概要
海産線虫の形態とDNAの両方を常温で保持することのできる保存液.名称はDMSO,EDTA,飽和NaCl(Saturated Salt)の頭文字から.もとは脊椎動物の組織切片のDNAを常温保存するのに用いられ(Seutin et al. 1991),後に海産無脊椎動物の形態保存にも利用できることが判明(Dawson et al. 1998),線虫にも使われるようになった(Yoder et al. 2006).現在では基質サンプルごと保存する際にも用いられ(Gonzálvez et al. 2022; Ogiso-Tanaka et al. 2024),液中に溶け出したDNAを回収することで非破壊的にDNAバーコーディングができることも示唆されている(Ogiso-Tanaka et al. 2024).組織切片の保存液としてはあまり一般的ではないため市販はされておらず,自作する必要がある.
一般的な使用上の注意点
EDTAは分解酵素を阻害するキレート剤.石灰質の骨格をもつ軟体動物,甲殻類,棘皮動物,脊椎動物などは軟化するので保存できない.他にもカルシウムを含む部位がある生物の保存には向かない
高濃度でEDTAとNaClが含まれるため,水がわずかに蒸発しただけで析出し,特にEDTAは水を足しても溶けない.析出を防ぐため5~10%程度の水を加えて保管・使用してもよい(以下のプロトコールでは5%の水を足す).析出しても結晶を取り除いてそのまま使用してかまわない
2倍程度に希釈しても問題なく作用する.泥などの基質ごと保存する場合も液量が十分なら液替えは必要ない
DMSOは未開封でも古くなると強い刺激臭をもつが,効果に影響はない.DMSOは形態・DNAの保存にあまり寄与しておらず,EDTAとNaClだけ(通称ESS)で十分という話もある(Sharpe et al. 2020)
線虫に特有の注意点
DESSに限らず,大型の線虫は生きたまま固定液・保存液に入れると丸まった形で固まりやすい.また,DESSやRNAlatorで長期保存すると浸透圧で表皮と肉がはがれやすい.どちらも形態観察する上で大きな支障になる
固定前に少量の海水ごと適当な蓋付き容器に入れ,熱湯で5分程度湯煎するとまっすぐに伸びて死ぬのできれいな標本ができる.加熱した標本はDESSで長期保存しても表皮がはがれにくい
DESS1リットルの作り方(簡易Ver.)
0.5M EDTA(pH 8.0):500 ml *約10,000円.pH 7.5でも代用可
ジメチルスルホキシド(DMSO):200 ml or 200 g *約3,000円.融点19℃,凍ったら湯煎で融かす
塩化ナトリウム(NaCl):300 g程度
蒸留水(DW):500 ml程度
0.5M EDTAとDMSOを混合し,総量1 LになるまでDWを加える
密閉容器に移してNaClを200 g投入,溶けるまでよく振る(少量ずつスターラーしてもよい)
溶けきったら10 g追加して飽和するまで繰り返す
上清を他の容器に移し,析出防止のためDWを50 ml加えて混ぜたら完成
DESS1リットルの作り方(廉価Ver.)
エチレンジアミン四酢酸二ナトリウム塩二水和物(2Na-EDTA):93.2 g
5M 水酸化ナトリウム(NaOH)溶液:50 ml程度(NaOH10 gをDWに溶かして総量50 mlに)
DMSO:200 ml or 200 g
NaCl:300 g程度
DW:1 L程度
十分大きな容器にDWを500 ml程度取り,2Na-EDTAを少量ずつスターラーで溶かす
溶けなくなったらNaOH溶液を数 ml加える
固形のNaOHを投入すると発熱したり凝固したりする場合があるため,必ず溶液で用いる
溶けきったらNaOH溶液を少量ずつ加えてpHを8.0に調整する
アルカリ性に傾きすぎたら少量の塩酸で調整
DMSOを全量加え,DWを総量1 Lになるまで加える
再度スターラーにかけてNaClを少量ずつ,溶けなくなるまで加える
上清を他の容器に移し,析出防止にDWを50 ml追加して完成
参考文献
Seutin, G., White, B.N. & Boad, P.T. (1991) Preservation of avian blood and tissue samples for DNA analyses. Canadian Journal of Zoology 69: 82–90. https://doi.org/10.1139/z91-013
Dawson, M.N., Raskoff, K.A. & Jacobs, D.K. (1998) Field preservation of marine invertebrate tissue for DNA analyses. Molecular Marine Biology and Biotechnology 7: 145–152.
Gonzálvez, M., Ruiz de Ybáñez, R., Rodríguez-Caro, R.C., Maíz-García, A., Gómez, L., Giménez, A. & Graciá, E. (2022) Assessing DESS solution for the long-term preservation of nematodes from faecal samples. Research in Veterinary Science 153: 45–48, https://doi.org/10.1016/j.rvsc.2022.10.010
Ogiso-Tanaka, E., Abe, M. & Shimada, D. (2024) Non-destructive DNA extraction from specimens and environmental samples using DESS preservation solution for DNA barcoding. bioRxiv (preprint). https://doi.org/10.1101/2024.08.09.607403
Sharpe, A., Barrios, S., Gayer, S., Allan-Perkins, E., Stein, D., Appiah-Madson, H.J., Falco, R. & Distel, D.L. (2020) DESS deconstructed: is EDTA solely responsible for protection of high molecular weight DNA in this common tissue preservative? PLoS ONE 15: e0237356, 16 pp. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0237356
Yoder, M., Tandingan De Ley, I., King, I.W., Mundo-Ocampo, M., Mann, J., Blaxter, M., Poiras, L. & De Ley, P. (2006) DESS: a versatile solution for preserving morphology and extractable DNA of nematodes. Nematology 8: 367–376. https://doi.org/10.1163/156854106778493448
概要
柄の先に小さな輪状の針金を取り付けた器具で,1 mm未満の微小な動物を掬うことができる.有柄針では拾えない粘性のない液体(エタノール等)中の標本や,ピンセットでは拾えない微小で壊れやすい標本も容易に扱えるほか,輪の中に液の膜ができるので移動中に乾燥しにくい利点もある.Lee Irwinというアメリカ人が発明して1950~80年代に販売されていたようだが(Schram & Davison 2012),現在では自作するしかない.
作り方(簡易Ver.)
ステンレス針金#30(直径0.29-0.30 mm,市販品で一番細いもの)
柄(割り箸で十分.デザインナイフの柄,歯科用器具の柄を使う研究者もいる)
金属用接着剤
ペンチ2本
針金を10 cmと5 cmの2本に切り取り,U字に曲げてひっかける
ペンチで両端を持ち,先端に針金1本分の輪ができるまでひたすらねじる
最後までねじりきったら短い方の針金をほどいて外す
長い方の針金を接着剤で柄に止める
輪の根本をペンチで少し曲げて角度をつけたら完成
日本で知られている作り方(白山 2004)では直径0.1 mmのニッケル線を使用するが,普通の針金で十分に代用できる
海水やDESS中の標本を扱うと錆びやすい.液に触れるつど少量の蒸留水(なければ水道水)で濯ぐと長持ちする
針金の隙間に汚れがたまりやすい.使い終えたらよく洗う.ひどい場合は火で炙って汚れを燃やす手もある
参考文献
Schram, M.D. & Davison, P.G. (2012) Irwin loops—a history and method of constructing homemade loops. Transactions of the Kansas Academy of Science 115: 35–40. https://doi.org/10.1660/062.115.0106
白山義久 (2004) 海産線虫. In: 線虫学実験法編集委員会 (編), 線虫学実験法. 日本線虫学会, つくば, pp. 187–194.