大学院入試で、天文学をやっている研究室に晴れて入学したといっても、天文学・宇宙物理学の研究で飯が食える研究職、いわゆるアカデミックポジションに就くまでにはまだまだ長く困難な道のりが待っています。博士課程修了後、任期付のポスドク研究員を1〜2回やってから、助教などの任期のないポストを獲得するのがモデルコースです。
しかし、博士課程の大学院教育を担当している教授や准教授の平均在職年数を10年とし、その間に毎年1名ずつ、博士取得者を輩出したとすれば、その教授/准教授ポストにありつける卒業生は10人に一人ということになります。もちろん、博士取得後に企業などに就職する人も相当数いますし、大学でない研究所や、博士課程のない大学にポストを取っていくケースも多いですから、 現実はこの数字よりはましでしょう。しかししばしば報道されるように、近年は、任期なしポストにありつけないポスドクが多く、また高齢化して、深刻な問題となっています。
研究環境の良い、有力大学や研究所のポストは、熾烈な競争を勝ち抜いて初めて得ることができます。 しかし良い点もあります。少なくとも我々の分野におけるトップクラス研究機関における人事では、ほとんど純粋に研究と教育の能力と実績だけで評価され、いわゆるコネとか学閥、出身大学による差別などはほとんどないということです。 従って、結果を出せば誰にでも平等にチャンスはあるということです。
また、研究環境のよいポストの競争は厳しい状況ですが、教育がより中心となる大学などの教員まで広げれば、物理学・天文学を教えられる教員のニーズは決して少なくありません。教育 duty は多くなるかもしれませんが、安定した職場で好きな天文学、宇宙物理学に携わって生きていけるというのは魅力的といえるのではないでしょうか。もちろん上記のように、企業や官公庁への就職も十分可能です。修士修了で就職する場合に比べ、博士修了の場合は就職先の選択肢が狭まるとも言いますが、一方で、近年では AIやビッグデータなど、理系、特に数学や物理系の素養を持った即戦力を多くの民間企業が求めています。企業の就職先が全く見つからないというような状況ではないようです。
従って、博士に進学する、あるいはポスドクとしてアカデミアに残るというのは、厳しい世界ではあるけれども、きちんと努力している人であれば、そう悲観する必要は無い、少なくとも路頭に迷って人生を台無しにするようなものではない、というのが私の個人的な感触です。好きな天文学や宇宙のプロの研究者として、人類の知見を広げることに貢献する人生はとても夢のあることだと思いますので、多くの若い人にチャレンジしてほしいと願っています。
上で「きちんと努力」と書きましたが、ではそれはどれくらいのことをいうのでしょう? 明らかな最低ラインは、「世の社会人が働いているぐらいの時間は研究・勉強する」ということでしょう。 大学院生ならば、年齢的には同世代の世の人はみんな働いていることになります。 自分のペースもあるでしょうから、必ず9時〜17時で仕事をする必要はありませんが、一週間のトータルの研究・勉強時間が、世の人の労働時間に比べて少ないようでは、研究者を目指すのは難しいでしょう。さらに言えば、これはあくまで「最低ライン」です。 よい研究成果を多くあげて、研究環境の良い大学や機関に就職していく人たちの多くは、それ以上に努力をしています。 土日もゴールデンウイークも正月すらも大学にこもって研究するような、そんな「メシより研究が好きである」「論文を書いて世に公表する事に何より快感を覚える」というな人たちがいるわけです。 あなたの才能がそういう人たちとたいして変らないのであれば、あなたが彼らに勝つ唯一の方法はそれ以上に努力することだけです。また、行き過ぎた競争は問題であるとはいえ、良い意味での野心や競争意識、競争を勝ち抜くプレッシャーに耐えられるだけの強い精神力も求められます。言ってみれば、大学院生やポスドクは2軍3軍のプロスポーツ選手や、まだ世に認められない芸術家の卵のようなものです。そういう面では、一般企業などに比べると厳しい世界とも言えます。それを乗り越えていく覚悟と強いメンタルが求められます。
才能と努力とどちらが重要かという質問を時々耳にしますが、どちらも重要であるとしか答えられません。 努力だけではどうにもならない面もありますし、一方でせっかくの才能を論文という具体的な成果につなげるには努力は絶対必要です。 近似的には「成果≒才能×努力」ということになるでしょう。「≒」の意味は、この等式にさらに「運」という要素が加わって確率的にバラツキが生じる、ということです。 要は、良い成果を多く出したほうが勝つ、ということであり、それが才能によるものか努力によるものかは、どうでもよいことです。
また、研究の実績や実力が同じ程度なら、よく知られている人、すなわち多くの研究者仲間と仕事でも友人としても交流している人が有利になります。大学や研究所で教員として仕事をする際は、研究のみならず、教育や雑務、マネジメント業務もやらなければいけません。研究成果や実績が同程度なら、明るく人当たりが良くて、面倒な雑用でもわがままを言わずに自分の分担はきちんとやってくれそうな、しっかりした人が採用されるでしょう。 プレゼンや授業がうまそうな人も有利になります。ですので、普段から研究会やセミナーなどの機会を通じて、積極的に全国あるいは海外の友人知人を増やすことが非常に重要です。また、研究会などで積極的に質問をすることも重要で、それにより、「ああ、あの人はアクティブな人なんだな」という印象を多くの人に与えることができます。 その質問が本質的で鋭い質問ならなおさら評価が上がります。 シャイで引き籠もっているのは絶対に損です。 人付き合いが苦手な人も、できるだけ頑張って自分の社交性を向上させる努力をしていくべきでしょう。
研究者を目指す若い皆さんにとって、この拙文がわずかでもお役に立つことを願います。