問いを取り戻した瞬間が、
はっきりと分かったわけではありません。
何かが劇的に変わった、
という感覚もありませんでした。
ただ、後から振り返ると、
確かに変わり始めていた兆しがありました。
それは、とても小さな変化でした。
以前は、
考えていない時間に不安を感じていました。
何かを生み出していないと、
前に進んでいない気がしていたのです。
問いが戻り始めた頃から、
何も結論が出ていない時間を
「無駄ではない」と感じられるようになりました。
考えが止まっているのではなく、
沈んでいるだけだと思えるようになったのです。
以前は、
誰かの意見や新しい考え方を見るたびに、
「どう思うか」を即座に決めようとしていました。
問いを持ち始めてからは、
それらを一度、心の外側に置けるようになりました。
賛成か反対かを決めなくても、
「今は判断しない」という選択肢がある。
その距離感が、
自分の思考を静かに守ってくれました。
会話の中で引っかかった一言。
仕事の途中で感じた、言葉にできない感覚。
以前は、それらを
「気にしすぎ」「考えすぎ」として
片付けていました。
問いを取り戻し始めてからは、
その違和感を、すぐには解決しません。
メモに残すだけ。
忘れてしまっても構わない前提で。
後になって読み返すと、
そこに、自分の問いの原型が残っていることがあります。
生成AIは、
以前と同じように便利です。
ただ、使い方が変わりました。
答えをもらうためではなく、
自分の考えを映す鏡として使う時間が増えました。
問いが曖昧なままでも投げてみる。
返ってきた言葉に、
しっくりこない理由を考える。
その往復の中で、
問いが少しずつ、自分の形になっていきました。
問いを取り戻すとは、
何かを「できるようになる」ことではありません。
むしろ、
反応しすぎない自分に戻っていく
という感覚に近いのかもしれません。
次のページでは、
問いを持ち続けるために
今も意識していることについて書きます。