研究内容

量子物理と情報の境界領域に興味を持って研究しています。

特にニューラルネットワークによる物理状態の表現/分類や、NISQ (noisy intermidiate -scale quantum) デバイス・誤り耐性量子計算機の応用に取り組んできました。
「古典的な情報処理」によって「量子的な多体状態」を調べられないか
今後も考え続けていきたいです。

原著論文学会発表もご参照ください。

ニューラルネットワークによる状態の表現

深層化されたニューラルネットワークを分類・予測に用いるディープラーニングの成功の一因に、非線形関数としての表現能力の高さがあります。

物理的状態に対応する確率分布は、機械学習で用いられるデータセットに内在する確率分布と、一般には全く異なると予想されます。ところが、驚くべきことに近年、ニューラルネットワークによってその特徴を捉えることが可能であることが明らかになってきました。

状態表現のフロンティアをさらに拡張し、多体系の効率的な数値解析手法を確立することを目標に、研究を進めています。

一部について、雑誌『固体物理』にて解説記事を執筆致しましたので、ご興味があればご覧ください。

図: 熱平衡状態を表現するための深層ボルツマンマシン。

深層ボルツマンマシンによる量子多体系の有限温度計算 (Phys. Rev. Lett. 127, 060601 (2021).)

熱力学第三法則により、物理系の熱平衡状態は、絶対零度に到達不可能であることが知られています。そのため、現実に観測されうる物理現象に関して、正しい予測/検証を構築するためには、有限温度における理論/計算が不可欠です。しかし、量子多体系における有限温度状態は、基底状態以上に困難が多く、二次元系などの様にエキゾチックな物理現象が発現する領域において有力な手法はいまだに確立されていません。

本研究では、深層ボルツマンマシン (Deep Boltzmann Machine, DBM)と呼ばれるクラスのニューラルネットワークを用いて、有限温度計算を行う手法を新たに二つ提案しました。一つ目の手法では、量子-古典対応を用いて、量子多体系の虚時間発展を、厳密に再現するようなDBMの構築方法を議論しました。二つ目の手法では、変分原理に基づいてDBMのパラメータを逐次的に変化させることで、有限温度状態を効率的に近似するアルゴリズムを提案しました。いずれの手法も、無限温度から超低温度まで、多項式的な計算コストのみから非常に広範な温度領域を扱うことができます。特に後者は任意のモデルに適用が可能で、実際にフラストレート・スピン系の物性値を正確に計算できることを示しました。

なお、本研究の成果については、東大工学系研究科理化学研究所にてご紹介いただきました。

結晶系における基底状態および準粒子バンドの第一原理計算 (Commun. Phys. 4, 106 (2021).)

原子が周期的に配置された結晶系において、定量的な予測能力のある第一原理計算手法を確立することは、物質科学・計算科学における悲願の一つです。多くの科学者によって長年に渡り努力が積み重ねられてきましたが、未だに弱相関・強相関領域のいずれにおいても決定的な手法はありません。特に、波動関数型のアプローチにおいて不可欠な変分計算においては、計算量的に望ましく、かつ表現能力の高い変分波動関数の導入がボトルネックとなっています。

本研究では、ニューラルネットワークを変分状態に用いることで、ボトルネックを解決することを提案しました。ニューラルネットワークの中でも最も単純な制限ボルツマンマシン(Restricted Boltzmann Machine, RBM)と呼ばれるクラスであっても、巨視的な量子相関を表現できることが知られていますが、実際に
    1. 弱相関領域の熱力学的極限
    2. 既存手法の破綻する強相関領域
    3. 準粒子バンドスペクトル
の計算において、化学精度を達成可能であることを示しました。基底状態に関しては、グラフェンやLiHのような実在固体を含めたd(=1, 2, 3)次元結晶のいずれに関しても有効であることを実証しています。特に、図(下)に示されているように、電子間の相関のためにクラスター結合理論が破綻するような領域においても、ニューラルネットワークは量子状態を正確に表現します。また、励起状態計算においては、量子部分空間展開法と呼ばれるテクニックを用いることで、ポリアセチレン の価電子帯・伝導帯それぞれ3つのバンドを計算できることを示しました。本研究をさらに展開することで、表面反応や超伝導物質などといった系の理解が深まることが期待されます。

なお、本研究の成果につきましては、理化学研究所東京大学大阪大学からプレスリリースを行ったほか、日本経済新聞、日刊工業新聞にて紹介いただきました。

(上): 第一原理計算における計算量と精度のヒエラルキー。
(下): 水素鎖の基底状態エネルギー曲線。従来手法(結合クラスター法)が破綻する領域においても、RBMにより極めて正確な計算が可能となる。
図: 量子開放系における定常状態の密度行列を表現する変分状態としての制限ボルツマン機械。

量子開放系の定常状態の近似表現 (Phys. Rev. B 99, 214306 (2019), Editor's suggestion, featured in Physics)

内部で閉じる相互作用のために、ユニタリな時間発展により記述されるような量子系を「孤立量子系」、外界との相互作用により非ユニタリな時間発展をする場合には「量子開放系」と呼びます。いずれも特定の条件を満たす場合には、長時間の後に熱平衡状態への緩和が生ずる一方で、一般には非自明な定常状態に落ち着くことも許されます。特に近年、量子開放系のエンジニアリングに関する実験的な進展が大きいことから、非平衡定常状態に関する理解・応用を加速するためにも、理論的な探索手法の構築が急務となっています。

本研究では、制限ボルツマン機械による変分状態を「変分モンテカルロ法」という手法により最適化することで、非平衡定常状態を数値的に近似する手法を開発しました。例えばギャップの開いた孤立量子系における変分モンテカルロ法は、変分原理にしたがい、エネルギーを最小化するように変分状態を勾配法によって最適化します。目的関数を、量子開放系における時間発展の生成演算子に置き換えると、非平衡定常状態を求めることが可能となります。我々の用いた制限ボルツマン機械型の変分関数を用いると、1次元・2次元の量子スピン系における数値計算のほか、量子エンタングルメントが非常に複雑な状態でも効率的に表現できることを示しました。

なお、本研究の成果につきましては、UTokyo FOCUS東京大学理学系研究科公式youtubeチャンネルacademist journalなどのメディアでご紹介頂きました。

一般化イジング模型の熱平衡状態の厳密な表現 (Phys. Rev. E 99, 032113 (2019))

量子多体系の基底状態・励起状態・時間発展などへのボルツマン機械の応用が急速に進む一方で、古典系における応用可能性については、ほとんど調べられていません。本研究では、古典系における熱平衡状態を、ボルツマン機械により厳密に表現し、モンテカルロ・シミュレーションの高速化に応用可能であることを示しました。

熱平衡状態における各状態の重みを「ボルツマン因子」、系全体を確率分布関数を「ボルツマン分布」と呼びます。バイナリ自由度のみにより記述される系に多体相互作用を含めた、一般化イジング模型のボルツマン分布は、代数的な変形によって厳密にボルツマン機械による表現ができることを示しました。補助的なイジング自由度を適切に導入することで、二体相互作用のみを用いて元の多体相互作用を表現できることが、具体的な構成法とともに示されています。

上記の表現は、モンテカルロ・シミュレーションの計算効率向上に応用できます。一般に、多体相互作用を含む系に対してクラスター更新法を適用することはできない一方で、二体相互作用のみを用いて記述される場合には、従来の手法が適用できるためです。特に、二体相互作用および三体相互作用を含むカゴメ格子上の模型について、この手法を用いることで、強磁性-常磁性相転移近傍における臨界減衰を大幅に緩和できることを数値的に示しました。

図: p体相互作用するイジング変数(上)の熱平衡状態を記述するボルツマン機械(下)。
図: one-shotの準粒子分布による相図(上)と、統計的な対称性の回復を用いた相図(下)。

ニューラルネットワークによる状態の分類

機械学習手法による特徴抽出は、人間による認知能力を超えて、高速かつ定量的な予測を可能にします。物理状態もひとたびデータ化されれば、「顔認証」ならぬ「相認証」が可能になるのではないか、との考えに基づいた研究です。

トポロジカル超伝導体における量子相の分類 (Phys. Rev. B 97, 205110 (2018), Editor's suggestion)

スペクトルギャップの開いた絶縁体/超伝導体は、系の持つ離散的な対称性に対応した、非自明なトポロジカル不変量を有することがあります。乱れに対するロバストさ、現実物質におけるエッジ状態としての検証可能性、量子化された輸送係数との関連性など、様々な観点から注目を浴びています。

系に並進対称性が存在する場合には、波数空間表示された波動関数を用いてトポロジカル不変量を計算する手段が確立されていますが、非一様ポテンシャルなどの乱れにより、並進対称性が破壊されてしまった場合には、扱える格子が限られてしまいます。

我々は、乱れのない極限における相図を既知として、乱れのある場合に拡張する方法を考案しました。まず、既知パラメタ領域における、第一励起状態の準粒子分布を、ニューラルネットワークに学習させます。その後、乱れの強さなどのパラメタを固定して準粒子分布を多数回計算したのちに、平均をとります。これにより「統計的に」並進対称性が回復されることで、ニューラルネットワークによる識別が可能となります。

量子アルゴリズム開発

近年の量子情報処理技術の発展によって実現されつつある、誤り訂正機能を持たないようなO(10) - O(100)個の量子ビットから構成される量子デバイスのことを、NISQ(Noisy Intermediate-Scale Quantum)デバイスと呼びます。その量子性を活用することで、最先端のスーパーコンピュータでも不可能な大規模計算を実現できると期待されています。

変分量子回路による非平衡定常状態の計算 (arXiv:1908.09836)

電気伝導に代表される非平衡現象など、散逸の影響が本質的となるような量子開放系が盛んに調べられています。特に、長時間後に到達する「非平衡定常状態」は、量子デバイス設計を含めた産業応用の観点からも非常に重要ですが、NISQデバイスを用いて求める手法は知られていませんでした。

株式会社QunaSysとの共同研究である本研究では、量子コンピュータを用いて非平衡定常状態を求めるアルゴリズム"dissipative-system Variational Quantum Eigensolver (dVQE)"を提案しました。これにより、孤立系における基底状態を求める変分量子アルゴリズムであるVQEが、さらに広範な系に適用可能となりました。論文では、提案手法のデモンストレーションとして、数値計算による動作シミュレーションと、量子コンピュータの実機を用いた実験結果を示しています。特に後者では、Rigetti computing社が提供するクラウド型量子コンピュータ"Rigetti Quantum Cloud Service"を用いてdVQEによる非平衡定常状態を計算し、理論予測と一致することを確かめました。

図: 非平衡定常状態に対応する変分量子回路。密度行列(あるいは混合状態)を純粋状態によって表現している。
図: 結晶系における変分量子計算。考慮する波数に対応する結晶軌道の全てに量子ビットを対応させるため、計算量の増大が深刻である。

変分量子回路による結晶系の第一原理計算 (arXiv:2008.09492)

結晶系における電子状態の第一原理的な計算は、20世紀に量子力学の礎が完成されて以降、最も重要な問題の一つとして認識され続けてきました。その難しさの本質はやはり、多体シュレーディンガー方程式における計算量的な困難に帰着されます。ただ、物性物理で考えるようなモデルのシンプルさや、分子系における空間的局所性の描像が単純に適用できないことなどから、強く相関する結晶系においても有効な数値手法はほとんど知られていません。

株式会社QunaSysおよびJSR株式会社との共同研究である本研究では、量子コンピュータを用いて結晶系の基底状態およびバンド構造を求める手法を提案しました。周期Hartree-Fock方程式の解から定義された第二量子化ハミルトニアンに対して、古典-量子ハイブリッド変分計算を用いてユニタリ結合クラスター型の量子回路を最適化することで、結合クラスター法のような古典アルゴリズムが破綻する領域においても基底状態が計算できます。さらに、バンドが線形応答的な描像から得られることに着目すれば、一粒子励起に関する量子部分空間展開法によって、励起状態としての準粒子バンドが得られることを示しました。

一般化量子部分空間法によるエラー抑制 (arXiv:2107.02611)

量子誤り耐性を持たない量子デバイスを活用するには、量子ビットの寿命や量子操作の不完全性に由来するノイズの影響を最小化する技術が求められます。これは理論・実験のいずれの観点からも極めて重要な問題として認識されており、特に前者に関するアルゴリズムを総称して量子エラー抑制と呼んでいます。特に、量子ノイズの性質を詳しく知ることなく抑制する、いわばerror-agnosticな手段が求められていますが、ユニタリ的に作用するエラーと確率的に作用するエラーの双方を効率的に取り扱う手法は存在しませんでした。

NTT株式会社および産業総合技術研究所との共同研究である本研究では、量子部分空間法と呼ばれるテクニックを一般化することで、上記の問題を解決できることを示しました。量子部分空間法では、事後処理によって量子状態間の干渉を行うことで、実行的に変分空間を作り出します。本研究では、量子回路を複数用意したのちに干渉させると、変分空間を構成する基底を遥かに拡大することができること、これにより既存のerror-agnosticな手法の弱点を克服していることを示しました。

なお、本研究成果につきましては、東大工学系研究科MIT テクノロジーレビュー科学技術振興機構オプトロニクス日経クロステック日経新聞などで紹介されました。

図: 量子部分空間法の一般化。独立な量子状態を状態を干渉させることで、ターゲットとなるヒルベルト空間の部分空間を構成する。
図: 量子エンタングルメントの計算による、固有状態熱化仮説(ETH)の破れの検証。赤丸で囲まれた状態は、励起状態にも関わらず体積則を満たさず、非熱的なScar状態になっている。

孤立多体量子系における非平衡統計力学

Onsager代数に起因する量子多体傷跡状態 (Phys. Rev. Lett. 124, 180604 (2020)., Editor's suggestion)

非可積分な孤立量子多体系における熱化(もしくは平衡化)の条件は、ミクロな量子力学とマクロな統計力学を繋ぐ非常に重要な問題として認識され、精力的に調べられてきました。近年、異様な長時間のあいだ熱化しない実験系が発見されたことから、「一部の特異的な励起状態(傷跡状態)のみが熱化を示さない物理系」が注目を集めています。

我々の研究では、Onsager代数と呼ばれる数学的構造をもつモデルに可積分性を壊す摂動を加えることで、熱的な状態から完全に分離した部分Hilbert空間内にて周期的運動を繰り返す、完全な量子多体傷跡状態を構成可能であることを示しました。このScar状態は、さらに並進対称性を破るような摂動を導入しても、ロバストに非熱的な性質を示しますが、このように乱れに対しても安定な量子多体傷跡状態を陽に構成したのは、我々の研究が初めてです。

また、本研究に関するプレスリリースを東京大学大学院理学系研究科日本経済新聞から発表しました。

部分空間射影に起因する時間発展の誤差評価 (PRL 124, 210606 (2020), PRA 101 052122 (2020))

エネルギースケールの乖離した部分系を効率的に記述するために、Hilbert空間の次元を制限して有効模型を構築するテクニックは、物性物理、量子物理、量子化学、素粒子物理学を始めとして、広範な分野で用いられています。さらなる外場や相互作用項などを導入すると、エネルギー固有値や固有関数などの静的性質に関しては、従来の摂動法により調べられます。一方で、物理量の時間発展などの動的性質について、他のエネルギースケールを無視することによる影響を定量的に評価する枠組みは存在しませんでした。

我々の研究では、エネルギー的に乖離した部分空間を持つハミルトニアンに対して部分空間同士の遷移を持つような摂動を導入した際に、部分空間への射影の有無によって蓄積する、物理量の時間発展の誤差を評価しました。その結果、エネルギーギャップΔが十分大きい場合には、時間tに関してO(t)のようにスケールすることが分かりました。さらに、

を明らかにするとともに、数値的なデモンストレーションを行いました。

図(a): 非摂動ハミルトニアンにおいてエネルギー的に乖離した部分系PおよびQと、摂動V = V_P + V_Q + V_O。図(b): 非摂動ハミルトニアンにおけるエネルギーバンドの一例。部分空間PとQは、有限のエネルギーギャップにより隔てられている。

トポロジカル不変量に起因した輸送現象

ノードを伴う3次元カイラル超伝導体における内因性熱ホール効果 (J. Phys. Soc. Jpn. 87, 124602 (2018).)

時間反転対称性の自発的な破れに起因して、クーパー対が有限の角運動量を持つものを、「カイラル超伝導体」と呼びます。超伝導性と有限磁化の共存というエキゾチックな性質を示すカイラル超伝導性に関して、複数の検証方法が考案されていますが、中でも決定的証拠としての役割を期待されているのが、自発的な熱ホール効果です。

カイラル超伝導体の候補物質には、ノード、つまり準粒子スペクトルにおいてギャップの閉じる点もしくは領域が存在します。ノードは低エネルギーの振る舞いを一変させるため極めて重要ですが、これまで熱ホール効果への影響は議論されていませんでした。

本研究では、内因性熱ホール係数の温度に関する高次項を考慮すると、準粒子スペクトルのノード周辺における分散を反映した補正が加わることを示しました。さらに、最低次の項と組み合わせることにより、ペアリングに強力な制限を課すことができることを明らかにしました。