研究内容
物質科学的な側面から断層運動を研究しています。
1. 断層滑りを模擬した室内実験
断層滑りによって散逸するエネルギーは、温度変化、鉱物の熱分解・溶融反応、粒子の細粒化・摩耗・力学的非晶質化などで消費されます。これらの機構は断層岩の物性を変化させ、滑り挙動に影響を与えます。断層滑りを模した室内実験を行うことで、断層滑りに伴う岩石の物性変化およびそれが滑り挙動に及ぼす影響を調べています。
Kaneki & Hirono (2019): 1 m/s オーダーでの摩擦実験および実験後試料の XRD・分光分析から、初期熟成度の低い炭質物は断層滑りによって熟成が進行する一方、初期熟成度の高い炭質物は熟成度が減少することを明らかにしました。このような熟成度の変化は、炭質物に富む断層の摩擦強度や破壊伝播過程に影響を与える可能性があります。
Kaneki et al. (2020): 摩擦実験後の模擬断層ガウジの XRD 分析から、ガウジ中での力学的非晶質化の進行と摩擦仕事との関係を定量的に評価しました。生成した非晶質物質の量は、ガウジの鉱物種・摩擦仕事に依存する一方、滑り速度には依存しないことが示されました。得られた結果から、天然の断層ガウジにおける力学的非晶質化と断層運動との関係を議論しました。
2. 断層運動のモデル計算
何書くか考え中。
Kaneki & Noda (2023): 沈み込み帯における地震観測では、スロー地震の発生と局所的に高い間隙流体圧の関係がしばしば議論されます。本研究では主に浅部スロー地震に焦点を当て、水理学的モデル計算を行うことで、局所的な透水係数の減少が流体圧の局所的な上昇を引き起こすことを明らかにしました。シリカの析出による石英脈の形成など、透水係数を局所的に低下させる機構がスロー地震の発生に寄与している可能性を示唆するものです。
Kaneki & Noda (in preparation): 速度状態依存摩擦則に支配される断層における状態発展則の選択が地震前滑り挙動に及ぼす影響。
Kaneki & Noda (ongoing): 地震時の断層帯における化学反応の進行に伴う歪集中モデル。
3. 炭質物に着目した地質温度計の開発・改良
堆積物やそれら起源の岩石中に存在する炭質物は、被熱履歴に応じてその熟成度を変化させます。熟成度の評価指標として、マセラルの光学反射率やラマンパラメータなどがあり、これらに基づいた地質温度計は、その普遍性や簡便性から広く用いられています。私は特にデータ解析手法の確立に重点を置き、地質温度計の開発・改良に取り組んでいます。
Kaneki & Noda (2020): マセラルの一種であるビトリナイトの光学反射率から被熱史を推定する際によく用いられる EASY%Ro モデル(Sweeney & Burnham, 1990)について、既存の近似式の近似誤差が最大で 34 °C に達することを報告しました。EASY%Ro モデルから直接温度を計算するコードを開発するとともに、近似誤差が 3 °C 以内の新たな近似式を報告しました。
Kaneki & Kouketsu (2022), Kaneki et al. (2024): Kouketsu et al. (2014) 及び Aoya et al. (2010) が提案した、炭質物ラマンスペクトルに基づいた岩石の最高変成温度の推定手法について、データの自動解析コードを開発しました。これにより、より簡便かつ短時間で炭質物ラマン温度計を適用することが可能となりました。
4. 岩盤掘削のモデル化
何書くか考え中。
Kaneki (2021): 断層帯での温度測定による滑りパラメータ推定についての理論的な研究です。滑り時間と断層帯の厚みがそれぞれ地震後に経過した時間と拡散長に比べて十分小さい場合、滑り弱化摩擦を考慮した厚みのある断層帯での熱伝導は、均質な無限媒質中に平面熱源が貫入した時の解析解(ソース解)で近似できることを数学的に示しました。将来のものも含めた断層の科学掘削ではこれらの条件が満たされると考えられるため、ソース解を用いて滑りパラメータを求めることは妥当と言えます。
Kaneki & Miyazaki (in preparation): Miyazaki et al. (2022) による PDC ビットの掘進速度モデルの適用可能範囲についての検討。
5. 断層岩中の炭質物に記録された摩擦発熱履歴
地震時に解放される弾性歪エネルギーは地震波による放射と断層での散逸へと姿を変え、後者の大部分は摩擦発熱として消費されます。地震学的観測からは摩擦発熱(応力)の絶対値を制約することが難しいため、主に断層岩分析などからその定量的な評価が試みられてきました。例えば岩石中に存在する炭質物は、被熱履歴に応じてその特徴を変化させます。炭質物の熟成度を摩擦発熱の指標として確立するため、地震時の剪断・摩擦発熱を模擬した粉砕・加熱・摩擦実験および有機化学分析を行ってきました。
Kaneki & Hirono (2016): 炭質物を含む断層を模擬した試料の室内実験から、炭質物の粉砕・熱分解によって断層岩が黒色化するモデルを提案しました。地震性滑りによる高温履歴の有無を簡便に認定する目安として、野外調査時の断層の明度を用いることができる可能性を提案しました。
Kaneki et al. (2016): 四国四万十帯久礼メランジュに発達する高角逆断層中の炭質物の加熱実験および有機化学的分析を実施しました。その結果、断層帯の経験温度は 500–600 ℃ であると推定され、これは先行研究の報告値と矛盾しない結果であったことから、炭質物を用いた断層の熱履歴評価の有効性を支持する結果となりました。
Kaneki et al. (2018), Kaneki & Hirono (2018): 炭質物の熱熟成反応における地震時の剪断および昇温速度の効果を、粉砕・加熱実験および有機化学的分析から評価しました。炭質物の熟成度をより確かな温度指標として用いるためには、これら双方の影響を考慮する必要があることを指摘しました。
共同研究の紹介
テーマ1
Hirono et al. (2016): 地震時の粉砕過程によって生じたと思われる天然の活断層中の非晶質微粒子について、地震間の間隙流体への溶解反応を反応速度論から評価しました。どちらの断層においても、非晶質化した微粒子は約 1000 年ほど溶け残る可能性があることから、発見された非晶質微粒子は過去の地震イベント時に生成された可能性があることを指摘しました。
Hirono et al. (2020): 天然の試料を用いた加熱実験および SEM 観察結果から、地震性滑りに伴う断層岩中の焼結反応の速度論パラメータを推定しました。焼結反応は主に地震後の断層の余熱で進行し、焼結反応それ自体による断層強度回復と、供給されたエネルギーによる他の回復過程の促進によって、地震直後の断層強度の回復過程に影響を及ぼしうることが示唆されました。
テーマ2
Hirono et al. (2019): 低速滑り時の摩擦係数が低い鉱物の実験データを入力値として、一回のイベントの動的破壊をモデル計算しました。弱い鉱物に富む断層では蓄積できる歪エネルギーは小さくなりますが、同時に地震学的な破壊エネルギーも小さくなるため、破壊域および滑り量は大きくなることができる可能性を指摘しました。一方、2011 年東北沖地震時の浅部での大きな滑りはこれらの鉱物の存在だけでは説明できず、地震時の間隙流体圧の上昇を考慮する必要がある可能性が示唆されました。
テーマ3
Nakamura et al. (ongoing): 深紫外ラマン分光分析による新たな炭質物ラマン温度計の開発。
テーマ4
Cerchiari et al. (2018): 2018 年 1-2 月に掘削船「ちきゅう」で開催された国際ワークショップ "Core-Log-Seismic integration at Sea" の報告論文です。国際深海科学掘削計画(IODP)に採択された "Nankai Trough Seismogenic Zone Experiment"(略称:NanTroSEIZE)計画におけるいくつかの掘削地点での掘削パラメータおよびコア試料の船上測定の結果をまとめて報告するとともに、過去の航海の成果である掘削パラメータやコア試料を有効に活用することの重要性を指摘しました。
Mngadi et al. (2021): 国際陸上科学掘削計画(ICDP)に採択された "Drilling Into Seismogenic Zones Of M2.0–M5.5 Earthquakes In Deep South African Gold Mines"(略称:DSeis)計画の一環として、南アフリカ共和国 Cooke 4 鉱山から回収された掘削コア試料を用いて、回転剪断摩擦実験を実施しました。粉末状の模擬ガウジを岩石の間に挟んだ場合、インタクトな岩石同士を擦り合わせる場合に比べて、実験時の剪断強度が有意に減少する滑り速度が 1-2 桁ほど大きいことが確認されました。
Miyamoto et al. (2022): 同じく DSeis 計画の一環として、南アフリカ共和国 Moab Khotsong 鉱山で 2014 年に発生した M5.5 Orkney 地震の余震域から回収された掘削コア試料の分析結果を報告しました。断層岩及び周辺の貫入岩は熱水変質を受けたランプロファイアであり、磁鉄鉱由来の高い帯磁率及び滑石由来の低い摩擦係数と速度強化の摩擦特性を示すことが分かりました。
テーマ5
Mukoyoshi et al. (2018): 炭質物のラマン分光分析から、付加帯中に発達する局所剪断帯の過去の地震時の最高温度を推定しました。四万十帯久礼メランジュの高角逆断層は 1300 ℃ 以上、房総半島江見層群の断層は 700 ℃ の温度履歴が検出されました。どちらの推定温度も先行研究の値と調和的であることから、炭質物を用いた断層の熱履歴評価の有効性が支持されました。
Kitamura et al. (ongoing): 地震時の断層帯における粉砕の影響を考慮したビトリナイト反射率の速度論モデルの構築。