多文化社会における「わかりあい」
――文化心理学のアプローチ――
多文化社会における「わかりあい」
――文化心理学のアプローチ――
講演者
石井敬子 先生
京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。博士 (人間・環境学)。名古屋大学大学院情報学研究科准教授、同教授などを経て、2026 年より東京大学大学院人文社会系研究科教授。専門は社会心理学、文化心理学。個々の文化に生きることで実践されるさまざまな文化的慣習がどう心を作り上げているのかを明らかにするのかに関心をもち、特に認知や感情認識に着目した研究を行ってきている。英語や日本語による著書、分担執筆、学術論文は130篇以上に及ぶ。主な著書に『文化神経科学:文化は心や脳をどのように形作るか』(単著, 勁草書房)、『科学としての心理学』(共訳, 新曜社),『つながれない社会』(共著, ナカニシヤ出版)など。
コメンテーター
講演概要
文化とは魚にとっての水のように意識的な実感を伴わない一方、人が生きるということは、その人が生きる文化の慣習への参加を意味する。そして人々のそのような参加を通じ文化において共有されてきている価値や信念は維持され、また反駁する人たちが多くなれば変容へと促される。過去30年あまり、このような文化と人の心の性質の相互構成過程を前提とした文化心理学的アプローチは、自己、認知、感情等における文化の影響を明らかにしてきた。
また近年では、文化―心の対応関係から文化―心―脳、さらには文化―心―脳―遺伝子へと拡張し、文化において人が生きていくその帰結として脳を考え、さらには遺伝子との関連を調べていくことを目的とした文化神経科学アプローチも提唱されている。加えて、心的傾向の文化差がどのようにして獲得されていくかに関しても検討されている。特に、文化の成員が作り出し、その集合的意味が内在されていると考えられている文化的産物に着目した場合、親世代がその文化的価値に合致した文化的産物を生み出すとともにそれを選好し、しかも子世代へのフィードバックを通じてその優勢な価値観を伝達させている可能性も示されている。
本講演では、認知や感情認識における文化比較研究、特に相互協調性と関係維持に関する知見、および文化的価値の維持・継承に関する研究成果に言及しながら、文化心理学や文化神経科学のアプローチを紹介する。その上で、文化という意識的な実感を伴わないものへの意識こそが、多文化社会における「わかりあい」のカギとなることを論じる。