中島研究室は日本原子力研究開発機構の研究用原子炉JRR-3に設置された偏極中性子三軸分光器(POlarized Neutron Triple-Axis spectrometer: PONTA)を管理・運営しています。偏極中性子を用いると磁気構造の対称性を非常に効率よく決定することができます。特に反強磁性体について、物質中のスピンが結晶の特定の軸方向・面内方向を向いているのか、らせんやサイン波の形に変調されているのか、といったことが散乱中性子の偏極率を測定することによりわかります。
我々はこの手法を用いて磁気構造の対称性が関わる面白い物性現象を探索したり、さらに装置を高度化して磁場や電場、一軸応力、圧力などの極限環境での磁気構造研究にも取り組んでいきます。
2009年のMnSiにおける磁気スキルミオン格子の発見以降、新しいスキルミオン物質の探索が精力的に行われてきました.一つの強力なguiding principleは、空間反転対称性を持たない結晶構造と強磁性的相互作用を併せ持つ系を探すことでした.この方針は実際に大きな成功を収めて、chiralもしくはpolarな結晶構造を持つ新しいスキルミオン物質が数多く発見されてきました.しかし最近になって、反転対称性を持つ結晶構造でありながら磁気スキルミオンを示す物質が見つかってきました.我々は理研/東大の共同研究者によって開拓されてきた希土類磁性元素を含むスキルミオン物質について、放射光X線共鳴磁気散乱や高エネルギー中性子散乱(Gdについては同位体を使った中性子散乱)を用いてその磁気構造を研究しています.
我々はスピン系における非平衡現象の時分割測定にも興味を持って取り組んでいます.元々私(中島)が学生時代に取り組んでいたテーマの一つが三角格子反強磁性体のドメイン成長の時分割観測でした(Phys. Rev. B 90, 064431 (2014)).その後理研/東大の賀川氏、大池氏らとの共同研究で、磁気スキルミオン物質MnSiに電流パルスを加えて急加熱・急冷することで実現する「準安定スキルミオン格子」の観測にも取り組みました.J-PARCのイベントデータを活用することで、電流パルスと中性子パルスを同期したストロボ中性子散乱を実現しました.右の動画はJ-PARC MLFのBL15「大観」にてストロボ法を使って測定したスキルミオン格子からの散乱パターンの時間変化です.時分割中性子散乱はまだまだ可能性がありそうなので、新たな実験を計画中です.
我々はスピン・電荷(伝導電子含む)・軌道などの自由度が強く結びついた系を研究しています.そのような系においては、系の”わずかな対称性の変化”が非常に大きな応答を生み出すことが明らかになってきました.我々は結晶構造の対称性に直接作用する”一軸応力”を用いてこの対称性を制御することに取り組んでいます.もちろん、これを使った中性子・X線散乱研究も展開しています.
Ba2CoGeO7の応力誘起電気分極, Taro Nakajima et al. Phys. Rev. Lett. 114, 067201 (2015).
MnSiのスキルミオン相の一軸応力制御: Y. Nii, T. Nakajima et al., Nat. Commun. 6, 8539 (2015).
DyFeO3におけるPiezomagnetoelectric effect: Taro Nakajima et al., Phys. Rev. Lett. 115, 197205 (2015).
日本語解説記事
X線回折はみなさんご存知の通り結晶構造解析の強力な手段ですが、中性子も負けてはいません。両者を組み合わせることでさらに難解な結晶構造も解析することができます。例としてCo-Zn-Mn合金のサイト占有についての研究を示します。Co-Zn-Mn合金はカイラルな結晶構造を持ち、室温以上でも磁気スキルミオンを示す物質です.Mnの量によって磁気転移温度や磁気変調周期が変化するので、添加されたMnがどこにいるのか、結晶構造解析をしてみようと考えました.しかしこの系、元素が3種類あるのに独立なサイトが2つしかありません.しかもCo, Zn, Mnは原子番号が非常に近く、X線ではなかなか見分けがつきません….しかし中性子ではCo, Zn, Mnの散乱長は大きく異なるので、これを生かして中性子粉末回折とICPによる化学分析を系統的に行うことで、もっともらしい結晶構造の絞り込みを行いました.下の図はJ-PARC MLFのBL09(SPICA)で測定したCoZnMn合金と標準Si粉末の混合試料のRietveld解析です.(Rwp=1.98%まで下がりました.なかなか綺麗な結果)
[右図は我々の論文 Phys. Rev. B 100, 064407 (2019) より引用]