連続ウエビナー
「放射線の健康影響評価を巡るデータ分析の問題
市民、統計家・データサイエンティストとともに学ぶ」
○ウエビナーの背景
福島原発事故以降、「100mSvを越えると、がん死亡のリスクが高まる(放射線医学研究所[1])」、「(東電福島事故による)放射線関連のがん発生率上昇は、みられないと予測される(原子放射線の影響に関する国連科学委員会)[2]」など、放射線被ばくの健康影響について説明されてきました。前者は、100mSvまでは被ばくしても影響はない(100mSv閾値論)、後者は福島原発事故による放射線被ばくによるがんの発生がないと国連の機関が予測していると解釈されがちです。
しかし、前者のもとになっている原爆被爆者を分析した論文を読むと、様々な問題があることがわかります。例えば、ひとりひとりの放射線被ばく量が推定されているにもかかわらず、分析の際は5mSv以下、5.1-10mSvのように被ばく量を区切って、集計したデータを用いています。これは個人別の情報を捨ててしまっていることになり、被ばくの影響を検出しにくくしています。後者については、報告書を読むと、被ばく時5歳以下の女児グループでは、生涯で50件程度の甲状腺がんが放射線によって生じ得るが、誤差にまぎれて検出できないとしています[3]。そうであれば、誤差が小さくなるようにしっかりとした検診体制を構築するといった対策が必要でしょう。
どのような分析がなされているのかを理解していないと、これらのメッセージの意味を正しく理解できず、誤った対策を行ってしまうことになります。
福島原発事故では100mSvだけでなく、年間20mSvまでならば校庭を使って良い、などの参考レベルが設定されました。その根拠となったICRP(国際放射線防護委員会)の2007年基本勧告が約20年ぶりに改訂されることになりました。基本勧告は、これらの研究に基づいて策定され、それが日本の政策にも取り入れられます。これまでの研究によって、どのようなことがわかっているのか、その問題点も含めて理解しておかないと、勧告が改悪される可能性もあります。
○ウエビナーのねらい
このようなデータを分析する学問分野は放射線疫学と呼ばれ、一般の市民には難しく聞こえますが、分析方法は、ばねに力をくわえ、その伸びを測定し、横軸に力、縦軸に伸びをプロットし、その傾きを求めるというフックの法則の実験と同じです。横軸に被ばく量、縦軸に健康影響をプロットし、その傾きを求めればよいのです。このウエビナーでは、市民の皆さまにわかりやすく、放射線の健康影響評価を巡る様々なトピックを紹介することによって、リテラシーを高めるための一助としたいと考えています。
いうまでもなく上記の言明はデータ分析に基づいています。データ分析はさまざまな分野で行われていますが、研究分野の細分化が進み、ある分野では専門家であっても、分野が異なると何をしているかわからない、興味がないといった状況も生じています。しかし、放射線疫学で用いられているのは、おもに(ポアソン)回帰分析であり、難しい手法ではありません。分析手法や利用可能なデータを紹介しますので、より多くの統計家・データサイエンティストの方々が、原論文などを批判的に読み、再分析する手がかりとなれば誤りが広く流布してしまう状況も回避できるのではないかと考えています。
[1] QST放射線医学研究所、放射線被ばくの早見図2011年4月版の表現。その後、100mSv以上の部分の、「がん死亡のリスクが線量とともに徐々に増えることが明らかになっている」とされた。
https://www.qst.go.jp/site/qms/1455.html
[2] UNSCEAR 2020/21福島報告書(ドラフト)のニュース・リリースタイトル
https://www.unscear.org/docs/publications/2020/PR_Japanese_PDF.pdf
[3] UNSCEAR 2020/21福島報告書 (日本語訳 パラグラフ222)
https://www.unscear.org/docs/publications/2020/UNSCEAR_2020_21_Report_Vol.II_JP.pdf
○第3回 2024年9月13日 (金) 19:00-20:00
本行 忠志(大阪大学名誉教授 放射線生物学) (資料) (録画)
「低線量被ばくの危険性について:放射線生物学からの重要な知見を中心に」
米国放射線防護審議会(NCRP)は2018年に放射線疫学の主要研究29をレビューし、疫学(サンプルサイズや追跡期間)、線量、統計の観点から評価し、「大規模で強い研究のほとんどが線形閾値無し(LNT)モデルを支持している。」とまとめた[1]。これは、たとえ低線量被ばくであっても、遺伝子による放射線感受性の個人差、内部被ばくの特性、複合影響等を考慮すると、“安全な被ばく量”は存在しないと考えられることと合致している。
本報告では、上記のレビュー対象となった、原爆寿命調査(LSS)、国際核施設労働者調査(の最新版であるINWORKS2023)、Lubinの小児甲状腺がん研究を紹介する。
あわせて、胎児期X線被ばく・小児期CT被ばく研究、放射線感受性の高い遺伝子の存在、低線量被ばくによる染色体異常の研究、内部被ばくの研究、複合影響の研究、統計的有意差の問題等を取り上げる。
最後に、一般に極めて低線量被ばくと思われているが実際は低線量だけではない可能性がある例を取り上げたい。福島原発事故の避難シナリオ40のうちの1つのシナリオの線量分布図(UNSCEAR2020/2021報告書補足資料[2])は、甲状腺推定被ばく量は中央値7mGy, 平均値30mGyと低くても最大値は700mGyと推定しており、実際には高線量被ばく者も存在した可能性があることを物語っている。今まで、福島原発事故は、ほとんど平均値のみの推定値をもとに低線量被ばくの範囲内で議論されてきたが、今後は、最大被ばく量も考慮した被ばくの人体影響について検討されるべきである。
[1] NCRP (2018), Commentary No. 27 – Implications of Recent Epidemiologic Studies for the Linear-Nonthreshold Model and Radiation Protection: NCRP.
[2] Figure A-21.IV.58. Thyroid absorbed dose for Evacuation Scenario 29 (Odaka > Haramachi > Iwaki > OOP)
ATTACHMENT A-21 DISTRIBUTIONS OF DOSES IN MUNICIPALITIES AND
EVACUATION GROUPS https://www.unscear.org/unscear/uploads/documents/publications/UNSCEAR_2020_21_Annex-B_Attach_A-21.pdf
○開講方法など
ZOOMによるオンラインセミナー形式。参加無料。
録画を公開する予定です。重要な事項をコンパクトに紹介するため、40分程度で説明。その後20分程度のQ&Aを想定しています。
(講師の都合によっては、その後も希望者がいらっしゃればQ&Aを延長する可能性もあります)
○申し込み方法
第1回もしくは2回めに登録された方は、再登録の必要はありません。登録時に配信されたアドレスに上記の時間にアクセスしてください。配信されたアドレスが不明な場合は、お手数ですが、再登録をお願いします。
リマインダーが送信されない可能性がありますので、了承ください。
下記からZOOMに登録して下さい。接続用のアドレスがメールされます。 (メールアドレスの入力間違いに注意してください)。
ウエビナー形式で開催予定ですが、録画を公開する予定ですので、表示される名前、Q&A時に顔を映写するかなどはご自分で設定をお願いします。
こちらから登録して下さい(ZOOMのページに移動します)。
受付終了)次回までしばくお待ちください。
○以降の日程、タイトル
決定次第、ご案内します。
○終了した回
・第1回 2024年7月12日 (金) 19:00-20:00 (録画)
濱岡豊(慶応大学商学部・教授、マーケティング・サイエンス)
「連続ウエビナー」の背景(資料)
「データ分析入門、原爆被爆者疫学調査からの知見と課題」(資料)
(概要)
「講演録:福島第一原発事故と市民の健康 ――放射線疫学を読み解くためのデータ分析入門」(https://www.ccnejapan.com/?p=12422 から無料公開)をベースに、まず簡単な例題を用いてデータ分析の考え方を紹介します。その後、放射線疫学の重要な研究である広島、長崎の被爆者調査の結果からわかっている点とあわせて、分析上の問題点を紹介します。
広島・長崎の原爆被爆者については、集計された匿名化データが公開されていますので、データ分析に興味がある方は、自分で分析するとよいでしょう。
・第2回 2024年8月9日 (金) 19:00-20:00 (録画)
永井 宏幸(NPO 法人市民科学研究室)
「国際核施設労働者調査INWORKS2023の成果と喫煙交絡問題」 (スライドpdf )
昨年,国際核施設労働者調査の論文で新しい発見が報告されました.50mGy(50mSv相当)以下の線量でも死亡率の上昇がいわゆる「統計的有意」になったことはまったく衝撃的な報告です.日本の職業線量限度が1年50mSv,5年100mSvですからその根拠が失われてしまったわけです.政府はINWORKS2023のこの結果を受け入れるのでしょうか.
INWORKSのがん死亡に関する論文は2015年にも発表されています.政府の委託で日本の核施設労働者の調査をしている放射線影響協会は2015年の論文について見解を発表しINWORKS2015の結果は日本人労働者に適用することができないといっています.日本人の核施設労働者では喫煙の影響が大きくて放射線の影響がわからないというのです.本当でしょうか.統計学の基本に立ち返ってこの主張の是非を検討します.
背景説明 by 濱岡 ) 英仏米の核施設労働者約30万人を対象とした国際核施設労働者調査INWORKSが行われてきました。平均累積被ばく量は20mSv程度ですが、固形がん死については、2015年と2023年に論文が報告され、被ばく量とともに固形がん死が直線状に増加する線形閾値なしモデルが最良とされています。日本でも同様の調査が行われていますが、全サンプルを用いて推定した場合は、被ばく量と全がん死亡についてはリスク係数は有意となるが、喫煙についてのデータがあるサンプルに限定すると有意ではなくなるとしています。
参考文献) 英語ですが、興味がある方は事前にお読みください。
INWORKS2015論文
Richardson et al.(2015)"Risk of cancer from occupational exposure to ionising radiation: retrospective cohort study of workers in France, the United Kingdom, and the United States (INWORKS)",BMJ
https://www.bmj.com/content/351/bmj.h5359
INWORKS2023論文
Richardson et al.(2023)"Cancer mortality after low dose exposure to ionising radiation in workers in France, the United Kingdom, and the United States (INWORKS): cohort study",BMJ
https://www.bmj.com/content/382/bmj-2022-074520/rapid-responses
INWORKS2015論文に対する放射線影響協会の見解
British Medical Journal 掲載のINWORKS がんリスク論文に関する見解
https://www.rea.or.jp/ire/pdf/20160115_BMJ_inworks_paper.pdf
放射線影響協会 見解で引用されている、V期調査結果報告書は下記から。
○主催: 分野を横断した放射線疫学の研究会
https://sites.google.com/view/radepi/
共催:放射線防護の民主化フォーラム
https://sites.google.com/view/democratize-rp
○問い合わせ先
濱岡 豊(慶応大学商学部、教授)
hamaoka@fbc.keio.ac.jp