寒田小のエノキは、広島基町由来の被爆二世の木です。いのちをつないでくれた親の木は、長崎源之助さんの絵本『ひろしまのエノキ』で有名です。
現在、旧寒田小のエノキのそばには説明板があり、植樹にいたるストーリーが次の通り記されています。
伸びろ被爆エノキ二世「平和の木」
被爆エノキとの出会いと経過
このエノキは、広島に原爆が落とされた時に爆心地から約1キロメートル離れた場所で被爆したエノキの子ども(二世)です。1993年3月、卒業記念樹として植樹されました。
本校の子どもたちと被爆エノキとの出会いは1988年5月の広島への修学旅行にさかのほります。その修学旅行で、被爆エノキの世話を続けている広島市立基町小学校の児童会と平和学習交流会で、朽ち果てた被爆エノキが切られてしまう計画にあることを知った本校の子どもたちは、全校で「被爆エノキを切らないで」という作文やポスターを作り、広島市長に届けました。その取組は新聞にも大きく取り上げられ保存運動が広がるきっかけとなり、被爆エノキは保存されることになりました。
それ以来、寒田小学校の子どもたちは、二年に一度の広島への修学旅行で太田川沿いに立つ被爆エノキを訪れ、平和への誓いを新たにしてきました。
このような取組を知った福田安次さん(昭和20年8月6日広島市宇品で被爆。エノキを通して平和活動をされている方)から「被爆エノキの苗木を育ててみませんか」という申し出があり、それを受け、エノキニ世は贈られてきたのです。
残念なことに広島の被爆エノキは1989年に枯死し、1996年に「記念像」になってしまいましたが、朽ち果てる前にいくつかのいのち(苗木)を残してくれました。
寒田小学校に贈られてきたエノキニ世はいのちを引き継ぎ大きく成長しています。
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