公開シンポジウム

日本動物学会中国四国支部会・中国四国植物学会・日本生態学会中国四国地区会

2023 年度 中国四国地区生物系三学会合同大会 徳島


公開シンポジウム

「ゲノム編集技術が切り拓く未来」

2023 年 5 月13日(土)16:30-18:30 オンライン開催

主催:2023年度 生物系三学会徳島大会  実行委員会

プログラムと要旨のPDFファイルはこちら


参加方法

Microsoft Teamsによるオンライン開催

 URL:https://uss.ait.tokushima-u.ac.jp/?id=9XwjV4Pv

 会議 ID: 459 359 105 369 

 パスコード: WCtVsN


プログラム

16:30-16:35 趣旨説明

      渡部 稔(徳島大学教養教育院)


16:35-17:05 進化するCRISPRテクノロジー  – 新規ゲノム編集ツールの開発とその利用 –

      刑部 敬史(徳島大学大学院 社会産業理工学研究部)


17:05-17:15 (高校生ポスターの優秀発表賞の表彰式)


17:15-17:45 ゲノム編集による遺伝子改変ブタの作製

      音井威重(徳島大学バイオイノベーション研究所)


17:45-18:15 食用コオロギの社会実装とゲノム編集による品種改良について

      渡邉崇人(徳島大学バイオイノベーション研究所, (株)グリラス代表)

18:15-18:30 総合討論


企画趣旨

 ゲノム編集はライフサイエンスにおいて現在最もホットな技術といえるでしょう。人工ヌクレアーゼCRISPR-Cas9を用いてDNAを特異的に切断できることが報告されたのが2012年であり、翌2013年には、生体内でゲノム編集の成功が報告されました。開発者である二人の女性研究者が2020年にノーベル化学賞を受賞したことは、まだ記憶に新しいことですが、これほど早くノーベル賞が授与されたことは、この技術が人類にもたらすであろう影響力が誰の目にも明白であったからでしょう。CRISPR-Cas9が利用されだしてから10年しか経っていないにも関わらず、急速に普及し、基礎研究であれば当たり前の技術とよべるまでになり、応用への道も拡大しつつあります。

 本シンポジウムは、「ゲノム編集技術が切り拓く未来」と題して、ゲノム編集技術が今後どのような方向に進み、われわれにどのような恩恵をもたらし、あるいはどのような課題をつきつけるのか知る機会になればと思い企画しました。研究対象が異なる徳島大学の3名の研究者にお話ししていただいて、それぞれの分野における現状と未来について紹介していただきます。最初に植物について刑部敬史先生から、続いて大型哺乳類(ブタ)について音井威重先生から、最後に昆虫について渡邉崇人先生からご講演いただきます。またご講演の後で、総合討論の時間を取っています。視聴者からの質問や意見と併せて、活発なシンポジウムとなりますよう、多くの皆様のご参加をお待ちしています。


進化するCRISPRテクノロジー  

– 新規ゲノム編集ツールの開発とその利用 –

刑部 敬史(徳島大学大学院 社会産業理工学研究部)


 近年、狙った配列を特異的に改変するゲノム編集技術の開発が進み、動物、植物を含めた様々な生物種で精密な遺伝子改変が可能になってきた。特にゲノム編集技術のツールとして、CRISPR-Cas9 (Clustered regularly interspaced short palindromic repeats-CRISPR-associated protein 9)が2012年に開発され以来、プログラム可能なゲノム編集ツールとして幅広く利用され、基礎研究のみならず、疾患の遺伝子治療や有用形質を持つ植物や家畜の育種など、医療や農業を含めた様々な分野での活用が進んでいる。

 CRISPR-Casは、もともと真正細菌や古細菌が持つ、ファージや外来プラスミドなどを排除するための獲得免疫システムである。この獲得免疫システムは高等生物の場合とは大きく異なり、CRISPR-Casシステムが標的とするのはファージなどのDNAやRNAであり、このDNAやRNAを切断あるいは分解するメカニズムがゲノム編集技術に利用された。現在では、CRISPR−Cas9の利用が飛躍的に増えており、このためCRISPRといえばCas9と思われがちであるが、自然界にはCRISPR-Cas9以外にも多様なCRISPRシステムが存在している。真正細菌や古細菌の種類によって様々なシステムがあり、CRISPRを構成するタンパク質の種類やそれらの生化学的性質の違いなどから、大別して2つのクラスがあり、各クラスには異なるタイプのシステムに分けられている(6タイプ)。さらに各タイプには亜種としてのサブタイプに分類され、現在のところ30数種ものシステムが見出されており、これらの中には有用なゲノム編集ツールとして発展する可能性を秘めている。

 我々は海外のゲノム編集技術に依存しない国産ゲノム編集技術の開発を目的として、機能未同定のCRISPRシステムに注目し。藍藻に由来するCRISPR-Casシステムを用いた新規国産ゲノム編集ツールTiDの開発を行ってきた。TiDでは、CRISPR-Cas9によって誘発される変異様式とは異なり長鎖欠失変異を引き起こすことが可能であった。またTiDの最大の特徴は、Cas9の標的認識配列の長さ(20塩基)と比べ、TIDでは35 b~36 bと長いため、標的特異性が高いということであり、染色体レベルでの目的配列以外の変異(オフターゲット変異)のリスクを低減できる独自の技術として活用することが期待できる。我々は、これまで、様々な生物種での変異導入が可能であること示してきており、現在、より広範な利用技術の活用を目指して、TiDによる変異導入の効率化、TiDに最適化させた宿主細胞への導入系の確立、DNA切断による変異導入だけでない多様な利用方法の開発などを進めている。本講演では、我々が進めているTiDの開発現状について紹介したい。


ゲノム編集による遺伝子改変ブタの作製

音井 威重(徳島大学バイオイノベーション研究所)


 近年、遺伝子改変動物作製方法として幅広いゲノム改変を可能とするゲノム編集技術が急速に発展し、CRISPR/Cas9系を受精卵に導入することにより大型動物でも遺伝子改変が可能となり、容易に遺伝子改変ができる大変革をもたらしている。特に、CRISPR/Cas9系の受精卵への導入は、体細胞核移植法、顕微注入(マイクインジェクション)法によって多くが実施されるようになったが、そのためには操作に必要な専用機器の導入や当該機器を操作するスキルをもった人材の育成が必要であり、特に煩雑である上に一定時間内での処理に限界があった。我々は、約8年前からゲノム編集技術に取り組み、遺伝子改変ブタの作製に取り組んできた。2016年にエレクトロポレーションにより guideRNA(gRNA)とCas9タンパク質からなるCRISPR/Cas9 システムをブタ体外受精卵に導入することで、ワンステップで遺伝子改変ブタの作製を行うGEEP法(genome editing by electroporation of Cas9 protein)を確立した。本法は、体細胞核移植法や顕微注入法に必要な特殊な機器(マイクロマニュピレーター)や熟練技術を必要とせず、短時間で編集可能なことから、機器(エレクトロポレーター)と培養器が揃っている施設でさえあれば遺伝子改変動物を作製できるようになった。しかしながら、GEEP法においても、電気穿孔を誘起する高価なエレクトロポレーター装置が必要である。そこで我々、従来の装置を用いず、溶液に暴露するだけでCRISPR/Cas9系を受精卵に導入できる簡便なゲノム操作法も開発した(図1)。

 今まで開発したGEEP法により、筋肉増殖抑制遺伝子であるマイオスタチン遺伝子(MSTN)を改変したブタ(ダブルマッスル豚)、腫瘍抑制遺伝子であるTP53遺伝子をノックアウトしたブタにおいて腎芽腫および骨肉腫の発生を確認したほか、PDX-1遺伝子をゲノム編集したブタでの膵臓欠損、異種移植用ブタとしてGGTA1遺伝子をノックアウトしたブタ等を作出している。本シンポジウムでは、これら作出した遺伝子改変ブタについて,その手技を合わせて紹介します。



食用コオロギの社会実装とゲノム編集による品種改良について

渡邉 崇人(徳島大学バイオイノベーション研究所, (株)グリラス代表)


 最近になり、昆虫食、特に食用コオロギについての情報を見かけることも多くなってきたのではないかと思う。環境負荷の低い新たなタンパク質資源として注目されているためであるが、まだまだ詳細についてご存じない方も多いのではないだろうか。本講演では、前半で食用コオロギの社会実装についての状況について紹介し、後半で研究として進めているゲノム編集技術を活用した品種改良について紹介する。

 様々な社会構造に関わる問題・課題が浮き彫りになって久しいが、社会情勢や地球環境の変化により、今まで通りの食料調達は年々難しくなり、今後もこの傾向は続くと考えられる。また、地球全体で見ると急速に人口が増加しており、2050年には約100億人に達すると予想されており、食料特にタンパク質の増産は喫緊の課題である。このような状況の中、2013年に国連食糧農業機関(FAO)は新たなタンパク質資源として昆虫を活用する可能性に言及し、報告書「Edible Insects」を発表した。昆虫はまだ未活用な部分が多く残されており、未利用なタンパク質源として有望であるとされている。特に重要な点として、既存の畜産によるタンパク質供給に対して昆虫によるタンパク質生産を比較すると、飼料変換効率や水資源の必要量、温室効果ガスの排出量の観点で優れており、環境に優しい持続可能なタンパク質源となりうることが挙げられている。以上の観点から、現在タンパク質資源としての昆虫食が世界中で注目されてきている。

 新たな資源として注目される前から昆虫は食用として人類に利用されてきた。現在、世界中で約130の国や地域で2,000種に及ぶ昆虫種が数億人に食べられており、違和感を持たずに食用として利用されている。東南アジア圏では一般的な食材であり、コオロギ・バッタやスズメバチの幼虫など、さまざまな昆虫が食用として親しまれている。我が国においては、明治時代以前には昆虫食は一般的であったものの、現在では群馬県、長野県、岐阜県等の一部地域で食文化として現存するのみとなっている。しかしながら、2013年のFAOの報告書により大きく状況が変化し、2013年前後から世界中で昆虫ベンチャーが創業され、新たなビジネスとしても注目されている。

 地球上には100万種とも言われるほど多くの昆虫種が存在するが、産業として注目されている昆虫種は限られている。それらの昆虫が持つ特性としては、①飼育が容易である、②発育が早い、③サイズが比較的大きい、④雑食であるの4点が挙げられる。このような特性を持つ昆虫として、食用としてはコオロギ類やミールワーム類が、産業用としてはアメリカミズアブが挙げられ、マーケットの大きな割合を占めている。食用としては、欧州食品安全機関(EFSA)が食用昆虫を新規食品としてEU内で認可し、大きな話題となっている。これまでに認可された昆虫としては、ミールワーム類2種とコオロギ類2種であるが、これからさらに大きく拡大していくものと推測される。

 昆虫食である食用コオロギを社会へ浸透させるためには、コオロギを原料とした一般食品が世の中に流通させることが重要である。そのために、実際に事業を推進する企業体が必要であると考え、徳島大学発ベンチャー企業として株式会社グリラスを2019年5月に創業した。これまでに、(株)グリラスではコオロギ粉末やエキスを外部企業に販売することや、コオロギ粉末を使用した自社商品の開発・販売を進めることで社会実装を行ってきた。社会実装に向けた最も大きな課題が、消費者における心理的なハードル・抵抗感である。最近も、SNS等により様々なネガティブな情報が飛び交い、1種の炎上状態となったことが記憶に新しい方も居られると思う。まだまだ超えなければならない壁も多いが、コオロギが核となる環境負荷の低い循環型の動物性タンパク質生産体制は、食料問題への解決策の一つとして大変重要であると考えている。循環型の食用コオロギ産業を大きなものにし、食文化の中で「あたりまえの選択肢の一つ」とするべく事業を推進していきたい。

 食用コオロギを持続可能な産業として発展させるためには、研究開発が重要である。これまでに自動コオロギ飼育技術の開発、品種改良による高効率化、機能性の解析、食品残渣での飼育技術の確立の4点に重点を置いて研究を進めてきた。産業化への最初のステップとして開発は、高効率な飼育技術による低コストなコオロギ生産であると考え、極力人件費を抑えた飼育方法として、自動でのコオロギ飼育技術の確立を試みている。また、循環型の生産体制構築のための食品残渣を飼料として活用する技術の開発も進めている。本講演では、コオロギ自体を畜産により適した系統へと改良していくために進めているゲノム編集技術を活用した品種改良について紹介する。

 コオロギ飼育技術や食品残渣の活用技術の研究開発が進めば、より安価にそして大量に食用コオロギが持続可能な方法で生産できるようになると予想される。しかしながら、さらなる産業の拡大を図るためには、飼育方法や餌だけの研究では不十分で、より良い「品種」を生み出していくことが求められる。我々のグループでは、発生生物学研究の過程でゲノム編集技術をコオロギに導入し、ノックアウト系統やノックイン系統を作製することが可能となっている。食用コオロギとして用いる際には、遺伝子組み換えとならないようにノックアウト系統を作製するように品種改良していくことが基本的な方向であるが、食用ではなく産業用の原料素材として活用するための系統を作製するような場合には、ノックイン技術を用いることもあると想定される。食用コオロギの品種改良には、いくつかの標的とするべき有用形質を選定しており、具体的には、「体色変化」、「低アレルゲン化」、「高生産性」等が考えられる。講演の中では、体色変化や低アレルゲン化等の研究の進捗状況について報告させていただく予定である。

 我々のグループでは、「自動飼育システムの構築」、「食品残渣のみでの高効率飼育技術の確立」、「ゲノム編集技術による品種改良」の3本柱で研究を推進していく。これから新たなタンパク質として食用コオロギがあたりまえの選択肢となり、食料供給に関する様々な課題に対する解決策の一つとなるよう研究をさらに加速させなければならない。大学における基礎的な研究開発と大学発ベンチャーによる産業創出を両輪として、社会を大きく変革できるよう事業を推進していく所存である。