生命の起源 -地球か宇宙か-

地球に有機分子をもたらすには?

  地球で生命を誕生させるためには、まず多量の有機分子を初期地球上に用意し、組み立ててゆく必要があります.有機分子の中で最も重要なものがアミノ酸で。無機的な世界だった原始の地球に、どのようにアミノ酸を登場させるかという問題に関して、研究者の間では大きく意見が異なります

地球上で有機分子を作る「地球説」と、宇宙空間で生成されたアミノ酸を地球に運び生命の起源に結びつける「パンスペルミア説(地球外説)」が代表的な考えです.

 「地球説」のもとを作ったのはロシアの科学者オパーリンです.オパーリンは、1924年に著書 "The Origin of Life" の中で,「初期地球の大気中の成分が、有機分子になり、それが海洋に蓄えられ、やがて濃厚なスープを作った」と考えました.この「濃厚なスープ」の中の有機分子は、やがて重合し小胞(細胞)内に隔離され最初の生命に至ったと提唱しました.有名な「ミラーの実験(1953年)」は、この考えに従った実験です.「ミラーの実験」では「初期地球大気にメタンアンモニア」が含まれそれが有機分子の炭素源、窒素源となることを想定し、雷放電実験を行いました.その結果,複数種類のアミノ酸が合成されることが証明され,地球における生命起源の問題は解決したかに見えました.

しかし、1980年代の研究により「初期地球大気にメタンアンモニア」などの還元的な大気が初期地球に存在した可能性は低いことが明らかになってきました.「マグマオーシャン」の研究が進んだためです.その結果、「ミラーの実験」を初期地球に適用できるか懐疑的意見が生まれました.

   その代わりに登場したのが海底熱水説です.現在の海底には海底温泉が存在し、これが海底熱水活動と呼ばれていますここでは、海底地殻の岩石中の「鉄」と,その下にあるマグマによる熱や硫黄などのガス成分溶け込んだ「熱水が反応しています.1988年,初期地球の海底で、こうした「鉄」と熱水成分との反応で、有機分子が生成されるとする説が提唱されました.そこで生成された有機分子がやがて最初の生命に発達したとするのが海底熱水説です.この場合の炭素源や窒素源は二酸化炭素や分子窒素であり,初期地球環境を想定した「地球説」の中の一つと言えます.

   その一方で、 欧米の研究者の多くは、地球説よりむしろ「パンスペルミア説」を受け入れています.マーチソン隕石とよばれる1969年に地球に飛来した隕石の中から数種類のアミノ酸が含まれていることが発見されました.このことは、宇宙空間にはアミノ酸が多いことを意味しています.そうであるなら,わざわざ地球で有機分子を作らなくても良いではないかというのがパンスペルミア説の主張です.最初の生命は火星で誕生し、その後隕石に乗って地球にやってきたとする「火星生命起源説」もパンスペルミア説の一例です.

マグマオーシャン:原始地球の形成は大量の微惑星の集積によって起こるが,その集積時のエネルギーにより地球表面の岩石が全て溶融し高温のマグマで覆われた状態を指す.マグマには酸化力があるため,マグマオーシャンと平衡に存在する大気の成分は全て酸化されてしまう.メタンやアンモニアなどの還元的な気体は酸化されてしまい,二酸化炭素や分子窒素,水など初期地球には酸化的な大気が存在したと予想されている.

パンスペルミア説:”パンスペルミア”はギリシア語で「種まき」を意味する.有機物だけでなく,生命そのものが隕石に乗って宇宙から飛来した,とする説.しかしこの説でも究極的には,「では飛来してきた有機物や生命はそもそもどこでどう作られたのか」という根本的な問いに立ち返る必要がある.

隕石と地球が作る生命前駆物質(東北大モデル)

  いかにアミノ酸を作るか,について私たちのグループでは「初期地球海洋への隕石衝突による有機物生成」という新しい仮説を立てて研究に取り組んでいます.

   月の表面には隕石衝突で形成されたクレーターが多量に存在します.月の表面探査などによっても約39億年前頃に多量の隕石が落下したこと指示する年代データが得られています.地球の衛星である月の表面に多量の隕石が降り注いだとしたら、当然、同じ時期に地球にも大量の隕石が降り注いだと考えられます.

   当時の地球はマグマオーシャンが冷え,海が形成されていたため大量の隕石が海に落下することになります.海に隕石が落下すると衝突のエネルギーによって巨大な「蒸気雲」が形成されます.この蒸気雲には水の他に当時の大気に含まれていた二酸化炭素と分子窒素が存在します.さらに,隕石にはしばしば、還元剤として働く金属鉄などが含まれており,これらの材料が隕石衝突蒸気雲の中で反応すれば、有機物の合成反応がおこり,アミノ酸など生物にとって重要な有機分子が生まれたのかもしれない,と仮説が立てられました.この仮説は、物質・材料研究機構の中沢弘基名誉フェローによって提唱されました.そこで、東北大学と物質・材料研究機構のグループは、「初期地球海洋と隕石の衝突」を模擬した実験を行いました.実験には、火薬の爆発で加速された弾を試料に打ち当て衝撃圧力を発生させる一段式ガス銃高圧発生装置を用い,隕石の衝突によるエネルギーを模式的に再現しました.実験試料の分析の結果、グリシン(アミノ酸の一種)の生成が確かめられました.すなわち、隕石が海洋に衝突するとアミノ酸ができることが私たちの研究によって初めて証明されました.その他にも、アミン、カルボン酸などの有機分子を生成したことが分かりました.地球は隕石の力を借りて,生命のもととなる有機分子を作ることができたのです.