜く眼力などは全く測られていません。 ですので、院試でよい成績を挙げても研究者としては成功しない、ということも珍しくありません。
どういう研究が評価されるのでしょうか。 それは、とにかく何かの意味で役に立つ仕事です。 もちろん、宇宙物理学の場合、実生活に役立つというのではなく、宇宙をより深く理解するために役立つという意味ですが。 単に誰もやったことがないことをやるだけではよい評価は得られません。 (ごくたまに、世に出た時点では意義が良くわからなかったが、あとで偶然に役に立つことになった研究もありますが、例外的です。また、本人はその重要性を正しく理解していても、斬新すぎてコミュニティから評価されるのに時間がかかるケースもあります。) 従って、計算能力や理解力だけではだめで、その分野の大局的な流れを戦略的に読んだ上で良い研究テーマを見つける、あるいは選ぶことが成功への重要な鍵になります。
私の指導教員であった佐藤勝彦先生がおっしゃっていたことですが、研究には三つの重要な要素があります。 (1)研究の意義・目的、(2)解析や実験などの研究本体、(3)論文執筆・発表などのプレゼンテーション。 若い学生はとかく(2)のみにエネルギーを注ぎがちです。 しかし、このどれかひとつでもかけると、せっかくの努力が評価されないことになるのです。 これはある有名な先生の話だそうですが、研究の価値(Value)、V はV=IC という方程式で決まる。 ここで、I (Importance) と C (Completeness) はそれぞれその研究の重要性と達成度です。 重要性の高い(Iの大きい)研究は、それだけ多くの人が挑んでも解けない難しいテーマでもあり、たいていの研究は達成度が低い(Cが小さい)。 一方、確実に成果のあがる(Cが大きい)研究は得てして重要性やインパクトも小さい( I が小さい)。 我々は、このバランスをとりつつ、まだ誰もやっていない研究で、かつ V が最大になるようなものを選ばないといけません。
研究テーマをどのように決めるかは、研究室によって様々です。一般的には、理論の研究室はテーマ選定の自由度が高く、観測や装置開発、大プロジェクトに関わる研究室では、その研究室の研究をグループで推進することが前提となる傾向があります。
私の研究室ではその点は自由度を高くしていて、
学生が自分でテーマを見つけて、研究を遂行する
戸谷のほうからテーマを提案し、学生はその研究を行う
のどちらでも選択できます。 もちろんどちらでも平等に、私は可能な限りのサポートを行います。 1. のほうが自分が一番やりたいことができる反面、私が馴染みのない分野やトピックだと十分にサポートできない可能性があります。 また、若い学生の段階では、その研究の意義や実現可能性についての判断ができませんから、あまりに難しい、あるいは人から興味を持たれないテーマを選んで袋小路に陥るリスクがあります。2. のほうでは、特に修士の学生に初めて与えるテーマでは、私はなるべく「確実に論文になりそうな仕事」を与えるようにしています。 これは、学術振興会のDC研究員などの資格を得て、生活資金に余裕を持って研究生活を送るためにはなるべく早く論文を書かないといけないという現実的理由がひとつ。 もう一つは、駆け出しの学生にはまずは比較的簡単に論文になるテーマで実際に論文を書いて自信をつけるとともに、「研究とはどんなものか」を肌で知ってもらうのが何より大切だと考えているためです。 その上でより難しいテーマにチャレンジしても遅いということは全くありません。
ですので、研究を始める時期は早ければ早い方がいいというのが私の意見です。 M1のうちは広く勉強させたほうがよいという意見もありますが、私はむしろ、なるべく早くテーマを与えるようにしています。 それは、目的意識の薄い勉強(輪講など)をいくらやっても実のある知識は得られず、むしろ、実戦として研究をするという目的意識の中で必要な勉強をしていくほうが、真に自らの血となり骨となる知識が得られると考えているからです。もちろん、自分の研究を進めるのと同時に、講義や談話会、輪講などを通じて広く勉強をすることも大切です。
私の提案するテーマを選んだからといって確実に論文が書けると保証されているわけではありません。 なるべくそのようなテーマを与えるよう努力していますが、しかし研究は by definition で何か新しいことに挑戦するものですから、予想外のことが必ず起こります。 結果的に成就しないというリスクは常につきものであると考えてください。 私は皆さんが良い成果を出せるよう最大限努力しますが、神様ではありませんので、うまく行かない時も、先を読み誤る事もあります。
私のよく知っている分野でのテーマを選ぶか、あるいは良く知らないテーマを選ぶか、どちらがよいかは一概に言えません。 前者のほうが確実に論文を書く上で安全パイとも言えますが、それだけよく研究された分野であり、あまり新しいことは残っていないかも知れません。 後者のほうが、全く新しい方向の研究が生まれる可能性は高くなります。 私のこれまでの研究実績の中でも、良く知らないけど興味のある分野に敢えてチャレンジし、今までの自分の専門知識を応用しながら模索する中で、新しい概念が生まれ、世界的にも評価される仕事につながった例があります。 また、ある高名な研究者が語ったそうですが、自分のよく知らないテーマに挑戦し、自力で研究を完結させる学生のほうが、有能な研究者に成長し、アカデミックポジションを取っていく例が多いそうです。 指導教員の十八番のテーマを選ぶと、論文は書けても、学生自身の創造性やユニークさが失われてしまう可能性もあるでしょう。
以上をよく考えた上で、自分の責任で研究テーマを決定してください。 上に書いたように、あらかじめベストであるとわかる選択はありえません。 結局最後は、本人の「やる気」と「実力」と「時の運」です。かつて仁科芳雄は朝永振一郎に、「成果が出るかどうかは運です。努力して運を待て。」と言ったそうです。努力をしても運が悪ければ報われないかもしれない。しかし努力をしなければ、成果がでることは絶対にありません。人事を尽くして天命を待つ、それができるだけの精神力が求められるのでしょう。似た言葉にパスツールの "Chance favors the prepared mind."というのもあります。
なお、ここで書いた内容は主に修士の学生を念頭においています。 博士課程に進学したら、自分の研究テーマはまずは自分で探す努力をしましょう。 自分で研究テーマを設定できない人は一人前の研究者にはなれません。 もちろん、テーマ探しに関する相談には応じます。
上記 1., 2. どちらの場合でも、私は学生に対して大まかな方向や方法を示唆するのみで、学生が自ら考えて主体的に研究を行うのが基本です。 ただし、多くの共同研究者がいたり、あるいは観測とも関連した大きなプロジェクトなどの場合は、プロジェクトの一員として確実に結果を出していく責任があるため、通常より強く明確な指示を与えることもあります。 しかしその中でも、「自分の頭で考える」ことが何より重要です。 いくら論文の数を増やしても、自分の独力で研究テーマを見いだし、遂行し、完成発展させる能力がなければ、研究者として高い評価を得ることはできません。 頭を使わずに私のマシーンとなるような人間をつくることは目的にしていません。
学生に主体的に研究を進めてもらうのが基本とはいえ、一人で進めていると、得てして変な方向に暴走するものです。 さんざん暴走した後に私のところに持ってきて、結局出直しということになると大変な時間の無駄になります。 そのようなことを防ぐため、最低でも週に一度は、研究の進展状況報告をするようにしてください。
研究は、決して予定通り、予想通りに進むものではありません。 研究を進める上でいろいろ調べたり勉強する中で、当初の目的がすでに過去に行われていたり、あるいは現在ではあまり意味がなくなっていると判明することもしばしばあります。 一方、いろいろ勉強する中で、少し違った研究テーマを見つけることができるかもしれません。 こうした柔軟な着想が大変重要です。 研究を進める中で、「この方向よりも、むしろこういう形で進めたら良いのではないか?」、「このように研究テーマを変えたら良いのではないか?」ということを常に自分の頭で考えるようにしてください。 そして、どんどん私にも話してください。 良い方向であれば積極的に応援しますし、良くないと思えばその理由を話します。 自分で研究テーマを見つけられる学生こそ、将来の研究者として有望です。
研究者にとって、新たな知識を吸収する「勉強」は一生大切ですが、特に学生のうちは勉強が重要です。 特に理論家は、様々なことに興味をもち、自分の幅を広げることが大切です。
この勉強と研究のバランスをどうとるかはなかなか難しい問題です。 私の経験で言うと、最先端の研究こそ最高の勉強です。 まずは、実際に研究を始めたら、それに集中することを薦めます。 一本の論文を書くためには、それだけでも数多くの論文を読む必要があり、自然に勉強になります。 そうして実戦的に得た知識は、ただのセミナーやゼミで聞いた知識よりはるかに身になるものです。 そうした知識は、今の研究が終わって次のテーマを考えるとき、また、専門の幅を広げようとするときにきっと役に立つでしょう。 若い大学院生に早くから研究に集中させると視野が狭くなるという意見も時々聞きますが、私は必ずしもそうは思いません。 自分の研究という実戦の中で知識や視野を広げていくことが一番です。
ただし、自分の研究以外で全く勉強しないのも困りものですから、普段教室で行われる談話会や関連分野のゼミなどは、視野を広げるための義務と考えて必ず出席してください。 また、そうした場では積極的に質問をすることを強く推奨します。 特に、研究者としてこの業界で生きていこうと考えている人にとっては、みんながいるところで積極的に質問や発言をすることが、自分の評価を高めるための大切な自己アピールになります。
一方で、あまりゼミなどに出すぎて自分の研究が進まないのも困りものです。 適度なバランスをとるようにしてください。 様々なことに興味を持って勉強してはいるものの、それに時間を取られて肝心の自分の研究が進まない、という人もしばしば見かけますが、それも問題です。 まずは今の自分の仕事を論文として完成させて、それから次のテーマに移るときに勉強しても遅くはありません。 今の時代、研究者として職を得るにはどんどん論文を書いていかないとだめであるということも忘れずに。
研究が完成したら、積極的に宣伝しないといけません。 学会や研究会に積極的に参加して自分の研究を発表してください。 他大学の研究室を訪問してセミナーをさせてもらうのもよい方法です。 研究職を目指すなら自己アピールこそ最も大切なものです。 論文だけでなく、こうした学会発表の実績も、学術振興会特別研究員に応募したり、あるいはポスドク研究員や大学の教員に応募するときには重要です。
プレゼンテーションの技量は自分の研究を正しく伝える上で大変重要です。自らのプレゼン技術アップに努めましょう。 インターネット上にも、研究発表プレゼンの良いマニュアルが見つかります。折角よい研究成果なのに、プレゼンが下手なので会場の人に全く評価されなかった、ということはよくあることです。 プレゼンがうまければ、研究会などで招待講演を依頼されることも多くなります。 プレゼンの上手下手は、本来、その研究の価値とは関係ないことですが、現実にはプレゼンがうまいことは研究者にとって様々な場面で大変有益です。 将来大学での職を狙うとき、大学によっては講義の技量も人事選考で重要になるそうです。