東工大の戦略分野 SSI 私たちが考える次世代の社会インフラ 第3回
地球の声を聞き、持続可能な人間環境を創る
環境・社会理工学院 大風翼 准教授 宮下修人助教
東工大の戦略分野 SSI 私たちが考える次世代の社会インフラ 第3回
地球の声を聞き、持続可能な人間環境を創る
環境・社会理工学院 大風翼 准教授 宮下修人助教
SSIでは、実現したい未来社会に向け、4つのテーマ、「レジリエント社会の実現」、「地球の声のデザイン」、「スマートシティの実現」、「イノベーション」を設定している。今回は、「地球の声のデザイン」というテーマで、環境・社会理工学院の大風翼先生と宮下修人先生に登場してもらった。現在の研究内容と、SSIにおける活動内容について話を聞いた。
シミュレーションにより積雪や吹雪への有効対策の提言を目指す
-まず、大風先生の研究内容から聞かせて下さい。
大風:私は、数値流体解析と呼ばれる流体の解析手法を使って、風そのものや、熱や雪の輸送など風がもたらす自然現象をコンピュータシミュレーションすることで、関連する問題の形成メカニズムやその対策方法を研究しています。中でも私は、山形県出身で、子どもの頃から雪は身近な存在で、また、社会的に大きな課題ということを実感していたので、雪に関する研究をライフワークにしようと思っています。
たとえば、建物周りで、雪が風に乗って運ばれ、思わぬところに、吹きだまりが形成されることがあり、生活動線をふさいだり、屋根の雪の積もり方に偏りが生じて軒から落下したり、といった問題がしばしば起こります。また、自動車を運転中、吹雪で視界が悪くなり、運転に支障をきたすといったケースもあります。
豪雪地帯に住む人々にとって雪は大きな課題で、昔から雪の問題は認識されていますが、まだまだ解決すべきことが多いです。そこで、風がどのようにして雪を運び、どのような場所に積もらせるのかなどをシミュレーションによって解析することで、有効な対策につなげることを目指しています。
大風准教授
-大風先生の強みは、数値流体力学によるシミュレーションだと伺いました。
大風:数値流体力学は、もともと工学では、航空機や自動車周りの流れの予測に関連し機械工学の分野から入ってきた手法で、1980年代以降、建築分野にも導入され、建物壁面の風圧力やビル風の予測などに適用され始めました。そのころ、日本で先駆的に建築分野に導入した研究者の一人が、私の指導教員の持田灯東北大学名誉教授です。
持田研に卒論生として配属された2005年当時、持田先生は数値流体力学を駆使し、ヒートアイランド対策に関する研究に注力されていました。持田先生は、東北大学に着年される前に、新潟工科大学で教鞭をとられており、そのときに、数値流体力学を基に雪の飛散や吹きだまり予測に着手され始めましたが、東北大学に来られてしばらく雪のテーマは眠っていました。恐らく、ヒートアイランドに関するテーマで研究をやらせたかったと思いますが、私は、聞き分けなく雪のテーマに飛びつき、これが数値流体力学との出会いでもあります。目に見えない空気の流れを、可視化できる数値流体力学は、とても魅力的で面白いです。
-大風先生は、近年、2022年に「日本雪氷学会平田賞」のほか、2019年には「日本ヒートアイランド学会論文賞」を受賞されていますね。
大風:平田賞は、雪氷学の研究に顕著な成果をあげ,今後の発展を奨励することが適当と考えられる個人に送られる賞とされ、大変嬉しいです。論文賞の方は、博士号取得後の助教時代に視野を広げるため、冬だけでなく夏の問題にも貢献せねばと、持田先生や持田研の学生と取り組んだもので、このまま地球温暖化が進行した2050年代に、どれくらいの人が熱中症で救急搬送されるのか気象解析や過去の救急搬送データを基に推定した内容について評価していただきました。
ヒートアイランド現象など大都市の問題は、多くの研究者が注力されていますので、やはり自分だからこそのテーマである雪は、今後も注力していく予定です。
-SSIでは、「地球の声のデザイン」に関して、分野を横断した若手研究者同士で、「持続可能な人間環境を創る」というテーマに取り組まれていく予定と伺いました。
大風:温暖化が進むことで、今後、降雪や吹雪の様子がどのように変わっていくかについて、強い関心があります。気象系の研究によると、温暖化による気温の上昇で、降雪の総量は減るけれども、大気中の水蒸気の増加により、降った際にはゲリラ豪雨ならぬゲリラ豪雪になる頻度が増えることも指摘されています。
そのため、現在、雪に強い社会を目指して、建築や土木、気象など幅広い分野の研究者と共同研究を進めています。また、雪に関する問題を抱えているのは、日本だけではないため、ノルウェーやスイスなどの研究者とも交流を行っています。SSIでも、若手研究者との情報交換や共同研究を通じて、持続可能な未来社会を目指していきたいと思っています。
社会実装を実現する「超学際研究」の支援を目指す
宮下助教
-では、次に、宮下先生のご研究内容を聞かせて下さい。
宮下:私の専門分野は、技術経営です。技術経営とは、研究開発により生み出された技術を事業化・産業化につなげていくための方法について研究する経営科学の一分野です。技術経営では、革新的な技術や発想を通じて新たな価値を生み出し、社会に大きな変化をもたらすイノベーションを実現することを目標としています。中でも私は、科学研究のマネジメントに特化した「科学経営」を研究テーマとしています。技術開発を中心とする技術経営に対し、基礎研究のマネジメントを担う領域を科学経営と呼んでいます。
-宮下先生は、なぜSSIに参加されようと思われたのでしょうか。
宮下:分野横断型のプロジェクトであるSSIと私の研究との関連性についてお話します。SSIの中で、私の研究と最も関係があるのが、「超学際研究」です。
異なる研究領域の研究者が集まって行う研究は、大きく分けて3段階あります。まず、第1段階が、「領域複合研究(multidisciplinary research)」です。研究分野が複数あり、それぞれが独立した状態です。第2段階が、「学際研究(interdisciplinary research)」です。異なる研究分野の考え方や理論、方法などを組み合わせて研究を行うというものです。そして、第3段階が、「超学際研究(transdisciplinary research)」です。複数の研究分野の知識を融合させて、産業界や公共部門も巻き込んで複雑な社会課題を解決できるような知恵の創出を目指すというものです。
各研究分野を野菜に置き換えたたとえ話があります。まず、領域複合研究は、サラダです。複数の野菜が切られた状態で混ざっていますが、それぞれの野菜は元の風味や食感を保った状態です。次に、学際研究は、カレーやシチューです。ある程度は野菜の形が残っていますが、1つの料理になっている状態です。そして、超学際研究は、ケーキです。複数の食材が完全に一体化した状態です。SSIでは、この第3段階の超学際研究を目指していると認識しています。
たとえば、大風先生が、さまざまな分野の研究者の方と進められている共同研究は、学際研究です。それが社会実装を通じて、持続可能な人間環境の創出につながるようになれば、超学際研究になります。
SSIの活動では、「持続可能な人間環境を創る」という目標のもと、多様な分野の研究者同士が、どのような研究を行うと、超学際研究につなげるのかについて考えるための支援や提案をしたいと考えています。
大風:私はくせの強い野菜、宮下先生は優秀なシェフといった立場なのではないかと思っています。くせの強い野菜同士をうまく組み合わせ、まとめることで、初めておいしい料理が出来上がります。同様に、持続可能な人間環境の創造に向けては、旗振り役が不可欠です。宮下先生は、社会のニーズを的確に拾い上げながら、SSIを俯瞰し、SSIに参加されている研究者の方々が、他の分野の研究者と共同研究をしたいといったときに、「このような分野の研究者と共同研究をすると、イノベーションを起こせる可能性が高まる」といったことを提言してくれる存在だと思っています。
研究者同士のネットワーク構造を可視化
-実際、宮下先生は、SSIの中でどのような活動を行っていく計画でしょうか。
宮下:普段、科学経営に関する研究では、基礎研究における連携や知識がどのような構造を形成しているかを、ソフトウェアを使って調べて可視化しています。
具体的には、研究者名と論文のタイトルや要旨の中に出現する語句を基に、連携や知識の構造を表すネットワークを作って表示します。このネットワークに新たな研究者が追加されると、新たなつながりが連携のネットワークと知識のネットワークの中で発生します。こういったネットワーク構造を、どのようにマネジメントすれば、イノベーションにつなげられるかを考えています。
たとえば、プロジェクトごとにネットワークを作成し、大学か企業かなどの所属によって色分けしたり、研究分野ごとに色分けしたりすることで、そのプロジェクトのネットワーク構造の特徴がよりわかりやすくなります。
今回、「Web of Science」と呼ばれる論文に関するデータベースから、大風先生の論文データをダウンロードして、ネットワーク構造を可視化してみました。研究分野別に色分けした結果、大風先生は、土木工学、建設工学、建築学、地球科学、気象学、持続性科学など実に幅広い分野の研究者方と共同研究をされていることが分かりました。
大風:どうもありがとうございます。このように、ネットワーク構造を可視化していただけると、自分では気付かないところで、知識をもっと広げられる可能性があることがわかりますね。特に、人的ネットワークだけでなく、知識に関するネットワークも見られることで、より求める共同研究者を探すことができそうです。行き詰まりを感じたときなどに、どのような分野を模索したら良いのかなどがわかる気がして、非常に興味深いです。
ネットワーク構造の可視化例
-SSIにおける今後の目標を聞かせて下さい。
大風:私の強みはシミュレーションです。この強みを駆使しながら、人々が安心・安全で、快適に暮らせるような生活空間を作っていくことが、私にできる社会貢献だと思っています。そのため、SSIでも、さまざまな分野の研究者の方々と、生活空間の改善に役立つ研究に、積極的に取り組んでいきたいと思っています。
現在、SSIの若手研究者はサラダの状態ですので、まずは、カレーにするところから始めたいですね。他の研究者との共同研究を行う際、最もむずかしいことは、問題意識の共有です。どのような料理になるのかわからないままに、それぞれの野菜が器の中に入れられている状態だと、それぞれが主張し合っているだけになってしまいます。ですので、まずは、宮下先生が見せてくれたネットワーク構造のマップをもとに、問題意識の共有を図っていきたいですね。
宮下:現段階の課題は、ネットワーク構造からは、「現在はこのような状態です」ということしかわからないことです。SSIで取り組む「地球の声のデザイン」において、地球の声を聞くところまでは、このような方法が使えます。しかし、SSIでは、超学際研究をいかにイノベーションにつなげるかが、テーマとなっています。「持続可能な人間環境を創る」ためには、「こことこことの連携が弱いので、この部分の連携を増やせば、社会実装につながる可能性が高まります」といった提案ができる必要があります。今後、そこまで提案できるように研究を進めていきたいですね。
-貴重なお話をどうもありがとうございました。
東京工業大学 環境・社会理工学院 建築学系 准教授
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2006.3 東北大学 工学部 建築学科 卒業
2008.3 東北大学大学院工学研究科 都市・建築学専攻 博士課程前期 修了
2008.4 NTTファシリティーズ 建築事業本部
2009.3 東北大学 大学院工学研究科 研究支援者
2010.4 東北大学 大学院工学研究科 都市・建築学専攻 博士課程後期 編入学
この間、日本学術振興会特別研究員(DC1)
2012.3 東北大学 大学院工学研究科 都市・建築学専攻 博士課程後期 修了(博士(工学)取得)
2012.4 東北大学 大学院工学研究科 日本学術振興会特別研究員 (PD)
2013.4 東北大学 大学院工学研究科 都市・建築学専攻 助教
2016.3 東京工業大学 大学院総合理工学研究科 環境理工学創造専攻 准教授
2016.4より 現職
東京工業大学 技術経営専門職学位課程 /
環境・社会理工学院イノベーション科学系 助教
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2013.3 東京工業大学 工学部 制御システム工学科 卒業
2015.3 東京工業大学大学院理工学研究科 機械制御システム専攻 修士課程 修了
2018.3 東京工業大学大学院理工学研究科 機械制御システム専攻 博士課程 退学
2018.3 東 京工業大学 環境・社会理工学院 技術経営専門職学位課程 (デュアルディグリー)修了
2021.9 東京工業大学 環境・社会理工学院 イノベーション科学系 修了 博士(技術経営)取得
2021.11 東京工業大学 環境・社会理工学院 イノベーション科学系 研究員
2022.1 名古屋大学 未来社会創造機構 研究員
2022.4より 現職
2024年8月掲載 Published: August 2024