Research

専門分野: 環境DNA分析、水域生態学、生物多様性保全

環境DNA分析を用いた生物検出

「いつ、どこに、どんな種がいるか」という情報は、希少種の保全や侵入種の拡散防止、水産重要種の資源管理などにとって非常に重要です。しかし、陸で生きる私たちヒトが水中で生活する生き物の分布情報を集めるとなると、見えない・動きにくい・捕まらない等々、多くの苦労が立ちはだかります。さらに、希少種などを対象とする場合には、できる限り彼らやその生息環境へのダメージを軽減した調査を実施することが求められます。

そこで私は修士課程より、水中に含まれる生物が放出したDNAの検出に基づいて生息種を明らかにする「環境DNA分析」の基礎研究や技術開発、希少種の分布推定等に取り組んできました。環境DNA分析を用いることにより、水棲生物調査にかかる労力を大幅に削減しつつ、対象とその生息地にほぼ影響を与えずに生物の分布情報を得ることが可能になります。本手法は近年、世界中の研究者によって使われるようになってきましたが、まだまだ基礎的な知識の不足や技術的不安も多く残っており、今後もどんどん知見を集めていくことが求められています。

環境DNA分析は、これまでの水棲生物調査の在り方を大きく変える力を持っていると考えています。調査の簡便さ、感度の高さを生かして、本手法を生息域のスクリーニングに用い、結果から割り出した "調査が必要そうな" 地域にあたりをつけてより詳細な捕獲調査等を行うことにより、今まで見えなかった新たな世界が見えるようになると期待し、日々研究を行っています。

環境DNA分析 × 集団内の遺伝的多様性評価

現在、環境DNA分析を用いた研究では主に「種」を検出することを目的としています。とくに環境DNAメタバーコーディングと呼ばれる、調査水域内における対象の分類群に属する種のDNAをユニバーサルプライマーを用いて増幅し、ハイスループットシーケンサーで解析することによってそこに生息する対象の生物相を一気に明らかにする技術は、今までよりもはるかに少ない労力で多くの生物情報を手に入れることができると注目を集めています。

私はこの環境DNAメタバーコーディング技術を応用し、どんな種がいるか、ではなくさらに細かな情報である ”集団内にどんな遺伝的な違いを持った個体が存在しているか” を明らかにするための技術開発に取り組んできました。生き物は同種であっても、個体ごとに少しずつ異なる遺伝子型を持っています。この小さな遺伝子型の違いは変化する環境への柔軟な対応を可能とし、種として子孫をつないでいくために必要不可欠なものです。そのため、種の保全を行うには、この遺伝的な多様性も維持していくことが求められます。しかし、これまで一般的に行われてきた遺伝的多様性の調査では対象の組織試料の分析が必須であったため、対象を傷つけてしまうという欠点がありました。これは特に希少な生物を対象とする場合、保全のための情報を得るための調査が逆に対象の生存を脅かすことにもなりかねません。さらに、遺伝的多様性の高い大きな集団全体の遺伝的多様性を正しく評価するには、地点ごとに十分量の試料 (場合によりますが、例えば300個体以上のイメージ) を分析しなければ誤った評価結果を下すことになってしまいます。

そこで私は、集団に属する複数の対象の個体から放出され、混ざり合った状態で水中に存在する環境DNAの遺伝子型をハイスループットシーケンサーを用いて網羅的に解読することを思いつきました。水の中に対象種のどんな遺伝子型があるかを調べ、間接的かつ網羅的に集団内の遺伝子型を明らかにしようという作戦です。環境DNA分析を適用することができれば、前述の対象生物への影響や試料数確保の困難さから解放された新たな遺伝的多様性調査手法の選択肢を提供できるはずです。

本テーマは現在メインで取り組んでいる課題であり、現時点で、水槽水を用いて解析のための分析アプローチ法を確立し (詳しくは Tsuji et al. 2020, Environ. DNA; LINK) 、野外河川においてもその検出力が一般手法と同等、もしくはそれ以上であることを明らかにしています (Tsuji et al. 2020, Mol. Ecol. Res LINK)。さらに、魚類環境DNAメタバーコーディングにおけるMiSeqを用いた多種同時定量技術を応用することにより、集団内にどんな遺伝子型が存在するかだけでなく、それらの量的関係まで推定することにも成功しました (Tsuji et al. 2020, Mol. Ecol. Res. LINK)。

本技術は今後、いままで実施が困難だった広域における遺伝的多様性調査を短時間で実現することができると期待しています。さらに、検出系さえ開発できれば、一つの試料から多種の遺伝的多様性の情報を得ることが可能なため、多種の遺伝的多様性を同時に評価できるという可能性も秘めています。また、対象に非接触で分析が可能であるという環境DNA分析本来の特徴は、これまで組織試料の採取自体が躊躇われてきたような絶滅危惧種を対象とした研究にとって魅力的な点であるはずです。これらの利点を生かして系統地理学や保全生態学へ繋げていくべく、日々奮闘しています。