Exploring the dynamism of

chloroplast & mitochondrial nucleoids

西村芳樹 助教 Dr. Yoshiki Nishimura

葉緑体/ミトコンドリア核様体のダイナミズム

葉緑体やミトコンドリアがもつ”染色体”

 細胞内共生説によれば、葉緑体やミトコンドリアはかつて独立した細菌で、それぞれシアノバクテリアやα-proteobacteriaに近縁であったと推定されています。その進化史を反映するように、葉緑体やミトコンドリアには独自のゲノム「葉緑体ミトコンドリアゲノム」が存在しています。葉緑体/ミトコンドリアゲノムは数多くの光合成遺伝子や呼吸に関わる遺伝子をコードしており、光合成や呼吸の中枢として地球上の生命活動を支えています。葉緑体/ミトコンドリアゲノムはさらに多様なタンパク質と結合し折り畳まれることで、「葉緑体/ミトコンドリア核様体」と呼ばれる構造を形成しています。葉緑体/ミトコンドリア核様体は、葉緑体やミトコンドリアにおける染色体ともいうべき構造物であり、DNA複製・修復・遺伝子発現・遺伝の中枢として機能していますが、その詳細な構造や制御機構は未だ謎に包まれています。

葉緑体核様体は躍動する 〜マイクロ流体デバイスによって捉えられた葉緑体核様体分裂の瞬間〜

葉緑体核様体はダイナミックに挙動します。私たちは葉緑体核様体を蛍光タンパク質によって標識し、マイクロ流体デバイスによって観察することにより、生きた細胞でその挙動を追跡することに成功しました。

私たちが注目している緑藻クラミドモナスでは、葉緑体はひとつの葉緑体あたり通常5〜10個の球状構造として観察されます。今回の観察の結果、それら球状の葉緑体核様体が、葉緑体分裂にともなって細かく解体され、互いにつながったネットワーク状構造へと変化し、葉緑体分裂の完了とともに再び球状構造に復帰するというダイナミックな動態が、世界で初めてとらえられました。

図1 マイクロ流体デバイスによってとらえられた葉緑体核様体の分裂過程

(Kamimura et al., Comms. Biol. 2018; 読売新聞(2018.5))

葉緑体核様体を切る「ハサミ」~ 葉緑体型Holliday junction resolvase の発見~

 葉緑体が分裂・増殖するためには、葉緑体がもつDNA(葉緑体DNA)が確実に分配される必要があります。葉緑体DNAは裸で存在せず、様々なタンパク質によって折りたたまれて「核様体」構造をつくります。単細胞緑藻クラミドモナスで、蛍光タンパク質を使うと葉緑体核様体の挙動を生きた細胞で観察することができます (図2:葉緑体の赤い自家蛍光に重なった黄色い輝点)。正常な細胞では、葉緑体核様体は細かく分散することで分裂した4つの葉緑体に均等に分配されます(上左図:矢尻)。ところが、私たちが単離したmonokaryotic chloroplast (moc)1変異体では、たった1つの葉緑体がほとんどの葉緑体核様体を独占してしまいます(上右図:矢尻)。moc1変異体で壊れていたのは、「ハサミ」のように葉緑体DNAを正確に切り分ける酵素でした。下図は、この酵素がDNAオリガミでつくった人工ホリデイジャンクション (下左図:十文字構造)の中央に結合し(下中図:矢印)、それを切断する (下右図)様子を高速原子間力顕微鏡で可視化したものです。地球上の多くの植物がこの酵素を持っており、葉緑体核様体の分配を制御し、光合成や葉緑体生合成を支えています。

図2 Holliday junctin resolvase欠損変異体における葉緑体核様体(黄色輝点:矢印)の不均等分配(上図)。DNAオリガミと高速原子間力顕微鏡技術によって可視化された葉緑体型Holliday junction resolvaseによるHolliday Junction中央への結合(下図中央)と切断(下図右)。

(Kobayashi et al., Science 2017)

母性遺伝の不思議

雄も雌も葉緑体/ミトコンドリアをもちます。しかし多くの場合、雄のものは子孫には伝わらず,雌のものだけが子に伝わります。これを母性遺伝といいますが、それがいったいどのようなしくみで起きるのかは、最初の発見(1909年)から100年以上議論され続けてきました。私たちは単細胞緑藻クラミドモナス(Chalmydomonas reinhardtii)をモデルとした遺伝学・細胞学・分子生物学的解析を通し、この疑問に分子レベルで答えて行きたいと考えています

 単細胞の緑藻であるクラミドモナスでは、雄と雌の配偶子が全く同じ形をしており、それぞれが子に同じ量のミトコンドリア(葉緑体)DNAを寄与します。それにも関わらず、葉緑体DNAは母性遺伝、ミトコンドリアDNAは父性遺伝します。DNA特異的蛍光色素SYBR Green Iで生きた接合子の葉緑体DNAを染色して蛍光顕微鏡で観察すると、接合してから僅か45~60分程で、雄の葉緑体DNAが分解されてしまうことがわかりました(図3)。さらに、メダカの精子 (Nishimura et al., PNAS 2006) や粘菌、さらに担子菌類クリプトコッカス(Nishimura et al., Sci Rep 2020) のミトコンドリアにおいても片親mtDNAの分解が起きる事が示され、クラミドモナスで最初にみつかった片親のミトコンドリア(葉緑体)DNAの積極的な分解は、母性遺伝の基本的なしくみの一つであると考えられます。

 現在、雄の葉緑体DNAの分解を担う遺伝子を探るべく、母性遺伝変異体の単離、および接合子特異的遺伝子の逆遺伝学的解析に取り組んでいます。その結果、クラミドモナスの接合子が配偶子特異的な転写因子GSP1-GSM1によって制御されていることを明らかにしました(Nishimura et al., Plant Cell 2012)。またクリプトコッカスのミトコンドリア片親遺伝においては、片親のmtDNAが選択的に分解されたのち、mtDNAを失ったミトコンドリアがオートファジーによって除去されることを明らかにしました(Nishimura et al., Sci Rep. 2020)。今後、さらに母性遺伝を制御する遺伝子群を一つ一つ明らかにしていくことで母性遺伝のしくみの全体像に迫りたいと考えています。

図3 雄葉緑体核様体の選択的な分解。接合直後は雌雄の葉緑体で観察された葉緑体核様体(矢印)のうち(A)、雄由来(右側)のものが、接合子形成後60分以内に完全に消失してしまった(B)。