メンタライゼーション(心を想像する力)
私たちは、日々何かを心の中で決断をして生活をしています。今日、何を着ていこうか、何をしようかなど、決断と意識することなく決めています。もし、判断する手がかりが全くないとしたら、どうなるでしょうか?決断のたびに迷ったり、不安になったり、思考停止してしまうかもしれません。何が正しいのか、ひたすらに考え続けてしまう人もいるでしょう。
私たちは判断をするときに、 私たちは何かを基準にしています。理性なのか、感覚なのか、自分なのか、他人なのか、どれかが正解というわけではありません。ただ、常に自分の感覚だけを頼りにしていたら、判断基準はかなり曖昧になってしまうことでしょう。逆に、常に理性だけを頼りにしていると、理屈っぽくなり、理想論や正論ばかりで、柔軟性がなくなってしまうかもしれないのです。このように、私たちは、自分の心がどうであるか、どう反応しているかを想像しながら、物事の決断をしています。
メンタライゼーションは、心の状態によって変化します。冷静な時には、自分を客観的に、理性的に見ることができます。逆に、感情的になったり、ストレスがかかっていると、自分や他人の心の見方は変わってきます。それは、冷静にメンタライジングをしている脳と、感情的になった時に使う脳とが異なるからです。急いでいる時、危険が迫っている時、メンタライジングを行う脳は抑制されます。その代わりに、今すぐになんとかしないといけないという感覚と思考でいっぱいになります。これを闘争・逃走反応と言います。
感情が強まることで、メンタライジングが不全になりやすくなります。この状態をプリメンタライジングモードと言います。何が正しいかひたすら考える、他人がどう思っているのか想像し続けることもあるでしょう。逆に、自分や他人の心を見ることをせず、衝動的に何かをしたり、言ったりしてしまうこともあるかもしれません。パーソナリティ障害や外傷体験は、プリメンタライジングモードへの切り替えを早めてしまうため、感情調整や対人関係の問題が生じるのです。
メンタライゼーションは自己理解や対人関係に関係する重要な能力です。自分の心の状態を知り、言葉にする力、そして相手の心を想像しながら、対話をする時に、このメンタライゼーションが大きな役割を果たしているからです。プリメンタライジングモードへの切り替えが早い方でも、メンタライジングの練習をしていくと、少しずつ切り替わりのポイントが遅くなります。メンタライジングの脳を使うことは、冷静に考え、自分や他人を興味を持って見る姿勢です。つまり、メンタライジングは、感情の調整と対人関係能力そのものだということです。
例えば、こんなことはありませんか?
とても急いでいる時に、誰かに呼び止められた時、その人が自分の邪魔をしているかのように見えることはありませんか?「なんでこんな時に呼び止めるんだ?」と怒鳴りたくなる。でも、その人はあなたが急いでいることは知らないかもしれない。だから、突然、理不尽に怒りを向けられたと思うかもしれない。でも、あなたは、自分がとても急いでいるから、その人はそれを知っているという前提で怒ってしまった。
または、こんな経験はないでしょうか。人前で話した時、あなたはとても緊張していました。何度も舌を噛んでしまい、吃ってもいた。とても自分の話ぶりにがっかりしていました。周囲の人に、話していた時の様子を聞くと、それほどひどくなかったと言われる。相手には伝わらないと思って、手厚く説明した話は、回りくどいと言われた。逆に、説明が足りなかった部分は、よくわかったと言われる。つまり、自分が感じていることは、他人の感じていることと異なることがある。緊張していたり、周囲の反応がわからない時は、物事の予想が難しくなるのです。
メンタラジングとは、自分と他者の心の状態を想像する力です。なぜ想像で良いかというと、人の心の状態は常に同じ状態ではないため、確実に〇〇であるとは言い切れないのが通常だからです。
感謝しているけれど、嫌いなところもある
後悔しているけれど、納得しているところもある
やりたいけれど、やりたくない気持ちがある
自分が悪い気がしているけれど、自分だけの責任とも言い切れない
子供でもあるけれど、大人でもある
このように、心の状態は、さまざまな角度から見ていくと、いくつかの見方ができるはずです。感情的に辛くなったり、疲れてくると、心の一つだけの側面しか見れなくなったり、全く予想がつかない状態になります。一つだけの予想しかできないのは、天気予報が曇りで、降水確率が50%の日に、折り畳み傘を持っていかないようなものです。曇りだから雨が降らないだろうと決めつけてしまうと、雨に降られてしまうかもしれないのです。
人間関係でも、「この人は怒っているんだ」、「私を拒絶しているんだ」というように、その人の一面だけを見ると、関係がうまくいかなくなってしまいます。すると、強く反応してしまったり、必要以上に我慢をしてしまうと、関係そのものがストレスになります。周囲の人も、どう関わって良いかわからなかったり、怒り出してしまったりすることもあるはずです。というわけで、人間関係でストレスを感じたり、辛くなった時には、以下のことを考えてみるとよいかもしれません。
自分、または他人の心理の想像がうまくいっていないかもしれない
メンタライジングがうまくいっていないとしたら、メンタライジングは大きく偏っている(正しいと感じるが)かもしれない
自分の心のメンタライジングが過剰(例:なんで自分はそうしたんだろうと考え続ける)だとしたら、他人のメンタライジングに目が向いていない可能性がある
他人の心のメンタライジングが過剰な時は、自分のメンタライジングが損なわれているかもしれない
3つのプリメンタライジングモード
メンタライジングが不全にな時は、情緒が不安定になりやすく、対人関係の問題も増えます。ここでは、心理状態の予測がうまくいっていない3つのモードについて紹介します。
1. 心的等価モード
自分と他人の感情(期待、必要なども含む)の影響を強く受ける、他人の評価がそのまま自分の評価になる
怒っている人がいると、(何も言われていないのに)怒られているかのような気分になる
慌てている人がいると、自分も焦ってしまい、その人を助けたくなってしまう
誰かの不満を耳にすると、確かめる前に自分のことを言っていると思ってしまう
自分が辛い状況にいる時、周囲の人はわかっているはずなのに、助けてくれないと思う
2. 目的論モード
見た目(表情、言動など)、誰もが見てわかる性質(成績、学歴、資格、収入など)から人の心理状態を想像する、方法論や解決方法を追求して、その過程にある行動や心理を見ない
笑顔でいる人は幸せな人だ
この人は成績優秀だから、人の弱さはわからないだろう
この外見や能力では、人は私の価値を認めてはくれないだろう
私がこれだけやっているのに、気づこうとしないあの人はおかしい
こんな簡単なことができない自分はだめなやつだ
3. プリテンドモード
自分の心を見ないようにする、人の心に関心を示さない、感情の切り離し
正しく伝えよう、批判されないようにしようと考えて、正論や客観的事実のみの話題に終始する
自分の内面を話すことに抵抗があり、いつもと同じ、特に問題ないと返答する
人には何を言っても無駄だと考えて何も言わない、または全面的に同意する
ネガティブな感情を表出することに抵抗があり、前向き話や自分以外の話題で感情を抑える
4つのメンタライジング領域
人それぞれメンタライジングをする時に、目を向けやすい領域があります。
1. 感情 or 思考
感情のメンタラジング
心が軽い感じがする、今日は調子がよさそうだ
この人といると、よくわからないけれど落ち着かない
認知のメンタラジング
今日の体調は、昨晩は一度も目が覚めていないし、特に家族との衝突もなかったのだから、それほど悪くないんだろう
この人は、なぜ機嫌がわるいのだろうか、家族と揉めたのか、性格のせいなんだろうか
2. 外面 or 内面
外面のメンタライジング
周囲の人はどうしているんだろう、何か間違いをしたら大変だ
今のところ、この人は笑っているから大丈夫かな、表情が固くなった、大丈夫かな
内面のメンタライジング
手に汗をかいてきた、口がうまく回らない、話しにくいな
この人の話はしっくりこない、自分だったらそんなことは言わないのに
しっくりいくまでは、仕事を終わりにしたくない
3. 自動 or 抑圧
自動的なメンタラジング
怒っている人を見ると、すぐに自分のせいだと思う
辛そうな人を見ると、助けていない自分に罪悪感が起こる
怒りを覚えた時、なんでそういうことをするの?とすぐに聞く
抑圧的なメンタラジング
怒っている人を刺激しないために、何も考えないようにする
怒りを覚えた時、怒っていることを悟られないように、とにかく落ち着こうとする
4. 自分 or 他人
自分のメンタラジング
これをするのは、自分の成長のためだ
このままだと、自分が苦しくなってしまうから断ろう
この生活スタイルは自分らしくない
他人のメンタラジング
どうしたら、喜んでもらえるだろう?
私の言ったことで、(特定の誰かを)何か不愉快にさせたのだろうか?
自分はどんなふうに(特定の誰かから)見られているんだろう?
自分がどちらのメンタラジングをしているのか、どのような場面でメンタライジングに偏りが生じるかがわかること、これが自己理解です。ストレスを感じたり、不安や怒りが強まる時、近しい関係では、この心理状態の予測が難しくなりやすいのです。どのような時、どちらの極に振れやすいのか、逆にバランスが取れている時はどんな時でしょうか?このような状況に気づき、目を向けていない別の領域に視点を向けていく練習をしてきましょう(MBTでは、心理士と一緒に取り組みます)。
メンタライジングの発達
私たちの心の状態を捉える力は、幼い頃から少しずつ発展してきたものです。生まれたばかりの子供は、自分の心を捉えることができません。言葉がないからです。空腹、お尻が濡れたこと、熱い、寒いなど、不快であることはわかりますが、それらに区別はありません。ただ不快を感じると泣くのです。赤ちゃんにとって不快感は、非常に強いため圧倒されます。だから、一生懸命に泣くのです。
泣いた時に、周囲の大人が気づけば、お腹が空いたのかな、お尻が濡れたのかな、と赤ちゃんの心を想像します(赤ちゃんは言葉が喋れないので、大人が想像するしかないのです)。おっぱいをあげる、おむつを変えてみる、思いつくままに色々やってみると、赤ちゃんは泣き止みます。周囲の大人は、こうやって赤ちゃんの心をメンタライジングするのです。赤ちゃんからすと、不快だから泣いた、おっぱいをもらった、不快感が消えたという経験を繰り返しながら、徐々に大人の言葉と空腹の不快感を結びつけていきます。徐々に、空腹になったら、お腹が空いたと言えるようになり、そう言うと食べ物がもらえることを学びます。つまり、不快感に気づき、メンタライジングし、周囲の大人の言葉や表情を通して伝えるのです。時々、誤解が生じることがありますが、子供は親をメンタラジングしながら、拙い表現で心の状態を伝えます。言葉で表現すると苦痛をわかってもらえる経験と、言葉で伝えないとわかって守らない現実は、子供のメンタライジング能力を高めていきます。
この原理に基づくと、私たちが誰なのか、どんな人間だと思うかという自己概念、そしてメンタライジングは、周囲の大人たちの反応を手がかりに学び取ったと考えられます。ある人は、幼少期に大人から反応してもらえなかったり、過剰に反応されたりして、メンタライジングを身につけられなかったかもしれません。またある人は、今の人間関係で周囲からの反応が薄い、または過剰に反応されてしまうことで、メンタライジングが難しくなっているのかもしれません。
周囲の人たちの反応やイメージは、記憶に取り込まれています。普段はそれほど、自覚することがありません。常に自分が誰かとか、自分の状態がどうであるかと、常に考えていては大変です。私たちは幼少期に周囲にいた大人たちの反応の記憶を元に、自分は何者か、他人とはどんな存在かという前提を持つようになります。このような前提は、私たちの人間観や対人関係の質に影響します。これを、愛着と言います。愛着とは、つながりという意味で、本来的には、辛い感情を抱くと、人は本能的に重要な他者に近づくという理論です。その時に経験した記憶を元に、辛い時の行動パターンが形成されていきますが、これを愛着パターンと言います。
養育者との関係の中で身につけるこのようなパターンを愛着と言います。愛着には4つのパターンがあります。
愛着安定型:困った時、安心して話す。他人に対する不安が低く、回避することがあまりない。会話のずれがありつつも、それを修復しながら、自己主張と他者理解ができる。
愛着囚われ型:困った時、他者の承認がないと不安になる。自分が拒絶される不安が強く、そうならないように他者をコントロールしたり、要求したりする。
愛着恐れ型:困った時、他者の理解を得たいが、拒絶されることに不安がある。結果的に、困りながらも、人と親しくなることを回避する。
愛着軽視型:困った時、他者に依存したり、話をすることに意味を感じない。むしろ、自力で対処することに意味を見出しているので、人との親しい関係を避ける。限界を超えても、他人に助けを求めることに躊躇する。
これらの愛着のパターンは、これまでの重要な他者との関わりが反映されていると考えられています。つまり、養育者とうまく付き合うために身につけた対人関係のテンプレートのようなものです。ある意味では、養育者と同じような印象を他者にも抱いているとも言えます。養育者のイメージを現在の人間関係に重ね合わせることを投影と言います。このような投影が、対人関係の中に反映されていないか、もしされているとしたら、どのような関係でそうなりやすいのか、そうなりにくい関係はどのようなものか、どんな時そうなりやすいか、少しずつ目を向けていきましょう。そうすることで、自己理解の助けとなり、これまでとは違った関係を築く手がかりになりえます。
Mentalization Based Treatment
Mentalization-Based Treatment (MBT)は、Anna Freund Center、University College of LondonのPeter Fonagy、Anthony Batemanによって開発された心理療法です。元々、境界性パーソナリティ障害(BPD)の治療法として開発、研究がなされてきました。BPDは生育歴やこれまでの人間関係、外傷体験などによって、メンタライジングが不全になりやすいと考えられています。メンタライジングは、愛着に関連することから、BPDだけではなく、対人関係や感情調整に困難を感じている方にとっても有用なものと言えます。
通常、MBTは24回を1クールとして行います。週1、または隔週でセッションを行います。対面、オンラインのいずれでも実施が可能です。メンタライジングについて理解を深めてもらいながら、メンタライジングの傾向や、うまくいく時、うまくいかない時を探っていきます。治療者は、クライエントのメンタライジングが促進されるよう、一緒にメンタライジングをしながら面談を進めます。愛着に関連する葛藤をお持ちの方、長い間改善しないうつ病、不安症がある方、気が付かずに披露して燃え尽きをたびたび経験している方にも、適用となる場合があります。