このページでは全年齢向けの短編・中編のお話を置いています
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【クリスマスのショートストーリー 若かりしライバボ+数年後の秀零のお話 ※ライバボ時代は全然甘い空気ないです】
仕事の後は酷く気分が悪い。
マーケットで賑わうドイツの中心街。目の前に広がる幸福に満ち満ちた光景は自分には酷く不釣り合いだと、ライはくさくさした気持ちで歩いていた。赤や緑のイルミネーションが眩しい。
仕事に感傷的な気持ちなど、ましてや僅かな綻びですら死に直結する世界にいる人間にとって、それは足枷でしかない。
冬の季節に家族と過ごした遠い思い出が不意に蘇ったせいかもしれない。らしくないな、とため息をついた。
「僕たちってクリスマス似合わないですよね」
後ろから掛けられた言葉にライは振り返った。本日の汚れ仕事の相棒がそこにいた。
「……クリスマスに似合う似合わないなどないだろう、バーボン」
相棒の発言に思考を読まれたのではないかとライは錯覚した。情報屋の面を持つだけのことはあり、的確に人を見抜くことができる男だ。人の心を透視することさえできると信じてしまえるほどに恐ろしく優秀な男である。
ミルクティー色の髪に雪が輝き、蜂蜜を溶かしたような褐色の頬は寒さでほんのり赤い。実年齢よりも幼く見える容姿も相まって男女問わず虜にしてしまうが、口を開けば大概可愛げのない言葉ばかりが飛んでくる。が、今日はいつものように突っかかってこない。もしかしたら自分と同じように世間の雰囲気に呑まれて感傷的になっているのかもしれない。組織の人間にそんな感情が果たしてあるのかは疑問だが。
「今日は善良な人々が祝福で満たされる日ですから」
ぴた、と二人の歩みが止まる。おもむろに見上げれば、目の前には一際大きいモミの木が立っていた。オーナメントや電飾で鮮やかにで彩られ、天辺には天使を模した飾りがある。
「善良……確かに俺たちはその枠からは外れているな。プレゼント貰えるどころかきっと地獄行きだ」
「ライってクリスチャンなんですか?」
「そう見えるか?」
「いいえまったく」
世間が信じる神とやらがいるのなら、きっと世界はこんなに犯罪が蔓延るはずがないではないか。信じれば救われるなど実に都合のいい話だ。
この日生誕を祝われるはずの神にも文句を言いたくなる程度には棘ついている自分にライは思わず苦笑した。
「じゃあ僕たちもお祝いしますか」
少しまっててください、といい置いてマーケットのほうに駆け出したバーボンの様子を見守る。奇妙な気分だった。
数分後には両手に湯気の出るマグカップを持つ彼が戻ってきた。彼も随分とらしくない行動をしている。
「ホットワインです」
「…………」
「失礼ですね……毒なんて入れてないですよ。それぐらいあなたならわかっているでしょう」
そう言って自分にマグカップを突きつけてくる彼の表情が幼い頃の弟や妹のそれと重なって思わず言われるままに手に取った。
「生誕祭を祝うのか?」
「いいえ僕ら自身を、です。
神に見放されてるっていうのなら、せめて自分たちのために祝いましょう。今日ぐらいは許されても良いじゃないですか」
少し怒ったように言うバーボンがなんだか可笑しくて笑ってしまった。
「はは、確かにそうだ」
マグカップに口を付け、ゆっくりと味わう。ワインの深みと鼻に抜けるシナモンの香りが体に浸透していき、冷え切った体を少しずつ温めた。自然と顔の強張りが解けていく。バーボンもいつもよりも柔らかに顔を綻ばせていた。
いつかこの男を捕まえる日が来るのだろうか。その時、彼はどんな顔をするだろうか。あるいは……。
今日はやけに感傷的だ。きっと今日がクリスマスだからに違いない。
「僕たちに祝福を」
今だけは、この一瞬だけは。
—————
——
—
目を覚まして窓を見ると、雪が静かに降っていた。ホワイトクリスマスだ。
すやすやと隣で眠る恋人をじっくり眺めるつもりだったが、程なくして彼の瞼がゆっくり上がった。
「おはよう、零」
「……おはよう、あかい」
まだ少し眠いのか、溶けそうな瞳を彷徨わせてようやく目が合った。昨夜は無理をさせたから眠いのも無理はない。柔らかく微笑む彼は褐色の裸体に昨夜を思い起こさせる名残が散りばめられており目に毒だった。ここで昨夜の続きをしようものなら流石に怒られてしまうので、シーツを肩まで引き上げて隠した。少し乱れたミルクティー色の髪を撫でると、彼はうっとりと目を細めた。やっぱり目に毒だ。
「懐かしい夢を見たよ」
「どんな?」
「君とモミの木の下でホットワインを飲んだ時のこと」
「あはは、懐かしい!」
あの当時、お互いにまだ若かった。今ほど物事を割り切って考えられるほど成熟はしていなかったように思う。
「あのときのライ、なんだか妙にしんみりして見えたんですよね」
「そうだな。ライはまだまだガキだった。ガキなりにも感傷的になって世界を憂えていたんだろうな」
「ふふ、僕も嫌な仕事の後で、それなのに世界があんまりにも幸せムードだから世界から見放されたみたいな気持ちになってました」
僕も若かったな、と懐かしむように微笑んだ。
ずいぶんと柔らかい表情をするようになった恋人に、それだけ時間が流れたのだと実感する。
「あの時の君はいつもよりさらに幼く見えたよ」
「どうせ僕は子供っぽいですよ」
むっとするあ彼の機嫌を取ろうと額にキスをした。自分も随分と柔らかい人間になったなと思う。
「はは、拗ねないでくれ。ワインを渡してくれた君に、俺は救われた気がしたんだ」
モミの木の頂上に降り立つ天使よりも、君の方が天使に見えたんだ。
きっとそんなことを言えば「あのライが?」と笑われるに違いない。
「せっかくだしクリスマスマーケット行きましょうか!赤井、身支度して」
「仰せのままに」
fin.
イメージソングは東京事変の「原罪と福音」です。
【サイト1周年記念の短編 そしかい直後の赤安 ※二人とも怪我してます】
こういう時第一声は何が良いのだろう。
何度か口を開きかけて言葉を探しているうちに、ゆっくりと開かれた瞼から覗く深緑と目が合った。
「おはよう、ございます」
久しぶりに目を覚ました男にかける言葉としてはあまりに平和ボケした挨拶だったな、と後悔したが言ってしまった言葉はもう訂正できない。
すぐに医者に目覚めたことを知らせようと、降谷はベッドの枕元にあるナースコールに手を伸ばした時、手首にひんやりとしたものが触れた。
「降谷君……」
意識の戻った赤井の右手の感触はまだ体温が低く、しかし確かにどくどくと血管の脈打つリズムに安堵した。
「俺はどのぐらい寝ていた?」
職業柄状況を即座に把握する癖が赤井には染み付いている。きっと自分も赤井の立場なら同じことを言っていただろうと降谷自身想像に難くない。
「3日です」
「作戦は……」
「無事に成功しました。全部、終わりました」
そうか、と独り言のように呟いて赤井はゆっくりと息を吐き出した。長い長い組織との戦いがようやく幕を閉じたのだ。
作戦の最中、赤井と降谷は崩壊直前の建物から脱出する途中で爆発に巻き込まれた。組織が密かに仕込んでいたものだった。いざという時は何もかも巻き込んでやるという組織側の最後の手段だったのだろう。赤井はその際に咄嗟に降谷を庇う形で負傷した。腹部からの出血がひどく輸血も必要で、すぐさま緊急搬送された。
ようやく容体が安定し、個室に移され、あとは本人の意識が戻るのを待つのみというタイミングでの見舞であった。
一時は集中治療室に入れられた程には重症を負った赤井だが、この調子であれば回復も早いだろう。
降谷は何度目かのため息を吐いた。安堵のため息である。かく云う降谷自身も頭部打撲や肋骨や右腕など複数箇所を骨折している状態で、全身包帯だらけだ。
「君……全身怪我しているじゃないか」
「その言葉、お前にそのまま倍にして返しますよ」
二人揃って包帯だらけで、何も知らない他人が見たらぎょっとするに違いない。そう思ったらなんだか可笑しくて降谷は笑みをこぼした。
「なあ、降谷君」
「はい」
「君のことが好きだ」
一瞬世界が止まってしまったかのような錯覚を覚えた。そよそよと靡く病室の乳白色のカーテンだけが時間の経過を教えてくれる。
「あの時、死にかけて、搬送中に君の顔を見て、初めて自分の気持ちに気づいた」
搬送される救急車の中、さすがの出血量に赤井も意識が朦朧とし始めた時、蜂蜜色のやわらかい光が視界に入った。
なんとか視線だけ動かした時、いつもの勝気さが鳴りを顰め不安げに自分を見つめる降谷の姿を捉えた。それが赤井の最後の記憶である。
「意識が戻るまでの間、何度も搬送中の君の顔を夢に見たよ。このまま死んだら後悔すると思った」
自覚した途端ピースが埋まったように赤井の中で妙に腑に落ちた。必ず生きて伝えなければ。目が覚めて降谷にあって真っ先に言いたいという思いがようやく叶った。
「君への想いに気づけてよかった」
「…っ…僕があの時どんな思いで…!!」
その先の言葉は紡ぐことができなかった。降谷の中に目まぐるしい感情の渦があった。言語化が追いつかない。こんな醜態を晒すつもりなどなかった。目覚め頭に嫌味の一つでも言ってやろうと思っていたのに。何故いつもこの男を前にすると体裁が繕えないのか。
赤井は力を振り絞ってなんとか上半身を起こした。少し頭がくらくらしたがこのぐらいの動作は大丈夫らしい。こんな時どんな言葉をかけたらいい?俯いて小さく震える降谷を前にして何も言えない。まるで怒られた子供のようでは無いか。
以前小さな名探偵がこっそりと電話で恋人と話すのを見かけた。普段から頭の切れる少年が、好意を寄せる女性に対して取り乱す様子は意外だった。今その気持ちが赤井には分かった気がする。なるほど厄介な感情だ。
「降谷君、すまない」
少し間があってからがばりと降谷が顔を上げた。甘く垂れた目元がこちらを向いた。灰青色が光を反射して綺麗だなと赤井が考えていると、その青が近づいて柔らかな金糸が頬をくすぐったと思った時、唇に柔らかいものが触れた。
石鹸の匂いと夏の匂いが鼻腔をくすぐる。
ほんの数秒だったが、赤井は目の前の彼の全てを目に焼き付けた。伏せた瞼から少し覗く青、そよ風に靡く金糸、異国を思わせる褐色。何もかもが上手く出来すぎた神話のように美しかった。
唇が離れると、降谷は勝ち誇ったような顔をしている。「どうだまいったか」という声が赤井には聞こえた気がした。しかし、次第に勝気さは鳴りを顰めじわじわと降谷の体温は上がっていった。不意を突いてやろうと咄嗟に起こした行動は逆に墓穴を掘ってしまった。
「降谷君もう一度…」
「さっさと退院しろ!」
結局耐えられずに、立ち上がってずかずかと大股で扉まで歩き扉に手をかけたところで降谷は止まった。髪が顔にかかって彼の表情は見ることが叶わなない。
「返事は、ちゃんと考えておきますから」
丁寧に扉を閉める音がして、コツコツと靴音が遠ざかっていった。
降谷が立ち去ったドアを見つめ、赤井はくく、と堪えきれずに笑った。
病院から出て空を見上げと夏の青空と入道雲に迎えられた。このところ暑さの加減を知らない日差しばかり続いている。あの男が退院する時もまだまだ夏真盛りだろう。
「戻ってきたら溜まった書類送りつけてやる」
人知れず口元に笑みを浮かべながら降谷はその場を後にした。
【秀零の結婚前夜のお話】
「零くん、君はもしかしてマリッジブルーなんじゃないか?」
赤井の発言に、隣に座る降谷は驚いた。
明日の式の段取りで最終チェックをしている最中、降谷はどこか浮かない顔をしていた。
赤井と付き合ってから遠距離期間も乗り越え、同棲を始め、昨年赤井からプロポーズされ、無事に籍を入れた。
降谷としては式を挙げることにこだわりはなかった。結婚の報告は亡くなった同期や先生に墓参りで伝えれば良い、ぐらいに思っていた。他に報告するような身内もいない。
人を呼んで祝ってもらうということもどうにも居心地が悪い。
赤井も特に式を挙げることには興味はないのだろう、と勝手に思っていたが、プロポーズを受けた翌日には教会を見に行こうと言われた。
赤井は案外ロマンチストなところがあるなと少し驚いたが、赤井家の面々と接するようになって妙に納得した。
二人で仕事の合間に少しずつ式の準備を進め、とうとう前日となった。
「言っておきますが、あなたとの結婚に後悔はないですよ?その……」
「うん」
ソファの上で正座をして言葉を探す降谷に、赤井も向かい合わせになるように座り直し、婚約者が続きを話すのを待った。
「すごく…幸せすぎて……受け止め方がわからない…のかも…」
決して自分の今までの生い立ちを悲観しているわけではない。自分で選んできた道に後悔もない。だから任務で過酷なことに耐える覚悟はあったが、こんな幸せに満たされることは予想外だったのだ。
「君……それはずるいぞ……」
赤井はたまらず降谷を自分の胸に収めた。
降谷も自然と赤井の背中に腕を回した。視界がじわりと滲んだ。ああ、幸せすぎると涙が出てくるのか、とぼんやり考えた。
「僕…こんな幸せ味わったら欲張りになっちゃうなぁ」
「構わない。それが当たり前になればいい」
少し体が離れると自然と唇を重ねた。
抱きしめることも、キスをすることも、体を重ねることも、気づけば当たり前になっていた。これからもそれが増えていくだけだ。なにも不安なことなど無い。
再び赤井の胸に収まり、降谷は心の中で空にいる友人たちに報告した。
明日、僕は結婚するよ。
fin.
※mastodon(akamdon)で投稿した内容です。
【喫茶ポアロで下着の話題で盛り上がるお話】
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・沖安からの赤安(秀零)
・ちょっと沖矢さんが変態っぽいです
・モブの女子高生が出てきます。
・終始パンツの話しかしてないです
「ねー、あむぴ!今日のパンツ何色ー?」
喫茶ポアロの店内に一人の女子高生の元気な声が響いた。
突飛な問いかけに、カウンターでコーヒーを淹れている安室は嗜めるように返事をした。
「だめですよ下山さん、そんなことを人に聞いたら……。ご想像にお任せします」
安室の答えに女子高生下山まなはぷくりと頬を膨らませた。
「そりゃそうだよぉ、まな!いくらあむぴだって教えてくれないって」
彼女と同じテーブル席に座る涼子は『本日のケーキ』を食べながら友人を嗜めた。
「なによー!だってイケメンがどんなパンツ履いてるか気になるじゃん!」
常連の女子高生二人組の会話を聞き流しながら、安室はちらりと横目でカウンター席に座る怪しげな男を盗み見た。
「…………」
今現在店内にいるのは安室と女子高生二人。そして大学院生の沖矢昴だけだ。
沖矢は相変わらず黙ってコーヒーを味わっており、彼女たちの会話など聞こえていないという体だ。
この男が訪れる時はいつもタイミングが最悪だ。
安室は心の中でひっそり悪態をついた。
そしてデニムに身を包んだすらりとした脚を、居心地悪そうにそっと擦り合わせた。
「実際のところどんなパンツだと思う?」
「うーんそうだなぁ…」
本人そっちのけで下着談義が始まってしまった。止めても無駄だと諦めて、そっとため息をついて自分の仕事を再開させた。
「無難なところだと黒とかグレー?」
「あむぴならピンクでも可愛いんじゃない?」
「あー!かわいい〜!てかボクサーかな」
「ボクサー以外って何?」
「えーと……。T……とか?」
「やば!!エロいじゃん!!」
「君たちそこまで。そろそろ閉店時間だよ」
安室の呼びかけに女子高生ははぁーいと素直に返事をした。
院生は相変わらずコーヒーを読みながらホームズを読んでいる。
「あむぴまたねー!」
「はーい、またお待ちしてます。もう遅いから寄り道しちゃダメですよ」
女子高生二人を入り口で見送った後、ドアプレートをOPENからCLOSEの面に返した。
店内には安室と沖矢だけが残った。
「もう閉店ですよ、『沖矢さん』」
冷ややかな声音に沖矢はニヤリと笑って手にしていた本をぱたんと閉じた。
「さすがだな」
「……なんのことです」
「彼女たちの会話に対して冷静を装っていたことがだよ」
「……何が言いたいんですか」
沖矢が立ち上がって安室にじりじりと近づいてきた。安室は身の危険を感じて思わず後退りしたが、ガッと腕を掴まれた。
力を入れて逃れようとしたがびくともしない。目の前の眼鏡の男は相変わらず読めない笑みを浮かべている。
(こんな筋肉質な院生がいてたまるか!!)
安室は密かに筋トレの量を増やそうと誓った。
そんな安室が何故動揺しているのか、沖矢は知っている。
沖矢は彼の耳元に顔を寄せると、自分の首元に手を触れた。ピッという機械音がした後、沖矢の喉から全く別人のよく通るバリトンの声が響いた。
「今下着付けていないだろう、零……?」
横目で安室、いや降谷零を見やると、首まで真っ赤になった顔があった。
「な、なんで……気づいて…」
「今朝君は間違えて俺の下着を履いて行っただろう。俺の君の下着のサイズ違うからもしやと思っていたが…」
「……っ仕方ないだろ!出社してから下着が緩いことに気づいて…途中で下着買いに行く時間も……なくて…」
仕方なく……と最後の語尾は消え入りそうなほど小さくなっていた。
羞恥で俯く降谷に沖矢もとい恋人の赤井は小さくため息をついた。彼の時折見せる無防備さは心配になる。
赤井は手にしていたビニール袋を彼の前にかざした。
「これは……?」
「さっきコンビニで買ってきたんだ。あまり質が良くないだろうが、ひとまずこれで我慢してくれ」
そこには新品の下着が入っていた。なるほど、これを渡すために来てくれたのか、と降谷は赤井の優しさにほっと息をついた。
「ありがとうございます。助かりました。じゃあ更衣室で着替えてきますね」
踵を返して奥の部屋に向かう彼の後を、赤井は当然のようについて行き、二人は奥の部屋へと消えて行った。
fin.
※mastodon(akamdon)で投稿した内容です。
【零くんが頑張って夜のお誘いをしようとするお話】
なにやら恋人の様子がおかしい。
赤井は隣に座る降谷をちらりと横目で見やった。
いつもより口数が少なく、目もあまり合わせてくれない。
今はソファで二人で酒を飲みつつ映画を鑑賞中だが、あまり楽しんでいるようには見えない。やや眉間に皺が寄っており、何やら気難しそうな表情をしている。
赤井はここ数日の出来事をひとつひとつ思い返してみた。……残念ながら思い当たることはない。
よく考えてみれば今日の夕飯は赤井の好物ばかりが並んでいた。(以前喧嘩した際は3食連続納豆が出てきた。)
怒っているわけではなさそうだ。では何か重要なことを伝えるタイミングを伺っているのだろうか。
と、その時左肩に体温と重みを感じた。赤井が隣を見ると降谷が自分の方に体を預けてきた。
相変わらず表情は変わらず、無言のままだ。
自分よりやや低い位置にある彼のうなじと耳のあたりが酒のせいかほんのりと赤くなっている。
……いや、酒のせいではなさそうだ。
なるほど。ようやく降谷の意図を理解した。
そっと彼の右手の甲に自分の左手を重ねてみると、降谷はぴくりと小さく体を震わせた。重ねた指で彼の滑らかな手の感触を味わっていると、彼は動揺を見せまいと体をこわばらせているのが肩越しに伝わってきた。
その可愛らしい反応に、赤井はとうとう堪えられずに喉の奥で笑った。降谷は反射的に顔を上げて赤井を睨んだ。見上げる顔は林檎のように真っ赤だった。
「……お前、正確悪い」
「違う違う、俺の恋人は奥ゆかしくて可愛いと思ったんだよ」
「馬鹿にしてるだろ!!」
「……零、おいで」
赤井が両手を広げて見せると、降谷は少し躊躇した後、広い胸板に体を預けた。
映画は盛り上がりを見せているが、今日はもう観ることは出来なさそうだ。明日の朝コーヒーを飲みながら二人で続きを見よう、と赤井は一人考えた。
fin.
※mastodon(akamdon)で投稿した内容です。
【風邪を引いた零くんと看病する赤井さんのお話】(約6000文字)
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・両片想いの赤安(赤井さんは自覚あり、零くんは無自覚)
・風邪を引いている関係で零くんが通常時より素直です
・序盤で風見と公安モブがちょっとだけ登場します
「やあ、風見くん。降谷くんに会いたいんだが……」
風見は目の前の全身黒ずくめの男に、軽く睨みを効かせながらも律儀に返事をした。
「……降谷さんは終日不在です」
時刻はちょうど正午のお昼時、警視庁のオフィスの一室に現れたその真っ黒な長身の男は赤井秀一だった。面倒なことになりそうな予感に風見はため息をついた。
今彼が訪れた部屋は警視庁公安部が使用している部屋で、周りには厳つい強面の男ばかりだ。
目的の降谷は警察庁の人間だが、例の組織壊滅成功後は潜入の任から解放され、デスクワークの割合が増えていた。もちろん通常の公安案件も常に抱えており、現場での作業もまだまだある。降谷は情報連携も兼ねてよくこの部屋を訪れていたのだ。
それとほぼ同時期に、赤井の訪問率も高くなっていた。目的は冒頭の通りである。
赤井は、降谷の在席状況をすべて把握しているのではないかと疑うほどに、正確に降谷の滞在時間に訪れるのだ。そして、降谷を食事に誘い、それを降谷が断るまでがお決まりのやり取りとなっている。
ハリウッド顔負けのルックスをもつ成人男性二人が揃うこの瞬間は自然と注目の的となる。通りがかった他部署の女性陣が立ち止まって、この部屋をそっと見守る光景は日常茶飯事だ。
「おい、またFBIがきたぞ…」
「くそ…降谷さんが毎度断っているというのに、なんて図太い野郎だ……!!」
風見の後ろで公安の部下たちがボソボソと悪態をついている。もちろん赤井には丸聞こえだか、言われている当事者は特に気にしていない様子だ。
「彼は今日のこの時間帯はオフィスにいるはずだが、何かあったのか?」
「……緊急招集があったため、今日一日こちらには来られなくなりました。そもそもFBIのあなたには関係の無い話です。」
高圧的な態度と裏腹に、風見の額からは一筋の冷や汗が流れていった。
風見は数時間前の降谷からの電話での言葉を思い出していた。
『いいか、風見。もし赤井が僕を訪ねてきても絶対に僕が風邪で寝込んでいるなんて言うんじゃないぞ。絶対にだ。何か適当に誤魔化しておいてくれ』
降谷は風邪を引いて休んでいた。それも夏風邪で思いのほか症状が重いらしい。軽い風邪程度であれば確実にこの場にいただろう。降谷は滅多に休むことがない。
体調管理を常に徹底している降谷が体調不良で休むのは初めてのことであった。やはりあの人とて人間なのだな、と風見はしみじみと思ったものだ。
だが今はそんな悠長なことを考えている場合ではない。何としても上司の命令を遂行しなければならない。
しかし、眼の前の男にこれ以上隠し通せるだろうか。なにせ目の前にいるのはあの赤井秀一なのだ。
赤井は初めは無表情だったが、こちらの嘘を見透かしたように目を細めて風見を見た。
「風見くん、正直に言ってくれないか。……ああ、やはり言わなくて良い。君の様子を見るに降谷くんから口止めされているのだろう……おそらく彼は体調を崩して自宅療養中だが、それを俺に知られたくないから誤魔化せと指示を出された、といったところかな?」
「…………!!?」
風見が目を見開くと、赤井はやはりな、と肩をすくめた。
「昨日彼を見かけた時、具合が悪そうだったからな」
「そ、そうでしたか……?」
風見は昨日の降谷の様子を思い返してみたが、体調不良など微塵も感じさせなかった。少なくともこの部屋にいる面々は誰も気づいていなかっただろう。
風見が返す言葉を考えている間に、赤井は踵を返して入り口の方へと歩き出していた。
「すまない、邪魔をしたな」
「あ……はい」
赤井が立ち去った後、風見はふぅと長く息を吐き出した。想像以上に神経を使っていたらしい。
それから目を瞑ると、風見は心の中で上司に謝った。
一方、降谷は自宅のマンションのベッドに横になっていた。7月に入り東京は真夏日が続く中、季節にそぐわない毛布に身を包んでいた。
ぴぴ、と脇に挟んだ体温計が鳴る。取り出して結果を見ると熱は39℃だった。
「くそ……僕としたことが……」
降谷は人並み以上に丈夫な体だと自負していた。今までも仕事で散々怪我をしてきたが、すぐに入院先のベッドを抜け出して仕事をしていたぐらいだ(部下にすぐ止められたが)。昨日も熱はあったが、周りに気取られぬよう気合いで仕事をやり切った。
昨日の無理をしたことが良くなかったのだろう。今日は朝から今に至るまで、ほぼベッドから起き上がれない程に風邪が悪化してしまった。
やはり風邪を引くと心も不安定になるのだろう。降谷は熱に浮かされながら、ぐるぐると取り留めのない思考を巡らせていた。
「うう……赤井にこんなところ見られたら……体調管理できない奴だと思われる……」
こんな情けない姿絶対に知られたくない、そんな思いに駆られて、午前中に風見には赤井への対処を依頼しておいた。
組織を壊滅に追いやった後、赤井との因縁めいた関係性も変化した。
組織潜入時代を共にした数少ない人物の一人であり、貴重な存在だ。昔のことを互いに振り返ることが出来る相手がいるのは嬉しかった。
しかし、最近赤井が頻繁に自分のことを個人的な意味合いで食事に誘ってくることに関しては、降谷は困惑していた。だが、誘われることが嫌ではない自分の感情にはもっと困惑していた。
誘われる度に降谷の心臓は早鐘を打ち、自身の口からはそっけない返事をしてしまう。自分の天邪鬼な言動に降谷は辟易としていた。
熱に浮かされている今も頭の中は赤井のことばかりだ。
深い溜め息をついたその時、枕元に置いていたスマホが震えた。手にとって画面を見るとそれは赤井からのコールだった。
「え、赤井……?」
降谷は頭が回らないまま通話ボタンを押してしまった。
「も、もしもし……?」
『降谷くん、体調は大丈夫か。今からそちらに見舞いに行くよ』
「えっ……いや、結構です!第一僕のマンション知らないで……」
はっと降谷は口を押さえた。自分が体調不良であることを認めてしまった。
『あと30分以内には着くよ』
電話が切れると、降谷は呆然とスマホの画面を見つめた。
「赤井がここに……?」
降谷はふらふらの体を無理やり起こして、リビングへと向かった。
「せめて掃除機くらいかけよう….…」
そもそもなぜ赤井が自分のマンションを知っているのか、という疑問は今の降谷の頭からは吹き飛んでいた。
掃除機を掛けていると、インターホンが鳴った。掃除の手を止めてモニターを見ると、いつもと同じ全身黒に身を包んだ赤井の姿がそこにあった。
『やあ』
「赤井……!!」
『君、昨日から体調悪かっただろう?ちなみに、風見くんから聞いたわけではないから彼を責めないでやってくれ』
「……っ……」
赤井に何もかも見透かされていた。降谷は悔しさにワナワナと震えた。余計に熱が上がった気さえした。
『とりあえず、中に入れてくれないか?』
「いやです……!!お引き取りください」
反射的に返す降谷に画面越しの赤井は寂しそうな笑みになった。降谷はこの顔に弱かった。
『頼むよ……君のことが心配なんだ。すぐに食べられそうなものも一応買ってきた』
そう言って赤井は画面越しにコンビニのビニール袋を掲げた。
「少しだけなら……許可します」
とうとう根負けした降谷は、エントランスの扉の通過を許した。
程なくして玄関のインターホンが鳴り、降谷が恐る恐る扉を開けると、赤井が降谷を見てほっと胸を撫で下ろしていた。
「倒れているんじゃないかとひやひやしていたんだ。思ったより元気そうで安心したよ」
「そんなにやわな体じゃないです……あの、中どうぞ……」
赤井をリビングに通すと、降谷はキッチンへ向かった。
「今お茶出します」
すると突然がっと赤井に右腕が掴まれた。
「待て待て、俺は客人としてではなく君を見舞いにきたんだ。そんなことしなくて良い」
「でも……つめたっ」
ひたりと赤井が降谷の額に手を当てた。その掌の冷たさに降谷は驚いた。
「かなり熱があるじゃないか。立っているのも辛いだろう」
「平気です!!ちょ、ちょっと何するんですか!」
赤井は降谷を横抱きに持ち上げようとすると、降谷はわずかに残った力で必死に抵抗した。結局なすすべもなく、降谷は赤井に抱き上げられてしまった。
「寝室はあっちか?」
少し暴れすぎたせいか、降谷は熱で意識が朦朧とし始めていた。ここは赤井に頼るしか無いと諦めて降谷は小さく頷いた。
「降谷くん、寒くないか?」
「はい……大丈夫です……」
ベッドのサイドテーブルに薬と水の入ったコップを置いて、赤井はベッドの縁に腰掛けた。ぐったりと横たわる降谷の首筋に手をそっと触れてみると、先程よりも熱が上がっているようだった。
「まだ熱は下がらなさそうだな……」
「すみません……こんなことさせてしまって……。こんな情けない姿、あなたには見せたくなかったな……」
風邪を引くと心も弱るというのは本当なのだろう。しゅんとする降谷に赤井は優しく笑って見せた。
「君は頑張りすぎなんだ。君ほど優秀な男にだって体調を崩すことぐらいあるさ」
赤井の言葉に降谷の大きな瞳から涙がぽろぽろと溢れ始めた。
「……赤井はどうしてそんなに優しいんですか?」
「優しい?」
「僕はいつもあなたにはそっけない態度ばかりで、嫌な気持ちにさせているでしょう……?なのに、いつも食事に誘ってくれたり、今日だって看病までしてくれて……」
それを聞いて、赤井は降谷の頬に自分の掌を添えて、そっと涙を拭った。そしていっそう優しい表情で降谷を見つめた。
「君のことが好きだからだよ」
「…………は?」
降谷は理解が追いつかず目をぱちぱちとさせた。驚きのあまり涙も引っ込んでしまった。
降谷の反応に赤井はふ、と笑った。
「なんだ、君ほどの男ならとっくに気づいていると思っていたんだがな」
「え……?あ、あの……好きっていうのはそのlike的な意味の……」
「loveのほうだな」
それを聞いて、みるみると降谷の顔が赤くなり、赤井が触れている肌から体温がさらに高くなっているのを感じた。
「……今言うべきではなかったな……余計に熱が上がってしまった。まずは解熱剤を飲もうか」
赤井は降谷の背中に手をまわして上半身をゆっくりと起こした。
「口を開けてくれ」
「え?はい……」
赤井は薬と水を自らの口に含むと、降谷の頭を後ろから支えて、自分の唇を降谷のそれに重ねた。
「うむっ!?」
突然の出来事に降谷が動揺しているうちに、口に水が流れ込んできた。降谷はそのままごくりとそれを飲み込んだ。
「い、いま……なにを……」
「とにかく今はゆっくり休んでくれ。薬が効いてくれば少し楽になる」
再び降谷をベッドに寝かせると、赤井は立ち上がった。
「俺はリビングにいるよ。時々様子を見に来る」
赤井が何事もなかったかのように部屋を出て行った後、降谷は先程のやりとりをぐるぐると反芻した。
いま、赤井は僕のことが好きって言った……?
うとうとと眠気が訪れ、次第に穏やかな寝息が部屋を満たしていた。
降谷が目を覚ますと、窓の外は暗くなっていた。もぞもぞと枕元を探ってスマホを手に取って画面を見ると、時刻は19時過ぎだった。
先程よりもある程度熱は引いたようで、大分楽になっている。
「薬効いてきたな……ん……?薬……あ、」
降谷の頭の中で、先程の赤井とのやりとりがフラッシュバックした。
「赤井……」
腕に力を入れてなんとか上半身を起こして、部屋を見回してもそこに赤井はいなかった。確かリビングにいると言っていたはずだ。
「ああ、起きたか」
声のする入口の方を振り返ると、ちょうど赤井が部屋に入ってきたところだった。
「体の調子はどうだ?」
「……大分楽になりました」
そうか、と赤井は胸を撫で下ろした。一方降谷は、先程のことを思い出して目を合わせることができなかった。赤井の手元の方を見ると彼がお盆を持っていることに気がづいた。お盆にはごはん茶碗がひとつ乗っており、ほかほかと湯気が上がっている。
「それ……赤井が作ったんですか?」
「ああ、『おじや』を作った」
サイドテーブルに置かれたおじやを見て、降谷は思わず吹き出してしまった。
「あははは!赤井が『おじや』作るって、全然似合わない!」
「工藤邸に世話になっていた時に有希子さんに教えてもらったんだ。風邪を引いた時にもおすすめだと言っていたのを思い出してな」
「ありがとうございます。じゃあ、いただきます……」
茶碗を取ってスプーンで掬い、ふぅふぅと覚ましながら一口食べてみると、素朴な味が口の中を満たした。じんわりと体を温めてくれる。
「おいしい……」
「よかった。君の料理には敵わないからな」
朝もあまりご飯が喉を通らなかったため、久しぶりの食事に体が喜んでいるようだ。降谷は赤井の作った食事を噛み締めるように一口ずつ丁寧に食べた。
「ごちそうさまでした。とってもおいしかったです」
「君の口に合って良かった」
食器を下げようと赤井が立ちあがろうとした時、くい、と袖が引かれた。振り返ると、降谷がそっと服を引っ張っていた。顔は俯いているため表情はよく見えない。
「あの……さっきの話なんですけど……」
赤井はベッドの縁に座り直すと、降谷の顔にそっと手を添えて顔を覗き込んだ。その顔は真っ赤に染まっていた。
「僕も……赤井のこと……好き……です」
「うん」
「でも、僕は全然素直じゃないですし、たぶんまた可愛げのないこといっぱい言っちゃうと思います」
「うん」
「あ、あと食事に誘われるのも、本当は嫌じゃない……です」
「降谷くん」
反射的に顔を上げた降谷の頭を固定して、赤井は再び唇を自分のそれと合わせた。
唇が離れて間近にある赤井の顔は今まで見た中で一番優しい表情をしていた。ドキリと降谷の心臓が高鳴った。
「やっと素直になってくれたな」
「え、気づいて……んむ」
再び唇が塞がれ、降谷はきゅっと口を固く引き結んだ。驚いて思わず両手でぐいと押し返した。
「風邪が移ると大変なので……」
「はは、今更だな。もしそうなったら今度は君が俺を看病してくれ。まあでも今日はこのぐらいで留めておこう」
降谷が首を傾げると、赤井は困ったような笑みを向けた。
これ以上続けると自分の理性が効かなくなるからだと言いかけたが、恋愛ごとに疎い降谷にはまだ言わないでおくことにした。
「今日はリビングのソファで寝させてもらうよ。何かあったら直ぐに呼んでくれ」
「…………て」
ぽそりと降谷が俯いたまま呟いた。
「降谷くん?」
「……もう少し、ここにいて欲しいです……。その、せめて僕が眠るまで……」
降谷はベッドの空いたスペースをぽんぽんと手で叩いた。普段素直になれない彼がめったに見せない精一杯の甘えなのだろう。
「……………………わかった」
さっそく己の理性を試す時が来たようだ。赤井は相手は病人だと自分自身に何度も言い聞かせた。
翌朝、寝室ではすっかり元気になった降谷と寝不足で目の下の隈をさらに濃くした赤井の姿があった。
fin.
※pixivで投稿した内容です。
【新蘭の結婚式に赤安が参列するお話】(約1500文字)
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・このお話の赤安は友達以上恋人未満
・そしかいから数年立ってる
・秀吉と由美たんの間に子供がいる設定
桜並木の中に佇む小さな教会で祝福の鐘が鳴り響いている。
中庭へと続く入り口からその主役二人の姿が現れ、見知った面々が拍手と祝いの言葉を彼らに送っている。主役の二人である新一と蘭は少し照れくさそうだが、幸せに満ちた表情で祝いの言葉を受け止めていた。
彼らから少し下がった場所で、その光景を眺めていた降谷は、優しく目を細めていた。
「知人の結婚式に参列するの久しぶりです」
仲間は皆早くに亡くなり、何より自分自身が潜入捜査という状況で、気軽に行ける立場ではなかった。
彼の隣で黙って聞いていた赤井は、同じく眼の前の光景を眺めていた。
「なんか良いですよね。こういうの」
「……君もこういう願望あるのか?」
漸く赤いが言葉を発すると、それに対して降谷はうーんと唸った。
「自分が結婚したい、という訳ではないんです。なんていうか……こういう光景をずっと見たかったような気がするんです」
赤井は隣を振り返った。自分より少しだけ背の低い彼の横顔には、慈愛と誇りとほんの少しの物悲しさがあった。
咄嗟に赤井は降谷の腕を掴んだ。
「どうしました?」
「君はとても優秀な捜査官だが、時々どこかに消えてしまいそうな時があるな」
それは僕が頼りないって言いたいのかと降谷は文句を言いかけたが、目の前の男があまりにも真剣な顔をしているのを見て、不思議と可笑しくなって笑みをこぼした。
「消えないですよ!安室透として接してきた人達とは関わらなくなりますが、僕は……降谷零は、今まで通り変わらないです」
「……」
赤井は降谷の腕を掴んでいた手を緩めた。そのまま彼の手を自分の口元に運ぶと、薬指にキスを落とした。
「っ……!!ちょ、ちょっと何……っ」
「ここ、予約しても良いか?」
赤井の言葉に降谷はじわじわと顔を赤らめた。恋愛に疎い彼でさえ、左手の薬指の特別な意味は理解している。
なんて気障な男だろうか。だがそれすら様になるのだから、本当に狡い男だと降谷は思った。
「……そういうことは、まずお付き合いしてからじゃないですか……?」
「じゃあ付き合おう」
「あなた順番めちゃくちゃですよ!しかも今日は新一くんと蘭さんの結婚式ですよ!」
「プロポーズはこういう場所が良いと思ったんだ」
「しゅいち、けっこんするの?」
突然可愛らしい声が足元から聞こえた。同時に二人が見下ろすと、三歳ほどの男の子がこちらを見上げていた。
「ああ、秀実。また大きくなったな」
そこにいたのは秀吉と由実の間に生まれた子供の秀実だった。
「けっこんするの?」
「ああ、するよ。彼と」
「ちょっと!僕まだ返事してませんけど?」
「しゅいちのて、ずっとにぎってるよ」
はっと自分の手元を見ると、赤井の手を握ったままだったことに気づき、慌てて手を話した。
「彼は降谷零くんだ。綺麗な名前だろ?」
「れくん」
「勝手に本名バラすな」
赤井が降谷に向き直り、そっと降谷の顔を覗き込んだ。まだ顔が少々赤い。
「……それで、返事は貰えるかな?」
「……………………ま、まずは正式にデートからしたいです……」
素直になれない彼なりの精一杯の返事だった。今日のところはこれぐらいにしてやろう、と赤井は降谷の額にキスを落とした。すると引き始めていた火照りがぶり返して降谷の顔は再び真っ赤になってしまった。
「……っほら、皆さんのところに行きますよ!ちゃんと二人をお祝いしましょう」
赤井の手を掴んで降谷は皆のいる方へと引っ張ると、赤井はそれに黙って従った。
「ままー!しゅいち、けっこんするってー!」
元気よく母親に報告する秀実の声が後ろの方で聞こえた。
fin.
※mastodon(akamdon)で投稿した内容です。