人と人、駅と駅、企業と企業——私たちの社会は「何かと何かのつながり」であふれています。山田研究室では、こうしたつながりを「グラフ」という数学の言葉で表し、その構造を明らかにする基礎理論の研究と、社会の課題を分析する新しい手法の開発を、両輪として進めています。
主な研究テーマは、グラフ理論・ゲーム理論・折紙数学の3つです。数学を専門としない方にも伝わるよう、身近な例から順に紹介します。
グラフ理論
離散曲率で、ネットワークの「要所」を見つける
グラフとは、「頂点」と、頂点どうしを結ぶ「辺」からなる図形です。SNSの友人関係、鉄道や道路の路線網、企業間の取引、電気回路、結晶の原子配列——「何と何がつながっているか」で表せるものは、すべてグラフとして扱えます(図1)。
対象の細かな違いを捨てて「つながり方」だけに注目するため、まったく異なる分野の問題を同じ数学の道具で分析できる。これがグラフ理論の大きな強みです。
文章の中で一緒に使われる単語どうしを辺で結ぶと、共起ネットワークと呼ばれるグラフが得られます(図2)。どの単語が中心に位置し、どの単語どうしがまとまりを作っているかを見ることで、その文章が何を伝えようとしているのか、どの言葉が重要なのかを客観的に読み取ることができます。
また、企業どうしの取引関係は年によって変化します。年ごとの取引ネットワークを「層」として積み重ねた多層ネットワークを用いると、関係の時間的な変化まで含めて、一つの数理モデルとして扱うことができます(図3)。
ネットワーク分析の基本的な課題は、全体の構造を把握し、中心的な役割を担う箇所や、壊れると全体が分断されてしまう弱い箇所を見つけることです。図4のような小さなグラフであれば、辺(v0, v1)を取り除くとグラフが二つに分かれてしまうため、この辺が重要だとすぐに分かります。しかし、頂点や辺が数千、数万にもなる現実のネットワークでは、目で見て判断することはできません。
そこで当研究室が用いるのが離散曲率です。曲率とは本来、曲面の曲がり具合を表す幾何学の量で、それをグラフの上で定義し直したものが離散曲率です。各辺の離散曲率を計算すると、その辺がネットワークの中で果たしている役割が数値として表れ、図5で赤く示したような重要度の高い辺を自動的に見つけ出すことができます。
現実のネットワークは、時間とともに形を変えます。右の動画は、構造が変化していくネットワーク上で離散曲率を計算し、値の低い辺を青、高い辺を赤で示したシミュレーションです。
一時的に赤くなる辺がある一方で、常に赤いままの辺もあります。常に赤い辺は、構造が変わっても重要であり続ける「本質的なつながり」だと考えられます。時間変化まで考慮することで、ある一時点だけを見るよりも信頼性の高い分析が可能になります。
当研究室では、複雑なネットワークに適した分析手法を開発し、実社会のさまざまな課題の解決に役立てることを目指しています。
基礎理論としての意義
離散曲率の研究は、「空間がどれだけ曲がっているか」という幾何学の基本概念を、なめらかな空間から、点と線でできたグラフの世界へと拡張する試みです。代表的な離散曲率であるオリヴィエ・リッチ曲率は、最適輸送理論(ある分布を別の分布へ最小のコストで運ぶ方法を考える理論)を用いて定義されます。そして「曲率が正であれば直径が小さい」「固有値に下限がある」といった、リーマン幾何学の古典的な定理と同じタイプの性質が、グラフ上でも成り立つことが知られています。
どのようなグラフで、曲率がどのような性質を持つのか。これは現在も活発に研究されている基礎数学のテーマです。当研究室では、完全グラフから辺を取り除いて得られるグラフの曲率や、多層ネットワーク上の曲率などについて理論的な性質を明らかにするとともに、実データに適用できる計算手法の開発を進めています。
SNS・ソーシャルネットワーク / 交通網 / サプライチェーン / バリューチェーン / 金融ネットワーク / テキスト分析
ゲーム理論
協力から生まれた価値を、公平に分ける
「ゲーム」と聞くと、オセロや将棋、サッカーを思い浮かべるかもしれません。ゲーム理論でいう「ゲーム」とは、自分の行動が相手に影響を与え、相手の行動もまた自分に影響を与える状況のことです。ボードゲームはもちろん、市場での取引やオークション、選挙での投票なども、すべてゲームとして扱えます(図1)。
ゲーム理論は、相手のあらゆる選択を考慮したうえで、それぞれの参加者にとって最善の行動は何かを数学的に分析する理論です。
ゲーム理論の重要なテーマの一つに、複数人が協力して得た利益(あるいは費用)を、一人ひとりにどう配分するのが公平か、という問題があります。人数で均等に割る方法は単純ですが、ある人だけが大きく得をしたり損をしたりすることがあり、公平とは限りません。
具体例で考えてみましょう。Aさんの自宅まではタクシーで30ドル、Bさんの自宅までは50ドルかかり、Aさんの自宅はBさんの自宅へ向かう途中にあるとします(図2)。2人で相乗りすると費用は合計50ドルです。これを割り勘にするとAさんの支払いは25ドルとなり、1人で乗った場合の30ドルとほとんど変わりません。
そこで、協力ゲーム理論の代表的な考え方であるシャープレイ値を計算すると、Aさんは15ドル、Bさんは35ドルを支払うのが公平かつ合理的だと分かります。これは、各人が加わることで増える費用を、加わる順番のすべての場合について平均したものです。
基礎理論としての意義
シャープレイ値は、1953年にロイド・シャープレイが提案した概念です。「全員の支払いの合計が全体の費用と一致する」「同じ立場の人には同じ額を割り当てる」「何も貢献しない人には何も割り当てない」といった、公平さを表すいくつかの自然な条件(公理)をすべて満たす配分方法は、シャープレイ値ただ一つしかないことが数学的に証明されています。近年では、AIの予測にどの要因がどれだけ寄与したかを説明する手法にも応用されています。
一方で、参加者が増えると考えるべき組合せの数が爆発的に増える(n人なら2のn乗通り)ため、大規模な問題では厳密な計算が難しくなります。また、参加者どうしのつながり方に制約がある場合など、理論的に未解決の問題も多く残されています。当研究室では、グラフ理論をはじめとする応用数学の手法をゲーム理論に取り入れ、より現実に近い状況で最適な戦略や配分を与える理論とアルゴリズムの開発に取り組んでいます。
ボードゲーム / 投票 / 市場取引 / サブスクリプションの収益分配 / 機械学習(AIの判断根拠の説明)
折紙数学
「折れる・折れない」を、数学で解き明かす
子どものころに一度は遊んだことのある折り紙を、数学の目で考える学問が折紙数学です。折り紙を広げたときに残る折り線の図を「展開図」といい、山折りを赤、谷折りを青の線で表します。
どのような展開図であれば紙を平らに折り畳めるのか——折り紙の幾何学的な性質を解き明かすことが、折紙数学の重要なテーマの一つです。
上の展開図どおりに折り線をつけてみてください。どれも平らに折り畳めることが分かります。では、それぞれの中心の点から伸びる山折りと谷折りの本数の差は、いくつになっているでしょうか。
どの展開図でも、差はちょうど2になっています。これは前川定理と呼ばれる折紙数学の基本定理の一つで、平らに折り畳める展開図であれば、どの頂点でも必ず成り立ちます。
折り紙を使うと、コンパスや定規を使わずに作図ができます。たとえば上の図で∠CABを二等分したいときは、点Aを通り、辺ABが辺ACに重なるように折ります。このとき点Bが移る先がB'で、折り線ADが角の二等分線になります。
さらに折り紙では、定規とコンパスでは不可能であることが証明されている「任意の角の三等分」も実現できます。折るという操作には、作図の道具としての独自の力があるのです。
基礎理論としての意義
展開図は、折り線を辺、折り線どうしの交点を頂点とみなすと、一つのグラフになっています。前川定理も、各頂点に集まる辺の性質についての定理と見ることができます。
実は、一般の展開図が平らに折り畳めるかどうかを判定する問題は、計算機でも効率よく解くことが難しい(NP困難である)ことが知られており、どのような条件のもとでなら判定できるのかは重要な研究課題です。当研究室では、展開図のグラフ構造に注目して折り紙の離散幾何学的な性質を解明し、材料工学や、教育・教材への応用を目指しています。
建築・構造物 / 化学結晶 / 宇宙構造物(太陽電池パネルの展開など) / 医療機器 / 教育・教材