Introduction

Neutron Scattering

  中性子は電荷を持たずスピン1/2を持つ粒子です.これを物質に照射して散乱されるパターンを観測することで物質の結晶構造や磁気構造さらにはPhononやMagnonなどの励起を観測することができます.

  しかし、物性物理を勉強した人であればX線や電子線でも結晶構造を決定できたり、物質中の磁気秩序に関する情報が得られることをご存知かもしれません.なぜ中性子が必要なのでしょうか?

■ 高い透過力,スピン1/2を持つ

中性子はスピン1/2を持っているので固体中の磁気モーメントによって散乱されます.これを「磁気散乱」と言います.また電荷を持たないので物質に対して透過率が高く、バルク試料全体から散乱されてその磁気構造の情報を我々に教えてくれます.一方、X線や電子線も磁気モーメントとの相互作用を持ちますが、同時に物質中の電子とも非常に強く相互作用します.これらと比較すると、中性子は磁気モーメント(および磁性に寄与する電子の分布)の情報だけを引き出してくれるので、磁性研究に非常に適したプローブであると言えます。

  結晶構造を中性子で調べるためには、原子核によって中性子が散乱される「核散乱」を用います.X線が電子分布を見るのに対して中性子は原子核の位置を見ていることになります.

  もちろん、物質の性質を解明するには電子分布も、スピン分布も、原子核分布もみんな重要です.そのため我々のグループでは中性子を軸としながらも、様々な量子ビームを相補的に使って研究を進めていきます.

固体中の素励起の研究に適した波長・エネルギー

  中性子は波であると同時に電子の約1800倍の質量を持つ粒子です.この質量のおかげで、中性子は固体中のPhononやMagnonを測定するのに”ちょうどいい”性質を持つことになります.

  よく知られているように、固体中の原子やスピンの周期構造を観測するためには「回折」現象を使います.原子やスピンが並んだ周期「d」に対して、波長λを持つ波(X線や中性子)を入射すると、Braggの法則 (2dsinθ=nλ)に従って特定の散乱角θで反射が得られます.sinθは〜1のオーダの数ですから、観測したい周期dと比較的近い長さの波長λを選ぶのが都合が良いです.

  PhononやMagnonなどの励起を観測する場合も、これらの励起が持つ空間的な変調周期に適切に合わせた波長の波を入射します.さらにPhononやMagnonのエネルギーを知るためには、この「入射した波」のエネルギーが素励起と相互作用したことによりどれだけ増減したかを調べる必要があります.これを精度よく測定するには、これらの素励起と同程度のエネルギーの波を入射するのが都合が良いです.(例えば1 meVのエネルギーを持つMagnonを測定する際に「1 eVの入射波のエネルギーが1 meV(0.1%)減った」ことを測定するより「10 meVの入射波のエネルギーが1 meV(10%)減った」ことを測定する方がカンタン、という感じでイメージできるでしょうか.)

  これらをふまえて、下の図を見てください.これは中性子、X線、電子線のエネルギーと波長の関係を表したグラフです.我々が研究対象とする固体中の原子や磁気モーメントが並んでいる周期はおよそ1〜100オングストロームくらいです.またそれらが生み出すPhononやMagnonのエネルギーは1〜100ミリエレクトロンボルトくらいです.中性子は(なんと都合が良いことに、電子よりも3桁程度大きな質量を持つおかげで!)我々が興味ある素励起の領域に合った「波長」vs「エネルギー」の関係(分散関係)を持っており、これらの測定に非常に適しています.この偶然(?)を活用しない手はありません.我々は中性子を使って特に磁性体の磁気励起を研究しています.

大型施設での中性子散乱研究

  中性子は今の所大学の実験室で利用することはできません.利用するには、加速器や研究用原子炉といった大型の共同利用施設に行って実験を行う必要があります.我々のグループでは、茨城県東海村の日本原子力研究開発機構内にある研究用原子炉JRR-3や、大強度陽子加速器施設J-PARC物質・生命科学実験施設(MLF)に設置された中性子散乱装置群を用いて実験を行なっています.特にJRR-3においては中島研は「偏極中性子三軸分光器(POlarized Neutron Triple-Axis spectrometer: PONTA)」を管理・運営しています。またMLFにおいては「BL12 (High-Resolution Chopper spectrometer : HRC)」の装置グループの一員となっています。中島研のメンバーはこれらの装置を使った中性子散乱研究を精力的に展開しています。このような大型装置を操って研究をしてみたいという人はぜひ大学院で中島研究室を希望してください。また現在他の研究室に所属する大学生・大学院生・研究者の皆様との共同研究も大歓迎です。興味のある方はぜひご連絡ください。

 また、中性子の分野では海外とのコラボレーションも重要です。時には海外の実験施設へ実験しにいくこともあります(これまでもアメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、オーストラリアの施設で実験を行ってきました).

  実験室での測定と異なり、大型施設では実験の時間が限られていたり、普段と異なる環境で戸惑う部分もあるかもしれませんが、基礎をしっかり身につけていけばどの施設の装置でもきっと使いこなすことができるようになります.事前にしっかり計画を練った上で実験に臨み、大型施設での実験を一緒に楽しみましょう.

Non-collinear/Non-coplanar magnetic orders

  我々のグループは固体中のスピン配列とそれに関連する物性現象を研究しています.

固体中のスピン配列は、これまで非常に古くから研究されてきました.例えば、我々人類が古くから利用してきた「磁石」では固体中のスピンが自発的に同じ方向に揃う「強磁性」が実現しています.

 しかし、世の中には隣り合う原子のもつ磁気モーメントが、平行ではなく有限の角度をもって配列する磁気秩序というものも存在します.右図は私が過去に中性子散乱により決定したある鉄酸化物の磁気構造ですが、結晶の特定の軸方向に進むにしたがって、緑色の矢印で示されたスピンがらせん階段のように回転して配列しています.

  このような秩序は総称してnon-collinear磁性と呼ばれ、近年新しい物性現象を生む舞台として注目されています.例えば前述のらせん磁気秩序では、右巻き・左巻きといった巻き方の自由度が生まれ、これによって空間反転対称性が破れることになります.このようなスピン配列の幾何学的特性は、電気分極やホール効果と言ったスピン自由度以外のマクロ応答の起源となり得るということが近年明らかになってきました.

  世の中にはまだ私たちが見たことないような変わったスピン配列があり、それが将来的に私たちの生活に役立つような物理現象を示してくれるかもしれません.そんな固体中のスピンの世界を中性子を使って探検してみましょう.詳しくはResearchのページを参照してください。