東工大の戦略分野 SSI 私たちが考える次世代の社会インフラ 第4回
スマートな都市・社会を実現する
環境・社会理工学院 岸本まき 助教 宋航 助教
東工大の戦略分野 SSI 私たちが考える次世代の社会インフラ 第4回
スマートな都市・社会を実現する
環境・社会理工学院 岸本まき 助教 宋航 助教
SSIでは、実現したい未来社会に向け、4つのテーマ、「レジリエント社会の実現」、「地球の声のデザイン」、「スマートシティの実現」、「イノベーション」を設定している。今回は、「スマートシティの実現」というテーマで、環境・社会理工学院の岸本まき先生と宋航先生に登場してもらった。現在の研究内容と、SSIにおける活動内容について話を聞いた。
都市部を対象に「災害に強いまちづくり」を研究
-まず、岸本先生の研究内容から聞かせて下さい。
岸本:私の研究テーマは、「災害に強いまちづくり」です。具体的には、建物が密集している都市部で大地震が発生したとき、どのような被害が発生するのか、被害を小さくするためにはどのような対策を講じるべきかなどをコンピューターシミュレーションによって分析しています。
特に注目しているのが、東京都の特定緊急輸送道路です。大地震時に緊急輸送道路が通れなくなると、緊急物資の輸送だけでなく、救急活動や消防活動などにも大きな影響を与えます。これらの道路の通行機能を確保するためには、沿道の建物の倒壊を防ぐことが重要です。
シミュレーションでは、過去の震災から得られたデータをもとに、「これくらいの地震規模なら、これくらいの耐震性能の建物が倒壊し、その結果、この道路は通れるけれどもこの道は通れなくなる」といったことを予想します。これらによって得られたシミュレーション結果を基に、東京都の担当部局の方とディスカッションを行い、防災まちづくりへ反映しています。
岸本助教
-同研究における課題は何でしょうか。
岸本:都市防災分野における大きな課題の1つとして、その推進には、住民の合意が不可欠である点が挙げられます。災害時、交通網を確保するには、沿道建物の耐震化や、液状化現象への対策を講じておくといったことが重要です。しかし、その重要性を住民の方々に理解していただけなければ、整備を進めることはできません。特に、建物の倒壊と火事の延焼が危惧される木造密集地域の場合、建物所有者の高齢化が進み、建て替えに消極的なケースも多く、合意形成がむずかしいのが現状です。
建物内の人の動きをセンシング
岸本:災害に強いまちづくりに加え、スマートシティに関連する研究も進めています。
東京都によるスマートシティへの取り組みの一例としては、西新宿での「5Gアンテナ搭載スマートポール」があります。これは、5GアンテナやWi-Fiで「つながる」、人流計測カメラや環境センサーで都市環境が「見える」、デジタルサイネージで情報が「伝わる」という3つの機能を備えた次世代の情報インフラです。
今後、このようなIoTデバイスが街中に設置されれば、日々大量のデータが蓄積されることになります。このビッグデータをどうやって有意義な情報として解釈し、生活に還元するかが重要です。
このような問題意識を持つ中で、まずは、「建物内のIoT化によって得られたビックデータをどのように建築計画に還元するか」を検討しています。具体的には、建物内に設置された多数の赤外線人感センサーからセンサネットワークを作成することで、人の動きを把握しようと考えています。
このように、現在は都市防災とビッグデータを用いた建築計画の2本柱で研究を進めていますが、今後は、スマートシティが実現した社会における都市防災に関する研究へと統合していく予定です。災害時の人々の行動をセンシングし、シミュレーションに反映させることで、災害時の適切な行動を提言したり、建物や道路の整備に反映したりしたいと思っています。将来的には、災害発生時、どのように避難をすれば良いかをリアルタイムに提示できるようにしたいですね。
-災害に強いまちづくりとスマートシティはどちらも安心・安全で持続可能な社会の実現を目指しているという点でゴールは一緒ですよね。
岸本先生は、なぜこの研究をしようと思われたのですか?
岸本:建築学を学ぶ中で、都市や建物内での人の動きに興味を持つようになりました。その中で、大佛俊泰教授が掲げる「建築・都市空間における様々な環境要素と人々の評価・行動特性に関する法則性を解明する」という言葉に心を動かされました。そして、データを使って人の動きに関する法則性を見出し、都市防災計画に役立てたいと思い、現在に至っています。
通信電波を使って人の健康状態をチェックする
宋助教
-次に、宋先生の研究内容を聞かせて下さい。
宋:私の専門分野は情報通信です。私は現在、通信に使われている電波を用いて生体センシングを研究しています。
通信のため、空間にはさまざまな電波が飛んでいます。現在、第5世代移動通信システム(5G)はどんどん普及していますが、2030年頃には5Gからさらに進化した6Gも導入される予定です。それに伴い、ミリ波やテラヘルツ波が使われるようになります。しかし、電波の周波数が高くなると減衰が大きくなり、消費エネルギーが増えます。今後、電波をどのように利活用するかが持続可能な社会においては重要なテーマとなっています。
一方で、実は我々の動きや呼吸、心拍は、周囲の通信電波に影響を与えます。そのため、通信電波を使って、室内にいる人の動きや呼吸、心拍を検出することで、その人の健康状態を推定することができます。そこで私は、通信電波を使った生体センシングによる健康見守りシステムの研究に着手したのです。
-使う電波の波長はどれくらいですか?
宋:はじめは、Wi-Fiの2.4GHz帯と5GHz帯の電波を使って生体センシングをしていました。現在は、28GHz帯のミリ波を使った生体センシングに注力しています。Wi-Fiに比べてミリ波やテラヘルツ波の方がより高精度でのセンシングが可能です。
高齢化社会においては、一人暮らしの高齢者の健康状態を確認する必要があります。現在は、スマートウォッチなどを使って、心拍数や血液中の酸素濃度を計測することができます。しかし、電池が切れたり、身に着けなければならないなどの負担があります。一方、負担をかけずに健康状態を確認するには、このような非接触型のシステムがベストだと考えています。
通信とセンシング融合の研究が加速
-このような研究はいつ頃、始まったのでしょうか。
宋:通信電波の状態はチャネル状態情報(CSI)で表せます。約10年前に、WiFi通信電波のCSIを取得できるツールが公開され、以来、通信とセンシング融合の研究が各国で盛んになりました。今後は、通信電波の機能の1つとして、センシングが当たり前になっていくと予想されます。5年から10年後には、すべてのスマートフォンに生体センシング機能が搭載されているのではないかと思っています。
このように、最終的には、企業がサービスを提供することになりますが、取得した情報をどのように処理し、より正確に分析できるかがセンシングの重要ポイントになります。そのため、私は、電波の信号処理の研究に注力しています。
近い将来、ミリ波の基地局がいろいろな場所に設置されますので、室内だけでなくその電波を利用して人々の動きを広範囲にわたり検出できるようになれば良いなと思っています。
-まさにスマートシティへの取り組みですね。
岸本:宋先生にご質問です。Wi-Fiの電波で室内の人の動きや呼吸数、心拍数を検出できるということですが、家には、冷蔵庫や電子レンジなどさまざまなノイズがある点が気になります。
宋:Wi-Fiには、2.4GHz帯と5GHz帯の2種類の周波数があります。電子レンジなどは2.4GHz帯で、周波数が近い場合には干渉しますが、適度に離れていれば、干渉することなく動作します。
また、現在は、通信電波で取得したデータをAIに学習させることで、分析精度の向上を図っています。AIによる学習とは、電波の強度や位相の変化と、人の健康状態との関連性をセンシングデータをもとに推定できるようにするということです。
岸本:部屋の中に人が大勢いる場合はいかがでしょう。
宋:現在、確実に推定可能なのは、室内にいる人数が少ない場合です。大人数に関しては、まだ研究がなされている状況です。しかし、先ほどの岸本先生のお話を伺い、センサネットワークを構築して信号処理を行えば、人数が多い場合でも個々の人の健康状態を推定できるのではないかと思いました 。
スマートシティの実現には「スマート」の研究者と「シティ」の研究者のコラボが不可欠
-最後に、SSIに期待されていることを聞かせて下さい。
岸本:今回、宋先生の研究内容を伺い、センサーを使ったデータの利活用という点で、多くのヒントをいただきました。普段、研究を進める中では、異分野の研究者と話す機会が少ないので、改めて異分野の方々との情報交換の大切さを感じました。その点においてもSSIには魅力を感じていますし、大いに期待をしています。
宋:私はこれまで要素技術の研究が中心で、社会実装についてはあまり考えたことがありませんでした。SSIに参加し、土木・建築の先生方の研究内容を聞く機会をいただき、要素技術をどのようにすれば、社会実装できるかについても考えるようになりました。また、今回、岸本先生のお話を伺い、研究開発した技術を社会に役立てることの重要性を再確認しました。
私のような工学系の研究者は、スマートシティのうちのスマート、つまりセンサーや通信など技術的な面に特化しがちです。しかし、シティを研究対象とする土木・建築系の研究者とのコラボレーションがなければ、真のスマートシティの実現は困難です。その点からも、SSIは素晴らしいプラットフォームであると感じています。今後もSSIを通して自分の視野を広げながら、新たな分野や課題に挑戦していきたいですね。
-本日はどうもありがとうございました。
東京工業大学 環境・社会理工学院 建築学系 助教
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2016.3 東京工業大学 工学部 建築学科
2018.3 東京工業大学院 環境・社会理工学院 建築学系 修士課程
2020.3 東京工業大学院 環境・社会理工学院 建築学系 博士課程 修了
2022.4より 現職
東京工業大学 環境・社会理工学院 融合理工学系 助教
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2012.6 天津大学 電子情報工程学院 電子科学・技術学科
2015.1 天津大学 電子情報工程学院 微電子・固体電子専攻 修士課程修了
2018.3 広島大学 大学院先端物質科学研究科 半導体集積科学専攻 博士課程 修了
2018.4 広島大学 ナノデバイス・バイオ融合科学研究所 客員研究員
2019.3 天津大学 微電子学院 講師
2020.12 東京大学 大学院工学系研究科 特任研究員
2022.4より 現職
2024年9月掲載 Published: September 2024