研究概要

本研究室では,主に以下のトピックに興味を持って研究を行なっています.

問題意識をより具体的に述べておきます.

移動境界問題の数学・数値解析
シャボン玉,水面上の油滴,水滴など時々刻々と変形する物体のダイナミクスは,物体の界面(曲線や曲面)の時間変化により記述され,それを調べる問題は移動境界問題(自由境界問題)として知られています.多くの移動境界問題は幾何学的偏微分方程式により記述され,通常の固定領域上での偏微分方程式に比べ,より一層,数学解析や数値解析の難易度が向上します.移動境界問題における当研究室の主な研究目標は,

にあります.

機械学習に対する数学的アプローチ
近年,機械学習手法の研究は急速に進展していますが,数学理論を用いたアルゴリズムの高度化やその理論解析に関しては未開拓な部分も多くあります.特に,作用素論や作用素環論は,時系列データ解析,カーネル法,ニューラルネットワーク等と密接に関わっており,機械学習分野への応用範囲拡大が期待されます.機械学習における当研究室の主な目標は,

にあります.

以下,当研究室での研究成果の一部を紹介します.

メッシュフリー数値解法に対する数学解析

近年,メッシュフリー数値解法と呼ばれる領域のメッシュ分割を必要としない数値解法が近年注目を集めています.メッシュ生成の必要がないために計算コストも低くかつ実装が容易なのが特徴ですが,メッシュという情報がないためにその性質を数学的に調べるのは非常に困難であり,有限要素法や差分法に比べてその数学理論はほとんど出ていないのが現状です.当研究室では,メッシュフリー数値解法の中でも特に基本解近似解法(Method of Fundamental Solutions, MFS)と呼ばれるものに注目し,その数学基礎理論の構築に挑戦しています.

関連論文    K.S. (BIT Numer. Math. (2016), Jpn. J. Ind. Appl. Math. (2017), Appl. Math. (2017)), K.S. and M. Katsurada (Tokyo J. Math. (2015)), K.S. and S. Yazaki (Appl. Math. Lett. (2017), JSIAM Lett. (2017))

基本解近似解法の移動境界問題および複素解析への応用

移動境界問題とは,シャボン玉,油滴,水滴など時々刻々と変化する界面(曲線や曲面)のダイナミクスを調べる問題です.当研究室では,Hele-Shaw問題と呼ばれる流体力学由来の移動境界問題に対する,幾何学的変分構造を保存する数値計算スキームの構築に成功し,メッシュフリーかつ安定な数値計算を実現しました.また,複素解析で基本的かつ重要な対象である等角写像の数値解析も行い,従来提唱されたいた手法よりも数学的に自然であり,かつ誤差解析を与えることにも成功した手法を提案しました.これらは基本解近似解法の応用先を格段に広げることに成功した研究です.他にも,近年,複数の極小曲面の数値計算を可能にするアルゴリズムを開発する等,応用の幅をさらに広げています.

関連論文    K.S. (Eng. Anal. Bound. Elem. (2020)) K.-I. Nakamura, K.S., and S. Yazaki (JSIAM Lett. (2019)), K.S. and Y. Shimizu (arXiv:2212.06058), K.S., Y. Shimoji and Y. Yazaki (Jpn. J. Ind. Appl. Math. (2022)), K.S. and S. Yazaki (Comput. Math. Methods (2019))

移動境界問題の構造保存型数値解析

元の問題の保持する構造を数値解法は構造保存型数値解法と呼ばれ,現在に至るまで多くの研究業績が挙げられています.しかしながら,移動境界問題に対しては接線方向の速度を入れることによる安定化を行う必要があり,これが一般には勾配流構造を壊してしまい,先行研究の結果を応用するだけではうまくいきません.当研究室では,接線速度込みで移動境界問題に対する構造保存型数値解析を世界に先駆けて展開しています.これ以外にも,幾何学的変分構造の離散化の精神に則りより現実的な移動境界問題に対する数値解析も進めています.

関連論文    T. Kemmochi, Y. Miyatake, and K.S. (arXiv:2208.00675), M. Nagayama, H. Monobe, K.S., K.-I. Nakamura, Y. Kobayashi, and H. Kitahata (Sci. Rep. (2023)), K.S. and Y. Miyatake (J. Comput. Phys. (2021)), 

Kobayashi–Warren–Carter エネルギー

多結晶構造における結晶間には結晶粒界と呼ばれる界面が現れ,この性質を数学的に調べることの重要性が指摘されています.当研究室では,結晶粒界の数理モデルの1つであるKobayashi–Warren–Carterモデルを対象に,その数学解析および数値解析を展開しています.また,Kobayashi–Warren–Carterモデルはデータの違いの大きさを反映したデータ分離を可能とする可能性を秘めていることが最近わかってきています.将来的には結晶粒界のみならず新たなデータ分離手法の提唱という面でも研究を発展させていく予定です.

関連論文    Y. Giga, K.S., K. Taguchi, and M. Uesaka (Numer. Math. (2020)), Y. Giga, J. Okamoto, K.S., and M. Uesaka (Indiana Univ. Math. J. (to appear), arXiv:2205.14314), Y. Giga, A. Kubo, H. Kuroda, J. Okamoto, K.S., and M. Uesaka (arXiv:2306.15235)

バイドメインモデル

心臓の電気活動を記述する数理モデルの代表的なものがバイドメインモデルであり,近年の多くの数値シミュレーションで採用されています.その一方でその解の持つ定性的性質は数学的にも数値的にもほとんど調べられていませんでした.当研究室では,無限帯領域上でバイドメインモデルをアダプティブメッシュを用いて時空間2次精度で計算するスキームを開発しました.さらに詳細な数値計算により2次分岐が生じることを確認し,解の多様な振る舞いを調べることを可能としました.

関連論文    H. Matano, Y. Mori, M. Nara, and K.S. (SIAM J. Appl. Dyn. Syst. (2022))

最適輸送の数値解析

Cuturi (2013) による Sinkhorn アルゴリズムに立脚した高速アルゴリズムが発表されて以降,最適輸送は機械学習分野など様々な分野で盛んに用いられるようになりましたが,数値解析的側面ではまだ未開の面が多く,また,多種多様なアルゴリズムが提唱されています.当研究室では,有限集合上の最適輸送問題を Bregman ダイバージェンスを用いて正則化することを提唱し,その誤差評価を与えました.今後は計算量解析,Euclid 空間への一般化や,さらには移動境界問題の数値解析(特にメッシュ制御)に応用していきたいと考えています.

関連論文    K. Morikuni, K.S., and A. Takatsu (arXiv:2309.11666)

Koopman・Perron-Frobenius作用素を用いた時系列データ解析

様々な自然現象や社会現象が力学系を使って記述されますが,多くの場合は,対象となる力学系は非線形です.そこで,これらの非線形力学系から現れる時系列データを,無限次元空間上で定義される線形作用素である,Koopman作用素やPerron-Frobenius作用素を用いて解析する,作用素論的データ解析が提案されています.Koopman作用素やPerron-Frobenius作用素の有界性やスペクトルの性質等がデータの性質とどう結びつくのか,また,それをデータからどう抽出するのかを調べることを目標としています.

関連論文    Y. H., I. Ishikawa, M. Ikeda, Y. Matsuo, and Y. Kawahara (JMLR 2020))

作用素環論を用いたカーネル法の拡張

カーネル法は,非線形性を持つデータを,再生核ヒルベルト空間上で表現し解析することにより,特徴抽出を効果的に行う手法です.カーネル法の利点として,表現能力の高さと理論解析のしやすさがあります.再生核ヒルベルト空間を作用素環を用いて一般化し,さらに表現能力を高めることで,複雑なデータに対しても精度良く解析を行うことを目指します.また,その理論評価にも取り組んでいきたいと考えています.

関連論文    Y. H., I. Ishikawa, M. Ikeda, F. Komura, T. Katsura, and Y. Kawahara (JMLR (2021)), Y. H., F. Komura, M. Ikeda (Matrix and Operator Equations (2023)), Y. H., M. Ikeda, and H. Kadri (AISTATS (2023))

作用素環論を用いた深層学習の拡張

ニューラルネットワークを作用素環を用いて一般化することで,パラメータを連続化し,複数のモデルを連続的につなぎ合わせて学習を効率化することを目指します.また,カーネル法と深層学習を組み合わせたカーネル深層学習を,作用素環を用い一般化したり,作用素論を用いて解析することを提案しています.これにより,汎化誤差評価の改善や,良性過学習との関連性を明らかにすることに取り組んでいます.

関連論文    Y. H., Z. Wang, T. Matsui (ICML (2022)), Y. H., M. Ikeda, and H. Kadri (NeurIPS (2023)), R. Hataya and Y. H. (arXiv: 2302.01191)

Koopman作用素を用いたニューラルネットワーク解析

ニューラルネットワークにおいて特徴的な関数の合成の構造を,Koopman作用素を用いて表現することで,ニューラルネットワークを理論解析することを目指します.特に,未知のデータに対するモデルの適合性を測る指標である汎化誤差をKoopman作用素のノルムの積で評価することで,これまでは見えていなかった,重みパラメータと汎化の関係性を明らかにすることに取り組んでいます.

関連論文    Y. H., S. Sonoda, I. Ishikawa, A. Nitanda, and T. Suzuki (arXiv: 2302.05825)