ミトコンドリアを特異的に染色するの2つ蛍光色素,5,5,6,6’-tetrachloro-1,1’,3,3’-tetaethyl-benzimidazolylcarbocyanine iodide (JC-1)(Molecular Probes, Inc., Netherlands)および MitoTracker Green FM(Molecular Probes, Inc., Netherlands)を使用した.これらの蛍光色素は,100% dimethylsulfoxide (DMSO) に溶解させ,使用時の DMSO 濃度は,0.1%以下となるように調整した.JC-1 は,陽イオン性の蛍光色素であり,膜電位依存性にミトコンドリアへ蓄積される.この蓄積された状態では,赤色の蛍光を示し,一方,分散した状態では緑色へ放射蛍光色を転換する.緑から赤へ蛍光放射波長が変化することにより,ミトコンドリアの局在状態をモニターでき,他の陽イオンの染料より過分極に対するその反応がより一貫しているという特性を持つ.一方,MitoTracker Green FM は,液体状では発色しないが,ミトコンドリアの脂質部分に集積された場合のみ,緑色の放射蛍光をもつようになるという特徴をもつ.
MitoTracker Green FMミトコンドリアを標識するためには 500 nM において,わずか 10 分間の染色時間で十分であった.図 1A には,MitoTracker Green FM による細胞の染色像を示している.図 1Aに示したように,JC-1と同様に,細胞表層に点在する無数のミトコンドリアと,食胞と考えられる染色像が得られた.
JC-1生細胞において, Paramecium 内のミトコンドリアを標識するためには,1.5 μM において 24 時間以上が必要とされることが判った.図 1Bと1Cに,JC-1により蛍光染色された細胞の像を示している.図 1B は,生きた細胞の染色像であるが,細胞表層に小さな顆粒状の標識と,細胞質中に比較的大きな球形の染色像が得られた.小胞のサイズは,ほぼ 5〜20 μmのサイズを持つことから,おそらくは,既存の食胞が染色されているものと考えられた(Fok and Allen, 1988).図 2C は,JC-1 染色した細胞の表層を示しているが,直径約 1 μm の小さな顆粒の染色が観察される.上述した電子顕微鏡で観察されるミトコンドリアの直径に等しいサイズである.JC-1 は投与直後に,こうした食胞に集積される傾向があり,このため,比較的長い染色時間を必要とするものと考えられた. JC-1 と MitoTracker Green FM により染色される食胞の数には違いがみられた.MitoTracker Green FM の場合が数個であるのに対して,JC-1の場合は数十個に及ぶ.一細胞中に形成される食胞の数は,食胞形成 1 サイクルに必要とされる時間 (約 30-40 min)と単位時間あたりの食胞形成率(1 DV/min)から計算すると,約 30-40 個であるので(Fok and Allen, 1988),JC-1の場合は,細胞質中のほとんど全ての食胞が標識さている事になる. Kobayashi T. and Endoh H. (2003) の報告によると,JC-1による Tetrahymena 細胞の染色においても,食胞への取り込みが観察されており,JC-1に関しては,細胞膜を通過して取り込まれるのでは無く,食胞膜を介して細胞質に導入されている可能性が推測され,このことが染色に必要とされる時間の差をもたらしている可能性が考えられた.
単離されたミトコンドリア分画の染色先の結果から得られた最適濃度を参考にして,最終濃度にして1.5 μMのJC-1を,500 nM のMitoTracker Green FMを用いて染色を行った.分離したミトコンドリアを染める場合には,しかしながら,JC-1の場合であっても長い染色時間を必要としなかった.図3には,JC-1およびMitoTracker Green FMを,室温にて10 分間処理した後,7000 x gで10 分間遠心,洗浄を3度繰り返し,ミトコンドリアを蛍光顕微鏡で観察したものを示している.観察の結果,MitoTracker Green FMで染色した側(図2A)では,ミトコンドリアはきれいに染色され,MitoTracker Green FMが集積して緑色蛍光を呈している像をはっきりと観察することができた.他方,JC-1で染色した側(図 2B,C)では,アローヘッドで示した部分に,JC-1の強い赤色発色が観察された(図 2B).JC-1は,ミトコンドリアのような膜電位をもつ小胞内部に集積された状態では赤色の発色を示し,分散した状態では緑色の発色を呈する.図 2B からわかるように,写真右肩の構造物に JC-1 の赤い蛍光が観察されるが,緑色蛍光(図 2C)はほとんど観察されない.おそらくは,ミトコンドリアに集積された JC-1 の蛍光発色と考えられる.JC-1 により染色したミトコンドリア分画を細胞内部に導入した場合,この赤い蛍光で示されるミトコンドリア分画が,細胞内消化により消化されると,一転して緑色の蛍光で観察されるようになる.