1988(昭和63)年5月の修学旅行にあたり、広島・基町小学校との交流会向けに歌を作って持っていくことにしました。事前学習を通じて、子どもたちは被爆エノキへのメッセージを作成し、担任の中畑先生が、それらを取りまとめて曲をつけ、「エノキさんの歌」は完成しました。
歌には、人間の作った原爆で傷つき、大火事や台風で幹が折れながらも生き続けるエノキへの感動と、平和への誓いがこめられています。
総合学習「山の子」活動の一環で取り組まれたこの実践は、当時の職員だった進かおり先生の新聞投稿(毎日新聞京築版1990.11.6ー1990.12.19)
をたどれば、鮮明に蘇ってきます。
(後にこの投稿記事は、他の投稿とあわせて、「京築文化考3」海鳥社として出版されました)
そして、「エノキさんの歌」は、長崎源之助さんが絵本『ひろしまのエノキ』の取材過程で出会った人々を描いた作品『平和の木』最終章に6ページ構成で掲載されました。