研究成果の概要

2023年1月

ダイアモンドの起源に迫る新手法と標準物質を提案:SIMSを用いたダイアモンドの微小領域炭素,窒素同位体の同時測定

(ウィスコンシン大学マディソン校との共同研究)

(Ishida et al., 2023, Geostandards and Geoanalytical Research)

ダイアモンドは地球深部,マントル上部の超高温,高圧環境で形成されることが知られています.ダイアモンドを構成する炭素がマントルなど地球内部から供給されたものか,あるいは太古の昔に沈み込んだ堆積物に含まれる炭素を使っているかは,炭素の同位体比を測定することである程度の判別をつけることができます.近年,このことに加えてダイアモンドに極微量に含まれる窒素の量や同位体比を測定することで,その起源や形成プロセスに迫る研究が行われてきました.ただし,天然のダイアモンドは貴重であり,数mgのダイアモンド全てを燃焼させてしまう従来的な同位体分析法ではデータの蓄積が難しかったり,そもそも極微量の窒素の同位体が測定できないなど問題がありました.


2次イオン質量分析計(Secondary Ion Mass Spectrometry: SIMS)はマイクロスケールのビームスポットで高精度の同位体比分析を可能にした分析計です.過去,SIMSを用いたダイアモンドの炭素同位体比,窒素同位体比の分析はそれぞれ別個の手法として開発され,データの蓄積が行われてきました.しかし炭素窒素の同位体測定にはそれぞれ別々の2つの分析スポットが必要だったり,同じ分析スポットを2度別の手法で打つことで深さ方向に異なるデータを得ていたりと,真の意味で同じ分析点における同位体検証は行われてきませんでした.一方で,ダイアモンドがマイクロスケールレベルで段階的な成長を示すゾーニング構造を持ったり,マイクロサイズの包有物を含んでいたりすることがわかってきており,分析スポット1点で,炭素と窒素の同位体を同時に測定する手法と,そうした評価の際に必要な標準物質の検討が求められてきました.


本研究では,天然のダイアモンド(UWD-1)において初めて炭素と窒素の同位体を1点の分析スポットで決定する手法を検証し,さらにUWD-1の同位体均質性が,今後の試料分析の標準試料として使用できるレベルにあることを新しく確認しました.UWD-1はKelsey Lake Diamondというアメリカ,コロラド州にキンバーライトから採取されました.その中でも肉眼および光学顕微鏡,電子顕微鏡観察でヒビや包有物などがない,均質な数ミリメートルほどの塊をUWD-1と名付けました.

このダイアモンドをさらにレーザーで0.6mm角ほどに切断し,16個の断片を作成し,SIMSでの分析用にインジウムという金属に埋め込んでいます.こうして準備した16個の試料に対して計178点の分析を行い,その炭素と窒素の同位体を測定して均質性を確認しました.

分析手法はIshida et al. (2018)で開発された有機物の炭素窒素同位体分析手法をベースとし,ダイアモンド分析用に最適化を行いました.これと同時にダイアモンドの結晶方位による同位体不均質(オリエンテーションエフェクト)がないことを,SIMS分析において初めて確認しました.

その結果,分析スポット10マイクロメートルの1点に対して,炭素で0.3‰,窒素で1.6‰の同位体均質性が確認されました.

今回の分析で1測定点当たりの正確な窒素の濃度を出すことは難しいのですが,炭素に対しての窒素の比を疑似的に窒素濃度と見た時に,178点における窒素濃度と炭素窒素の同位体比には相関性がなく,UWD-1は同位体標準物質として均質な組成を持つということがわかりました.


以上により,この研究によってダイアモンドのマイクロスケールでの炭素窒素同位体均質性を検証する手法と,そのために最適な標準試料が新しく提案されました.今後,地球におけるダイアモンドの起源や形成プロセスの解明に役立つだけでなく,隕石に含まれるマイクロスケールのダイアモンドなど,これまで従来的な分析の難しかったダイアモンドの分析にも応用が可能であり,広く地球化学分野への応用が期待されます.


(Microscale simultaneous carbon and nitrogen isotope measurement on natural diamond, Akizumi Ishida, Kouki Kitajima, Ko Hashizume, Michael J. Spicuzza, Alexander Zaitsev, Daniel J. Schulze, John W. Valley, Geostandards and Geoanalytical Research, doi:10.1111/ggr.12485)



*キンバーライト:地下100-300kmほどのマントル内部で発生し,”地質学的に”一瞬で地表まで噴出した岩石.マントル物質や,高温高圧でしか形成されない鉱物,ダイアモンドなどを含むことがある.


*2次イオン質量分析計:セシウムや酸素などのイオンを1次イオンとして加速して,それを試料表面に衝突させた時に生じる2次イオンを測定可能な装置.1次イオンのビームスポットは10ミクロン程度と高い空間分解能で,極少量の表面破壊で試料の測定ができる.測定できるイオンは希ガス以外ほぼ全てに及ぶ(イオン化効率の差により向き不向きはある).検出器にファラデーカップや電子増倍管を採用しており,ppmからppbオーダーの極微量の元素の検出が可能である.


*オリエンテーションエフェクト:SIMS分析は1次イオンを斜め方向から試料表面に照射し,表面から発生する2次イオンを観測するが,この斜めからイオンを入射する際に試料の結晶方位がこれに並行か,垂直かなどで2次イオンの出方が変化し,同位体比に差が出てしまう現象.

2020年6月

生物的マンガン酸化物の形成の証拠を発見秋田のマンガン鉱床から太古代マンガン鉱床形成の謎を解く

(Tsukamoto et al., 2020, Ore Geology Reviews)

マンガンは生命活動に必須な元素の一つです。海洋のマンガンは主に海底熱水活動に伴って岩石中の鉱物が溶解し、熱水によって輸送されることで供給され,最終的に生物が使用しています。岩石から生物までのマンガンの輸送過程は、初期地球(太古代:25億年前よりも前の時代)から現在まで変わらず起こっていと考えられます。一方で、どのような熱水系マンガンが供給されているのか、その痕跡が岩石中にどのように保存されうるのか,太古代における生物活動との関係明らかになっていませんでした。

本研究では、約1200万年前の海底熱水の痕跡を地上観察することができる「秋田県北鹿地域」で見られるマンガン鉱床の成因を明らかにすることで、上記の問題に取り組みました

[成果1]

本研究ではマンガン鉱床の下盤の熱水変質を被った岩石を詳細に分析することで、100°C前後の比較的低温の熱水活動によって、大量のマンガンが供給されたことを明らかにしました。これまでは高温の熱水(200°C以上)により、多くのマンガンが供給されると考えられていましたが、低温の熱水活動でもそれが可能であることが明らかとなったため、マンガンの物質循環を理解する上で重要な知見となります。また、観察できたマンガン鉱物は、ケイ酸塩鉱物・炭酸塩鉱物・酸化物など10種類以上にも及び、海底下での熱水と岩石の反応により、複雑な化学条件が構築されていることが明らかになりました。このマンガン鉱物の形成条件を計算することで、当時の熱水の酸素分圧やpHなど復元することができました。

この成果は現在注目されている海底資源の探索にも役立つことが期待されます。本研究により、マンガン鉱床は、1500万年前に形成した黒鉱鉱床(*)の上の地層に位置し、黒鉱鉱床の形成後に弱まりながら継続した熱水活動によって形成されたことが明らかとなりました。つまり、マンガン鉱床は巨大な黒鉱鉱床のような海底下に保存された海底資源の探索におけるマーカーとして活用できることが期待できます。

[成果2]

本研究のもう一つの大きな成果は、地質試料から初めてマンガン酸化菌のようなマンガン酸化の化学反応をエネルギー源として用いる微生物の痕跡を見出したことです。コロフォームと呼ばれる特徴的な形状のマンガン酸化物の間には有機物が見られ,このマンガン酸化物の形成には生物が関与したと明らかになりました( 図参照)。これはマンガン鉱床の形成に生物が関わっていたことを示す大変重要な発見です。

この成果を応用することでより古い時代の地質試料においても微生物によるマンガン酸化の痕跡を明らかにできることが期待できます。特に酸素濃度が低いとされる太古代におけるマンガン酸化は微生物により主に行われていたと考えられていますが、その痕跡を地質試料から見出せていません。太古代における微生物によるマンガン酸化を理解することは、酸素発生型光合成の起源や酸素濃度の遷移を明らかにする上で重要です。研究成果によって、今後,太古代の地質試料から微生物により形成されたマンガン酸化物を見出せることが期待できます。

(Geochemical and mineralogical studies of ca.12 Ma hydrothermal manganese-rich rocks in the Hokuroku district in Japan. [Ore Geology Reviews, 121, (2020)] Tsukamoto Y., Nonaka K., Ishida A., Kakegawa T.)

*黒鉱鉱床:約1500万年前の日本海拡大に伴って生じた海底熱水活動によって形成された鉱床.銅,鉛,亜鉛,金,銀など貴重な金属資源として採掘されていた.(参考:東北大学総合学術博物館)

Tsukamoto et al.,2020より引用