Takashi Nakao
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中尾敬の個人サイトです。広島大学大学院人間社会科学研究科心理学講座で教員をしています。専門は認知心理学、生理心理学、認知神経科学です。研究室については広島大学認知心理学研究室のサイトをご参照ください。
研究のキーワード
自己、自己参照、自己関連付け、自己関連性、意思決定、職業選択、好み、価値の学習、迷い(競合)、自発的脳活動、性格特性、感情、うつ、幼若期ストレス、脳波、事象関連電位(ERP)、(時間)周波数解析、fMRI、NIRS、脈波、皮膚電気反応、メタ分析、などなど。
1. 自己(Self-reference, Self-relatedness)
「自分とは何か。」 思春期などの人生のある時期において、このような問いに向き合った人は少なくないのではないかと思います。(以降、この段落は自分語りですので時間の浪費にご注意ください)。私も特に高校生の時にその問いにハマってしまったことがあります。「ハマってしまった」と書いたのは、この問いに向き合うがあまり、学業や周囲の人とのコミュニケーションが疎かになってしまうなど、あまり良くない副作用があったためです。そのような状況はダメだと思い直し、「この問いは重要だけど今の自分に答えを出すには難しいので、大学で関連することを学んで改めて考えよう」ということで大学に進学して心理学を学ぶことにしました。当時の自分にとって不思議だったのは、そのように決めてしまった途端「自分とは何か」という問いの重要性が良くも悪くも薄れてしまったことです。あとで考えれば、進路を決めたことで自分なりに自分とは何かということを一部規定することになり、そのように問う目的が達成されてしまったのだと思います。しかし、その問いを捨ててしまってはまた元の状態に戻ってしまいますので、自分自身の内容についての問いとして捉えていた「自分とは何か」という問いを、「自分を知るプロセスとはどのようなものか」「なぜ自分を知ろうとするのか」「自己の機能とは何か」という問いとして捉え直し、取り組むことにしました。それらの問いの客観的知見が得られれば、私と同じように自分についての問いや悩みにハマってしまいそうな人も、なぜ、何のために自分について考えているのか、ということを客観的に理解することができ(自分について考えることの目的が明確になることで)、上述のような副作用を最小限に抑えることもできるのではないかと考えています。
自己に関する具体的な研究テーマとしては、「自分について考えるプロセス(自己参照もしくは自己関連付け, self-reference)と自分以外の対象について考えるプロセスの違い」、「ある対象が自分に関連する(自己関連性,self-relatedness のある)ものとして処理されるか否かを決める要因」、「自分に関連するものと捉えることによる影響」などに興味を持っています。
自己関連付けといった自分について考えるプロセスは高次なものとして捉えられがちですが、そのように意識的に自分との関連性を考えずとも、人はある程度自動的にある対象について自分に関連するものかどうかの判断を行っています。そしてその自己関連性の判断が、その後の情報処理プロセス(注意を向ける程度、認知資源を割く程度、感情喚起の程度、記憶される程度など)に影響を及ぼすことが明らかになってきており、近年ではそのような観点での研究(自己優先効果の研究など)も増えてきています。多様な情報に囲まれた個人がどの情報を重視し、処理し、行動するのか、その判断(無意識的なプロセスも含む)の基準になっているものが自己と考えることもできます。そのような自己の捉え方から派生した研究テーマが、次にご紹介する内的基準による意思決定です。
2. 内的基準による意思決定 (Internally guided decision-making; IDM)
進路や配偶者、研究テーマの選択のように、外的環境における価値基準 (外的基準) だけでは決まらず、自分の価値基準 (内的基準) を参照しながら行う選択のことを内的基準による意思決定といいます。認知心理学や認知神経科学分野では、外的基準による一つの正答が存在し、その正答に沿った意思決定が求められる事態について数多くの研究がなされてきました。しかし日常的には、外的基準だけでは正答が一つに定まらない(不良設定)事態も多くあります。そのような事態で人がどのように意思決定をしているのか、ということに関心を抱き、研究をしています。
このテーマは先に述べた自己への興味(自己の機能とは何か)から派生したものです。外的環境に沿った一つの正答が存在しない事態では、自分の内的な価値基準を参照して意思決定を行う必要があります。私が高校時代に悩んでいたのも進路を決める必要に直面していたというのが原因の一つと考えられますし、自分を規定したことで悩みが晴れたのは内的基準が定まり、意思決定ができたためと解釈できます。実際にこれまでの研究で、自分についての認識を促すことで、内的基準による意思決定時の迷いが低下することなどを、脳内の情報処理プロセスも含めて明らかにしてきました。情報の入力から出力をつなぐ器官が脳であるという基本的な理解に立ち返ると、多様な情報から限られた行動を選択するということが脳の重要な役割の一つということになります。その役割を担うものが自己、すなわち「外的な情報だけではどの行動を選択するべきか収束しないときに、意思決定の基準として機能するのが自己である」という観点でこのテーマについての研究を進めています。自分が選んだモノの価値が上昇し、選ばなかったモノの価値が低下するといった選択による選好の変化(choice-induced preference change; CIPC)という現象も、このような自己の機能を反映したものであると考え、その現象の背景にあるメカニズムの検討も進めています。
このような理解は、脳が「ゆらぎを持ちつつ、時空間的に安定した状態に向かおうとする複雑系生命システム」の一種であるという非線形科学的理解とも整合性があると考えられます。そのため、非線形科学における知見とも結びつけながら、このテーマについての研究を進めていきたいと考えています。そのためにも重要となってくるのが、次にご説明する自発的脳活動の研究です。
3. 自発的脳活動(Spontaneous brain activity)
自発的脳活動(内因性脳活動、安静状態脳活動)とは明らかな外的刺激が提示されていない覚醒状態で記録される脳活動のことです。認知心理学や認知神経科学では刺激や課題を操作して脳活動や行動への影響を見ることにより、人の心的プロセスや神経プロセスを検討してきました。しかし、神経科学の研究から、刺激が提示されていない事態でも脳は活動しており、その活動には規則性がみられること、そして自発的脳活動が刺激の処理に影響を与えることなどが明らかになっています。認知心理学や認知神経科学の文脈では、刺激や課題で操作しやすい心的プロセスが主に検討され、同じ刺激でも状態や個人によって変動してしまうプロセスは軽視される傾向にありました。しかし、この自発的脳活動の影響も考慮することにより、これまで光のあてられてこなかった心的プロセスにもアプローチできる可能性があります。
外的刺激によらない自己の内的な脳活動は、多様な刺激の処理プロセスに影響を及ぼしますが、それは刺激に対する自己関連性がその後の情報処理プロセスに影響することに類似しています。実際に、刺激提示前の脳活動の違いによって刺激が自己に関連したものと捉えられるかどうかが変化することがわかっています。また、自発的脳活動は内的基準による意思決定に影響を及ぼしますが、それは外的刺激だけでは意思決定が収束し得ない事態で自己が基準として機能するということの一つの現われと捉えることができます。これらのことから、自発的脳活動は上述の自己や内的基準による意思決定とも密接に関連していると考え、その方向での検討も進めています。
また、認知神経科学では心理学的概念を前提としその神経基盤を検討してきましたが、特定の心理学的概念が明確にある神経基盤の機能を説明できるというケースはさほど多くないというのが現実です。心理学的概念を前提とするのではなく、まずは脳の時空間ダイナミクスを解明(すなわち心理学的・認知的操作を行わない自発的脳活動の性質を記述・理解)し、それらを基盤にして心的・認知的機能について検討するという方向性での検討も進められています。脳の時空間ダイナミクスがどのように心的・認知的機能を実現しているのかという問題は大変興味深いものですが、その解明には心理学的概念を前提としないアプローチも重要になると考えられています。
4. その他、共同研究
上記のテーマ以外にも、例えば、自己の身体(内受容感覚を含む)の認識、感情やその制御、行動の計算論モデリングなどについて、国内外の大学や研究所の先生方、そして研究室メンバーと共同研究を行っています。
一人で研究をすすめるだけでなく、学生さんなどの共同研究者と研究をすすめると、話し合う中で色々とアイデアが出てきて楽しいです。
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