詩作を中心とした日記風の随想集で、昭和十六年の初春から入営直前までの二十歳のほぼ一年間の間の詩、短歌、英詩抄訳、所感等が綴られている。 時期的に重複するためか、詩誌「蝋人形」と幾つかの詩が重複しており、「随想」で推敲されたものが、「蝋人形」に投稿されたものと思われる。
旧郡山市役所まえにて
ウィリアム ブレイク 「無垢の予兆」の訳詩
わが鎮魂歌
朔(きた)風を、我は愛せり。
かるがゆゑ、わが墓(おくつき)は、樹氷の碑
雪の花粉(くわふん)に、彩(いろど)れよ。
愚かにて、みにくきものの、のこしたる
阿呆なる歌 くちずさみ、
落ち葉散らせよ、逝ける日は、
さはあれど、ああ、聽かざらむ、耳なきは
わが終るなき 猛き聲、
吹雪捲きつつ 天翔(あまか)くる。
随 想 断 片
○ 恋愛について
女性に對しては気紛れな愛人であるよりも、善き友人でありたい。異性同志の友情などと言ふのは
成立し得ぬと或る人は言ふ。相互の正しい理解を通して、恋愛とか結婚とか決定的な問題を超え、
交遊することの可能性はあり得て可なりである。そうした純粹な友情ならばたのしいものではない
だらうか。
○ 詩について
詩を書くべく私は罰せられた。これは終身懲役、うつくしい刑罰‼
自らの詩に憎惡を感ずる日なり。ふたたび灰燼にしてしまひたい衝動が苦しく胸を壓するこの頃‼
詩はパンより無用である。しかし、生命よりは有用である。
詩の俗化は詩人に對する最大の迫害である。詩人は流行と戦はねばならぬ。
童 謡 詩
かまきり独白(どくはく)
ぢりり ぢりり おてんとさま
暑ければ よいこらさ
鎌ふりあげて いねの花
はづかしがることもない 野良仕度ぢや
ひとつぶのおこめでも
このたゞならぬ 世のなかに
おいらのちからが 役にたつちゆうだ
よいこらさ
ぶかつこうな づうたいをして
よいこらさ
負けちやあひすまぬと おてんとさま
ぢりり ぢりり あついのだが
ぞうざんとやら やって居りまする。
虹と子つばめ
夕立やんだ
雷やんだ。
ごらん、なゝいろ 虹の橋
すいすい子つばめ くぐってる。
渡ってみせろ
またいでみせろ
だけど、髙いよ 虹の橋
まだまだ子つばめ とべなかろ。
漢字には全てふりがなが付されている。