東工大の戦略分野 SSI 私たちが考える次世代の社会インフラ 第2回
レジリエントな社会を創る
環境・社会理工学院 三井和也 助教 中山一秀助教
東工大の戦略分野 SSI 私たちが考える次世代の社会インフラ 第2回
レジリエントな社会を創る
環境・社会理工学院 三井和也 助教 中山一秀助教
SSIでは、実現したい未来社会に向け、4つのテーマ、「レジリエント社会の実現」、「地球の声のデザイン」、「スマートシティの実現」、「イノベーション」を設定している。今回は、「レジリエント社会の実現」というテーマで、建築学系の三井和也先生と土木・環境学系の中山一秀先生に登場してもらった。現在の研究内容と、SSIにおける活動内容について話を聞いた。
-まず、三井先生の研究内容から聞かせて下さい。
三井:私は建築物の中でも、鋼材を使った「鋼構造建築物」を研究しています。鋼材は重量に対する強度が優れているので、駅前の超高層ビルから一般的な住宅まで多くの建築物に使われています。
地震や台風による揺れが発生すると、建築物はダメージを受けます。建築物のダメージを軽減し、耐震性能を向上させる最もシンプルな方法は、柱や梁を太くすることですが、この方法は多くの鋼材を使用するため、コストが増大してしまいます。また,鋼材を1トン製造する過程で、2トンのCO2が排出されるため、近年求められる地球温暖化防止の観点からも、鋼材の使用量を増やすことは望ましくありません。一般的に、鋼材量を削減することで、建築物の強度は下がると思われがちですが,私はうまくダメージをコントロールすることで、耐震性能を向上させることができると考えています。
そこで、私の研究室では、鋼材量を削減しながらも、地震による被害を最小限に留めるための技術を研究しています。
三井助教
―具体的にはどのような研究でしょうか。
三井:私たち研究室のユニークな点は、「座屈」に着目している点です。下敷きや定規を押して、べこべこと曲げる遊びをしたことがあると思います。これが「座屈」です。下敷きだけでなく、建物の柱や梁といった構造体でも座屈は発生し、建物が倒壊する要因の1つとなっています。
座屈は悪い現象と認識されがちですが、数学に基づいて精密に予測することができます。我々はこの現象を利用し、鋼構造の狙った箇所・タイミングで座屈を発生させる制御技術を構築し、座屈をうまく活用することを考えています。
この技術により、巨大地震が発生した際、建築物のどの箇所にどの程度のダメージが蓄積されるか予測できますし、迅速に補修できるというメリットもあります。日本のような災害の多い国において、災害に強い建築物を作ることは重要ですが、仮に損傷したとしても、損傷のしかたを工夫すれば、人命や財産をより守りやすくなります。
このように、座屈という現象を制御して、地震のエネルギーを特定の箇所で集中的に吸収させることで、自然災害による被害を最小限に食い止めようというわけです。
―座屈しやすい箇所を、建築物のどの部分に、どのように入れればよいかは、理論計算によって導き出すことができるのですね。
三井:高層ビルの設計では、地震時の建物の揺れをシミュレーションすることが一般的です。高精度なシミュレーションには、「この柱は、このように壊れていく」といったデータが不可欠です。ところが、そういったデータはあまり多くありません。そのため、私の研究室では、柱や梁が座屈によってどのように壊れていくかというデータを、実験や解析により調査しています。
コンクリート構造物の効果的かつ効率的な維持管理に向けて
中山助教
-次に、中山先生の研究内容を聞かせて下さい。
中山:私は、コンクリート構造物を効果的かつ効率的に維持管理していくための戦略を考えることや、戦略を考える上で判断材料となる構造物の性能を評価するための手法について研究しています。基本的な考え方は、「状態の良いものはできるだけ長く使えるように手直しし、建て替えが必要なものはリニューアルする」ということです。
コンクリート構造物を手直ししながら使い続けるか、リニューアルするかを決定するには、判断材料が必要です。そのため、例えばトンネルや橋などの構造物に対して,現在は5年に1度の定期点検が実施されています。ハンマーで叩いていき、浮きや剥離がないかを調べる「打音検査」や、コンクリート表面の変状や変形を目視で観察する「近接目視」が主に行われています。しかし、これらには熟練の技術者の力が不可欠です。また、公共構造物は、長期間にわたって管理しなければならないものですので、検査技術や検査データは次世代の技術者に引き継いでいく必要があります。技術者数が減少傾向にある昨今,技術者の技量によらず、次世代に引き継ぎやすい検査データが得られる検査技術が必要になっていると考えています。
そこで私は、そのような課題を解決するため、コンクリート構造物の性能評価に関する手法について研究しています。
-具体的には、どのような手法なのでしょうか。
中山: 鉄筋の電気化学的特性を評価する手法と、コンクリートの電気的特性を評価する手法の2種類あります。
まず、電気化学的特性を評価する手法についてです。例えば,島国である我が国では,海から飛来した塩分と水がコンクリート中にある程度浸透すると鉄筋が腐食しはじめます。鉄筋腐食は、鉄が鉄イオンになって溶出する反応であり、電子のやりとりを伴う電気化学的な反応です。したがって、鉄筋の電気化学的な反応のしやすさを測定することで、コンクリート内部の鉄筋の腐食の進み具合を評価することができます。
次に、電気的特性を評価する手法についてです。先ほど述べたように,鉄筋の周りに塩や水といった劣化因子がある程度到達すると鉄筋の腐食がはじまります。つまり,構造物の表面から鉄筋までのコンクリート部分(かぶり)をどれくらいのスピードで劣化因子が移動できるかを評価することでも、腐食の進みやすさを予測できると考えられます。このようなコンクリート中の劣化因子の移動のしやすさは、コンクリートの空隙構造や含水状態に影響を受けます。また、コンクリートの電気的特性と空隙構造や含水状態との間には相関があると言われています。その相関性や支配因子を解明することが出来れば、コンクリートの種類や状態によらず電気的特性からコンクリート中の劣化因子の移動のしやすさ、ひいては鉄筋の腐食の進みやすさを評価できると考えています。
これらの2つの手法を基に、鉄筋コンクリート構造物の性能評価手法を確立することを目指しています。これは、高い信頼性を保ちながら持続可能な維持管理を実現するための一助となると考えています。
-手法の研究でむずかしい点を聞かせて下さい。
中山:橋梁やトンネルなど土木構造物は巨大なものが多いので、点や面の評価が必ずしも全体の評価に繋がるとは限りません。どういった指標で、どの部分を、いつ、どのくらいの精度で評価すれば、構造物の維持管理に役立つのかといったことはむずかしい問題で、現在、検討中の課題です。
例えば、測定データを千々和伸浩先生が進められているシミュレーション(https://sites.google.com/view/ssiwg-jp)に入力し,構造物の未来の状態をバーチャル空間で描くことで,上述した課題を解決するヒントが得られると考えています。
建築系と土木・環境系の研究者の協業によりレジリエント社会の方向性を探りたい
-三井先生は鉄骨構造学、中山先生はコンクリート工学がご専門とのことですが、今後、SSIではどのような協業を期待されていますか? また、レジリエントとは、「柔軟性がある」「回復力のある」といった意味合いですが、特に、レジリエント社会の実現という観点からお考えを聞かせて下さい。
三井:日本では、建築と土木は分野が分かれているため、これまで、建築系の私と土木・環境系の中山先生が交わる機会は限られていました。しかし、建築と土木は技術的に多くの共通点のある分野です。
どこの大学でも、レジリエント社会を前提に、建築・土木の研究を進めていると思います。その中で、東工大SSIにしかできないことという点では、従来、縦割りだった組織に、今回、SSIという横串が刺されたことにより、これまで交流のなかった研究者同士が意見を交換し合い、皆が目指すべき方向性を一緒に探っていくことができるようになりました。
そのため、「レジリエント社会に向けて、SSIではこのような研究をしています」ということを、様々な分野の若手研究者が一緒になって、大きなムーブメントを作れるように,社会に向けて広く発信していくことが、まずは重要であると考えています。
中山:三井先生がおっしゃるように、SSIにおいては、東工大全体として目指すべき方向性について、分野横断で話し合い、すり合わせていくことが重要であると考えています。
また、レジリエントな社会を目指すといったとき、学術的な面においても、SSI内で系を跨いだ融合が不可欠です。ビルや住宅などの建築物と、道路や橋梁などの公共構造物を別々に考えるのではなく、1つの町や地域として考えていく必要があります。その点においても、SSIには非常に期待していますし、我々若手がけん引していかなければならないという思いを強くもっています。
三井:まったく同感です。様々な専門家が知恵を出し合い市区町村や地域単位で1つのコンセプトを設定し、そのコンセプトに沿ったまちづくりを実現していくことがこれまで以上に求められていくと思います。
先日、中山先生が「SSIを通して、社会実装の前段階となる実験の場を東工大の構内に作りたい」というアイディアを出してくれました。大学発の研究シーズをいきなり社会で実装することは困難なことが多いです。そこで、SSIプロジェクトとして、社会実験用の構造物を作り、SSIのメンバーがその構造物を思い思いに実験場として活用し、コラボレーションの場としても活用出来たらよいなと思っています。中山先生とも協力し合いながら、積極的に取り組んでいきたいですね。
―若手の研究者の皆さんの今後の活躍に期待しています。本日はどうもありがとうございました。
東京工業大学 環境・社会理工学院 建築学系 助教
―――――――――――――――――――――――――――――――――
2012. 3 名古屋工業大学 工学部 建築・デザイン工学科 卒業
2014. 3 名古屋工業大学大学院 工学研究科 創成シミュレーション工学 博士前期課程修了
2017. 3 名古屋工業大学大学院 工学研究科 創成シミュレーション工学科 博士後期課程修了
2017. 4 日本製鉄 技術開発本部
2019. 7 東京工業大学 環境・社会理工学院 建築学系 助教
東京工業大学 環境・社会理工学院 土木・環境工学系 助教
―――――――――――――――――――――――――――――――――
2014.3 徳島大学 工学部 建設工学科 卒業
2016.3 徳島大学大学院 建設創造システム工学コース 博士前期課程修了
2018.4 東京工業大学 環境・社会理工学院 土木・環境工学系 助教
2019.3 徳島大学大学院 建設創造システム工学コース 博士後期課程修了(博士(工学)取得)
2024年6月掲載 Published: June 2024