SDGs Action 

   最近の研究室での成果や卒論修論テーマを,SDGsとの関連性をもって紹介します.大学の専門科目で学ぶ抽象的かつ体系的な知識は,社会的課題への理解を深める基盤となります.特に,数学や流体力学のような物理の専門分野の学びが,社会課題の解決にどう貢献できるかを探究することで,より幅広い視野と深い理解が得られます.

熱とながれを制御する

     熱エネルギーの取り扱いは産業プロセス全般において重要であり,エネルギーを効率的に利用することは産業基盤の効率化の鍵を握ります.例えば,熱交換器の設計や,計算機のCPU/GPUの冷却システム,車載バッテリーやモーターの熱管理などにも流れが関わり,流体力学が重要な役割を果たします.その応用と流動制御のためには,特に乱流という非常に複雑な流れのダイナミクスを解析する必要があります.空気の流れや熱のうごきは目に見えないため,高度な数値シミュレーションが不可欠です.

    乱流は古典力学最後の難問と呼ばれ,その支配方程式であるナビエ・ストークス方程式(流体の運動量保存則)は解析解の存在が未だに証明されていない,数学の中でも特に困難な問題とされています.方程式に忠実なシミュレーションは計算資源の大量消費を伴い,高度なプログラミングスキルとスーパーコンピューターを利用したハイ・パフォーマンス・コンピューティング (HPC)の技術が必要です.


    私たちの研究では,ダクト内乱流に起因する二次流れを深層強化学習を用いて制御する新たなアプローチを提案しています.動的に変化する乱流状態を壁面加熱による浮力を利用して制御し,従来とは異なる二次流れパターンを安定化できることを数値シミュレーションを用いて示しました.これは,熱エネルギーの再利用および流体制御の分野における革新的なステップとなることが期待できます.


    さて,「新たな流動制御がAI・機械学習を取り入れたから実現できた」というと簡単なように思えますが,実際はこれまでの流体力学の知見の蓄積があり,英語の文献をしっかりと読む力が必要です.過去の強化学習による流動制御の研究例は2次元のカルマン渦列を対象としており,私たちの研究は3次元乱流で制御を実現させています.臨界レイノルズ数での乱流の挙動,ナビエ・ストークス方程式の非線形定常進行波解の存在,浮力(リチャードソン数)をどれくらいの強さで与えると乱流に影響するか?プラントル数の依存性は?など,根気がいる基礎研究の蓄積が本研究の背後にあります.


    この研究も発展途上です.現在では,わけがわからない乱流現象を深層強化学習というブラックボックスを用いてコントロールしたに過ぎません.なぜ,うまく制御できるのか?制御と流れパターンの関連性や数理モデリングは見いだせるか? 加熱制御の高度化やより高レイノルズ数への応用は可能か?シミュレーションではなく実物で制御する方法の開発など,まだまだ課題はたくさんあります.


※ 稲盛財団 2023年度稲盛研究助成「数理最適化理論に基づくデータ駆動型の先端流動制御」の支援を受けて実施しました.

https://www.inamori-f.or.jp/recipient/sekimoto-atsushi/

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000001364.000072793.html

住環境との調和を目指した畜産業からの
臭気拡散シミュレーション

    笠岡湾の干拓地における畜産業は,規模の拡大と機械化が進み重要な産業となっていますが,畜産業に起因する臭気問題が長年の課題となっています.大規模畜産業が密集しており,近隣の市街地や住宅地までの距離も1~2kmしかありません.風向きによっては,臭気が十分に希釈されずに市街地に到達してしまいます.

    臭気は目に見えないため,その拡散を把握するには数値シミュレーションが有効です.私たちはDS部の学生有志と協力して,笠岡の住宅地と郊外の干拓地の数値シミュレーションモデルを構築しました.地形データは国土地理院が公開しているCADデータを利用することができましたが,地方都市の建物データは無く,自作する必要がありました.上の図では計算モデルの,干拓地に臭気発生エリアを設定し,西,南西,南からの風によって臭気が住宅地に到達する様子を可視化しました.臭気が住宅エリアに入り込む様子を可視化することで,市で行われるさまざま臭気対策への活用が期待できます.

    最近では,東京や大阪などの大都市や岡山中心部は点群データが整備されてきています. 今後はこれらのデータの活用によって,簡便に都市のデジタルツインを構築できるようになると思います.PLATEAU: https://www.mlit.go.jp/plateau/ 参照).都市の暑熱環境の可視化や大気汚染物質の分布の様子をリアルタイムモニターして,アプリで確認できるようなサービスへの応用を目指します.



※  本研究の実施にあたって,笠岡市担当職員の方とDS部の協力を得ました.また,岡山大学 AI・数理データサイエンスセンター (Cypher) 令和4年度 Society 5.0 研究支援プログラムとして実施しました. ※※  気流解析にはアドバンスドナレッジ研究所の「FlowDesigner」(アカデミック板) を利用しました.

中山間地域農業の持続可能性と気象リスク対策
〜  微気象解析による霜害リスクの見える化  〜

    中山間地域の農業は高齢化により持続可能性が危ぶまれています.しかしながら,手放される農地の増加は新規就農者にとってチャンスにもなります.従来は,閉ざされていた農村地域でも,外部人材の受入れや大規模化,先進的手法の導入が進んでおり,この変化は今後10~20年かけて緩やかに進行すると予測されます.農業の大規模化が進むにつれ,少ない人的リソースで効率的に圃場を運営するノウハウの開発が必要になります.

    気象災害の一つである霜害は,気候変動の影響からか,3-4月の発生が増加しています.中山間地に点在する圃場の霜害リスクを評価できれば,効果的な対策が可能になります.しかし,気象庁の予報は解像度が粗く,中山間地農業への利用にはより詳細な情報が必要です.そこで私たちは,気象データより詳細な微気象シミュレーションにより,霜害リスクの可視化を行いました.

    霜害には地面の熱伝導、赤外線放射、対流熱伝達、水蒸気の相変化など複雑な現象が関与します。これらを全て考慮して中山間地域を対象とした3次元気流解析(微気象解析と呼びます)は高度な基礎研究課題です.これは,農業の高度化と基盤技術の向上に貢献し,さらに,AI予測や観測データとの同化など、気象分野の新技術を実装することは、新しいビジネスチャンスにもつながります.

    霜害に関わる熱移動現象には,地面の熱伝導,天空への赤外線放射,対流熱伝達の3つがあり,さらに水蒸気が氷になるときの顕熱も無視できません.これらすべての影響を加味し,中山間地域を対象とした3次元気流解析(微気象解析)を実施しました.上図は,明け方,風がほとんど吹かなかった晴れの日の条件でのシミュレーション結果です.地表面からの単位面積あたりの熱移動量(熱流束,熱フラックス)を可視化しました.結露のリスクが高い地域が青や緑色で表わされています.

総社市近辺の地形図(上図)と
CADデータを取り込んだ様子(下図)

※ JST共創の場形成支援プログラム「ダイバーシティ農業による地域イノベーション共創拠点」(岡山大学)の支援を受けて実施しました.
https://okayama-diversity-agri.jp/

※※ 気流解析には(株)アドバンスドナレッジ研究所の「FlowDesigner」(アカデミック版)を利用しました.

key concepts: