自由研究の自由研究

矢吹は2023年10月から、いろいろなところで、自由研究の自由研究をしているという自己紹介をしています。本ページでは、自由研究の自由研究として具体的にはどのようなことをしてきたのか、どのようなことを目指しているのか、そう思った背景などについて、書いてみようと思います。この、約7000文字の長文を何人の方に読んでいただけるのか‥


話は、2024年2月の現在からは15〜10年前に遡ります。渋谷教育学園幕張中学校・高等学校在学時に、化学部に所属していました。余談ですが、高校部長をしていた2013年に取材をしていただいた記事をこちらのリンクから今でも読むことができます。当時の化学部の活動は主に2つで、1つめが研究、2つめが文化祭での演示実験でした。前者の研究としては、私は「銅樹を大きく成長させる方法」の研究をしており、その成果を論文にまとめたりポスターにまとめて発表したりしていました。後者の文化祭での演示実験としては、毎年いろいろなテーマで実験を披露してその原理を説明するということをやっていました。どんな実験をしていたかを思い出してみると、中1では過マンガン酸カリウム(紫色の水溶液)の酸化還元を利用した八色ワイン(色変化)、中2ではマグネシウムの燃焼(二酸化炭素の中でも燃える)、中3では他の活動(文化祭実行委員の委員長をしていました)が忙しかったので実験せず、高1では銅の時空旅行(銅に化学反応を次々と起こして変化させ、最後には再び銅に戻す)、高2ではタンパク質を検出する反応(ビウレット反応、ニンヒドリン反応で指紋を取ることも披露していた)を見せていました。このときに実験をお見せしていた相手は、主には小中学生やその保護者の方だったのですが、実験の原理を伝えるにも内容が伝わらない、ということを痛感していました。この文化祭での経験から、科学コミュニケーションに興味を持つようになりました。高校卒業から5年が経過して、大学院に進学した後、所属している東京大学大学院において科学コミュニケーションを学ぶ副専攻「科学技術インタープリター養成プログラム」(ホームページはこちら、以下インプリと略します)があることを知って、大学院進学後にインプリのプログラム生になりました。インプリに入る際の申請書には、中高の文化祭の経験を振り返り、下記のように記述しています(2020年5月執筆)。

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私は、一般の人々や社会と、科学の研究成果のつながりに興味を持っている。このことに興味を持ち始めたきっかけは、中高生のときの化学部での活動にある。現在、大学院で最先端の研究を進める中で、一般の人々に科学を伝えることや、社会と科学の関係を考えることに改めて関心を持っており、本プログラムを受講したいと考えている。

中高生のときに、初めて科学を伝える活動をした。化学部の活動として、文化祭において化学実験ショーを披露し、原理を説明していたが、ここには多くの困難が伴った。特に、高校生で学習する化学反応式や、科学に関する専門用語を用いて、小中学生や保護者に説明しなければならない場面が多かった。それゆえ、わかりやすく、興味をそそる説明をすることを心掛けていた。当時、化学反応式を紙芝居で伝えたり、身近なもので見られる化学反応を説明に取り入れたりすることで、何とか化学を伝えていた。

このように、高校で学習する理科の内容ですらも、一般の人々に伝えるのには困難が伴うことを実感していた。高校卒業後に自らが携わる大学での研究内容は、高校理科のレベルをはるかに超えていることは容易に想像できた。最先端の研究内容が、一般の人々向けに紹介されることはよくあるが、それをわかりやすく、説得力をもって伝えるのには、どのような工夫がされているだろうかと、中高生の頃から意識していた。

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自由研究に興味を持ったきっかけは本当にたまたまで、修士1年時のインプリの授業内(2020年11月19日木曜4限)で、一緒に授業を受けていた同期生から、自由研究のYouTubeを作るという提案がなされて、これにのったところからでした。その後、この提案を実行に移すことになり、インプリの同期生5名で、おおよそ2週間に1回のペースで企画会議をしながら、動画の内容や実際の制作をしていました。こうして出来上がったのが、2021年7月・8月に動画を公開した、『みんなの自由研Q』です。YouTubeはこちら、noteはこちらです。ちなみに、当時は新型コロナウイルスによる感染症の拡大1年めと2年めであり、会議も撮影も全てオンラインでやっていました。ここに携わっていた私を含めた5名が同時に対面で顔を合わせたのは、この企画の立ち上げから、2023年4月に食事をしたときまで、一度もありませんでした。


自由研究、というか、答えの定まらないものに対していろいろやってみる、というのは、私自身は好きなことだし、答えの定まることを学ぶ勉強とともに、大事なことだと考えています。小中学生のうちから、答えの定まらないことに取り組めるのが自由研究で、それに私が興味を持つことは今から考えてみれば必然だったような気もします。ところで、2020年12月のインプリの講義の一つで、「あなたは科学コミュニケーションで何をしたいですか?誰に何を伝えてどうなって/してほしいのか、その結果、誰をどんなふうにハッピーにしたいのか」というレポート課題が出されました。これに対して、当時の自分が「答えの定まらないことを伝えたい」と書いたことを、最近(2024年2月)になって再び発見し、その考えは当時も今も変わっていないなと思ったところです(下記)。


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先生からの問いかけに端的に回答すれば、「初等中等教育の児童生徒に」「科学では答えが一つに定まらないことを伝えて」「大人になったときに自ら判断する力をつけてほしい」ということになる。

科学コミュニケーションに関する様々な講義を受講する中で、「科学は学校教育の理科とは異なり、一つに定まった答えがない」ことを、科学を専門としない人にも理解してほしいと考えるようになってきた。

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『みんなの自由研Q』でYouTubeに初めて取り組んでわかったことは、得られるフィードバックがとても少ないということです。有名なYouTuberさんのもとにはたくさんのコメントが寄せられていますが、我々の動画に寄せられたコメントは(2023年2月4日時点で)わずか2件でした。これでは、動画の内容が視聴対象の小中学生にきちんと伝わっているのかがわからなかったため、相手の反応がわかる対面式の少人数のワークショップを企画したくなりました。このタイミングの夏(2022年の夏)には、新型コロナウイルスによる感染症に伴う制限が緩和されつつあったことにも救われて、対面式でのワークショップを開催することができました。こうして行なったのが、新松戸のコワーキングスペースフラットさんをお借りして実施した、『自由研究のテーマをつくるワークショップ』こちら)です。


このワークショップには、4名の小学5・6年生に参加していただきました。7月と8月の2回をセットで行ない、1回めのワークショップでは、『みんなの自由研Q』の1本めの動画で扱った、″じっくり観察法″というテーマの作り方(詳しくはこちらの動画をご覧ください)の実践をしてもらいました。2回めのワークショップでは、各自が取り組んだ自由研究における失敗や試行錯誤について話し合う″失敗報告会″を実施しました。この失敗報告会を実施した意図としては、失敗から学び試行錯誤することが、研究においてもっとも大事なプロセスだと私が考えていることにあります。今書いていて、それを大学院の研究で自分が実践できているか、自信がないのですが。


実際にワークショップを開催してわかったことは、『みんなの自由研Q』で取り上げた、″じっくり観察法″が、小学生には必ずしも取り組みやすいものではなかったということです。一例を挙げましょう。じっくり観察法のワークシート(こちらのnoteに掲載してあります、こちらからダウンロードできます)には「他のものと比べてみると」という項目があります。我々がこれを作ったときには、対照実験の対象となるようなものを比べるという前提がありました。しかし、ワークショップの中で、参加者の小学生から、「『他のものと比べてみると…』の意味って何?」という質問が出たことで、小学生と我々大学院生の考えにギャップがあることに気付かされました。このようなギャップは、動画を公開するだけではなくて、ワークショップを開催して初めてわかったことです。


ここまでの成果を修了論文の形にまとめて、インプリのプログラムを修了しました。インプリには2020年9月から所属し、最短では1年半(2022年3月)で修了できたのですが、ワークショップを実施したいと考えて、修了を1年延期し、最短で修了した同期生から1年間遅れて2023年3月に修了しました。こちらのリストの通りです。


このプログラムを修了すると、学位ではないのですが、科学技術インタープリターとしての称号が与えられます。その科学技術インタープリターとしての最初の仕事として、本プログラムの修了式の際に、スピーチをすることが求められます。矢吹はそのスピーチにおいて、「科学技術インタープリターとなった今も、自分が何をやりたいのかがわからない虚無感を抱いている」という趣旨の話をしました。YouTubeをやったり、ワークショップをやったりして、自由研究に関しては少し活動の幅を広げることができましたが、どうしても、本当に自分のやりたいことが何かがわからなかったのです。


そんな折に、株式会社リバネスのリバネス奨学金募集(こちら)の話を知りました。株式会社リバネスは、大学院生の実験教室から始まったベンチャー企業で、中高生のための学会サイエンスキャッスルや、超異分野学会、研究者のためのキャリアディスカバリーフォーラム、他の企業と組んで若手研究者(大学院生、さらに大学生や高専生までも含めて)向けのリバネス研究費など、ユニークな事業を展開している企業です。自分は、研究を始めた学部4年生の夏にリバネスのことを知り、イベントへの参加や研究費への応募などで、接点がありました。ちなみに、インプリを知ったきっかけは、リバネスのインターン生をしていたインプリにも所属していた先輩から教えてもらったことでした。


リバネス奨学金では、学生に10万円を支給し、全3回のゼミへの参加を通してやりたいことを実現する後押しをしてくれます。自由研究に関して、ぼんやりと何かをやりたいと考えていた私は、仲間が得られるかもしれないと思って、応募することにしました。動画を提出しての審査だったのですが、動画編集ではYouTubeをやっていた経験が大きく活きました。この審査を通過して、リバネス奨学金1期生となり、ゼミの活動をしていたのが、2023年4月〜6月のことです。ちなみに、このゼミにはアントレプレナーシップ養成の雰囲気があり、起業には全く興味の無かった自分としては少し居場所を間違えたかな?と思った面も当初はありました。ですが、実はここに参加したことで、やりたいことが明確になっていくきっかけを得たという意味では、非常に有意義なゼミに参加させていただいたと感じています。ちなみに、その辺りの経緯は末尾のリンク先のリバネス井上浄CCOとの対談でお話ししていますし、後述もします。


このゼミで知り合った、ミミズの研究をしている大学生とともに、2023年7月に『ミミズで見つける探究心』のワークショップを実施しました(こちら、会場の足立区生物園さんのホームページ内でも掲載していただきました(こちら))。実施に当たっては、足立区生物園さんに会場貸出と宣伝のご協力を頂き、生物好きの小学生親子2組に参加していただきました。ワークショップ内では、我々からミミズのレクチャーを行ない、実際に参加者の小学生はミミズの自由研究をまとめてくださいました。


このワークショップを共に実施したミミズの研究をしている大学生と話していたときに、ミミズの自由研究と出会う方法はないか、という話になりました。ただ、小中学生の保護者でもない大学生・大学院生が、小中学生の自由研究に出会える場面というのは、かなり限られます。インターネットで検索をすれば、自由研究データベースやコンクールの受賞作品を閲覧することはできますが、アクセスできるのは、研究の概要や講評のような断片的な情報が多く、研究作品の全部を見ることは困難でした。


そのときに、自分が中高時代に所属していた化学部で出品していた研究大会において、作品を会議室のようなスペースに並べての一般公開をしていたのを思い出しました。自分が出品したのは2011年、中学3年生のときでしたが、この大会の一般公開では、小学生から高校生までの作品が展示されており、化学部に在籍していたときには部活動の一環で毎年この一般公開に足を運び、他の学校の児童・生徒の作品を見学して勉強していたのでした。そして、自分が出品していた千葉県に加えて、神奈川県と茨城県で同様の一般公開が行なわれていることを問い合わせによって知り、実際に足を運んでミミズの自由研究を探しに行くことにしました。これが、2023年10月中旬のことです。


当初は、ミミズの自由研究に出会うことだけが目的だったのですが、実際に足を運んで、純粋な科学的好奇心から研究を進めている作品に数多く出会えたことに感動しました。前述の通り、中高生の頃にも部活動の一環で毎年足を運んでいましたが、博士課程の学生になって約10年ぶりに実際に足を運んだことで、新たな視点で感じるものが多くありました。自分はその時点で、細胞生物学の研究に5年間”も”取り組んできたと思っていましたが、展示されていた研究作品の中には、美味しい作物を作りたくて8年間取り組んだ作品とか、6年間にわたって夏休み期間に毎日昆虫を観察した作品とかがあり、自分が研究に5年間”しか”取り組んでいないという事実に愕然としました。同時に、これらの研究に取り組んだ児童・生徒が持つ深い探究心をもっと応援する仕組みがあったらいい、というよりも、なくてはならないと感じました。


前述の通り、科学技術インタープリターとなったときには、何をやりたいのかがわからず虚無感を抱いていましたが、ここでその虚無感が少し晴れたような感覚を覚えました。この頃から、自分自身が高いモチベーションを持って取り組める課題は、大学院での細胞生物学の研究そのものではなく、様々な自由研究に触れて、それを応援するような、自由研究の自由研究をすることにあるのではないかと考えるようになりました。


でもこれは、小中学生の自由研究に対してだけではなくて、中高生が部活動などで取り組む研究だったり、もちろんアカデミアで大学院生や研究員の方が取り組む基礎研究だったり、高いモチベーションを持って研究に取り組むあらゆる方に対しても同じことが言えるわけです。私自身は、研究に取り組むプレイヤーとして仕事をするのではなくて、博士課程で研究に取り組むプレイヤーを経験した者として、研究に取り組むあらゆる方々が好奇心を持って研究に打ち込める環境を整えられるサポーターになりたいと考えています。特に、自由研究のような自由な研究、もちろんアカデミアでの基礎研究を含めますが、そういった研究が応援されるような世の中を作りたい。このような夢を持って、いろんな自由研究を知り、自由研究を学校に提出して終わる課題ではなく、世の中全体をもっとわくわくさせるものにできないか、と考えています。自由研究は(たぶん)日本全国で行なわれている(と思う)ので、自由研究には、日本全国規模で世の中を変えられるポテンシャルがあるのではないかと思うのです。そんなことを考えながら、自由研究の自由研究という活動をしています。どんな仕組みがあるとよいのか、どんなプロジェクトを起こすとよいのか、など、具体的なことをこれから描いていきたいと思います。


ここまでの長文を読んで頂いた方、本当にありがとうございます。ご意見・ご感想をお寄せ頂けると嬉しいです。また、リバネス奨学金の奨学生として、リバネスの井上浄CCOとの対談を記事にしていただいたので、よろしければこちらもご覧ください。同内容の記事はこちらのPDFでも読むことができます(表紙の写真にしていただきました、vol.23(2024年3月発行)です)。


2024年2月29日

雨の降る中走るJR東日本E231系の車内にて

矢吹凌一

ryoichi19961027_at_g.ecc.u-tokyo.ac.jp