【研究代表者として採択された科研費】
R7年度~R9年度 基盤C「イネのシリカ形成タンパク質はケイ酸体形成に必須の成分か?」
R2年度~R4年度 基盤C「イネのケイ酸体に含まれる長鎖ポリアミンの同定とシリカ形成における機能解析」
H29年度~R1年度 基盤C「イネのシリカから発見したタンパク質はバイオミネラリゼーションに関与するか」
H21年度~H23年度 若手B「イネ科植物におけるケイ酸ガラス形成機構の解明」
【その他、代表者として採択された競争的研究費】
R6年度 学長プロジェクト 科研費Ⅲ「最新型の学内共通機器を用いたバイオミネラリゼーション研究分野のブレイクスルー」
R5年度 学長プロジェクト 創造的研究「脱炭素社会に向けたブルーカーボン資源(円石藻)を利用した CO2 削減基盤技術の確立」
R4年度 学長プロジェクト 創造的研究「ブルーカーボンを利用して人為起源炭素収支の減少をめざす」
R2~4年度 放射能環境動態・影響評価ネットワーク共同研究(重点研究)
図1にバイオミネラリゼーションの概要模式図を示した。バイオミネラルの最大の特徴はミネラル形成の際に働く有機マトリックスが含まれていることである。ミネラル(イオン)の取り込みから濃縮、鉱物形成制御に至る一連の流れを上に示した。
図2 イネのケイ酸体形成と機能仮説 (Sato et al., 2016 を改変)
外敵防御、光合成効率向上などケイ酸体の様々な機能が提唱されている
生物が鉱物をつくる現象「バイオミネラリゼーション」の解明が研究室の主要テーマです(図1)。バイオミネラリゼーションは、有機マトリックスと呼ばれる有機分子を活用して、生物が常温・常圧下で鉱物を合成するエコでクリーンな化学反応です。私たちの骨や歯などもバイオミネラリゼーションによって作られた鉱物(バイオミネラル)です。卵の殻、貝殻やサンゴ、甲殻類の外骨格などが知られています。どれも高い機能性を有するいわばその生物にとっての戦略物質です。バイオミネラリゼーションを解明することで、得られた知見を革新的な材料創出や脱炭素社会、循環型経済へ応用することをめざしています。
現在は秋田県の代表的な農産物であるイネを材料に、高等植物のシリカ形成機構の解明に挑戦しています。イネは籾殻と葉身に大量のケイ酸体(シリカ粒子の集合体)を形成します。イネは根からシリカの原料となるケイ酸を能動的に吸収・輸送し、地上部へと送ることが既に解明されています(図2)。その後、葉や籾においてケイ酸が重合し、非結晶シリカとなってケイ酸体が生じますが、その化学プロセスは謎に包まれています。一般に、ケイ酸は無機的な重合反応を経て、非結晶シリカになることが知られていますが、珪藻や海綿、細菌などの生物は特殊な有機マトリックス(多糖、タンパク質、ポリアミン)を活用することで、効率よくケイ酸重合とシリカの加工を行っています。ところが高等植物のシリカ形成のしくみはまだ良く分かっていません。慶應義塾大学の今井先生との共同研究によって、セルロースナノファイバーがその形成に重要であることを明らかにしました。それ以外にもまだ多くの謎が残されて言います。シリカはイネにとって重要な無機成分であり、外敵から植物体を防御するための「鎧」として、稲穂を実らせるために光合成効率を向上する「ガラス窓」として(図2、Sato et al.)、強風などの物理的なストレスに耐える「骨格」として、様々な機能を担っているという仮説が立てられています。
近年、世界的な気候変動によって穀物の収量低下が起こりうる状況にあります。世界人口の半分を支える三大穀物(イネ・小麦・トウモロコシ)は全てイネ科植物です。イネ科植物のシリカ形成の謎を解き明かすことによって、気候変動にも柔軟に対応できる品種を開発すること=食の安全保障に備えること が将来の目標です。私たちはイネの葉から扇形のケイ酸体(便宜上、ファン型シリカと呼称)を温和な条件で精製・単離することに世界で初めて成功しました(図2右上、SEM写真)。精製したケイ酸体や籾殻シリカを用いて、他の生物と同様に「シリカ形成を制御する有機マトリックス」がイネにも存在するのか調べています(東京大学・鈴木道生先生、広島大学・池田丈先生、エジンバラ大学・Fabio Nudelman先生との共同研究)。また廃棄物として処分されている邪魔者=未利用バイオマス(稲わら、籾殻)に含まれる非結晶シリカの特性解析やその新たな活用法について理工学系の研究者、自動車関連企業との共同研究を行っています。
研究テーマ1:イネのシリカ形成タンパク質の探索
イネの葉身、籾殻からケイ酸体(シリカ粒子の集合体)を単離・精製し、フッ化アンモニウム溶液で溶解させます。溶出した成分から脂質を除去し、タンパク質やポリアミン類のような水溶性マトリックスを各種分析法(二次元電気泳動、NMR解析、LC-MS/MSによる分析)によって調べ、シリカ形成(ケイ酸重合)活性を持つ成分を探索する実験を行っています。これまでに複数の候補分子を発見・同定し、抗体を用いた免疫電子顕微鏡法により、ケイ酸体内部における有機マトリックス分子の局在を調べていました。2024年、イネにもシリカ形成活性をもつ候補分子を発見し(Kazami et al., 投稿準備中)、現在は遺伝子クローニングとノックダウンによる機能解析に取り組んでいます。
研究テーマ2:高分解電子顕微鏡によるシリカのナノ構造解析
2019年にサバティカル研修で滞在したエディンバラ大学のNudelman博士との共同研究によって、クライオ電子顕微鏡(主にCryo-FIB-SEM, HAADF-STEM)によるケイ酸体内部の組成分析とナノ構造解析を行っています。従来のSEMおよびTEM観察では見ることができなかったシリカ粒子と有機マトリックスが混在(intermix)する様子が初めて明らかになりました(論文投稿準備中)。また、慶應義塾大学との共同研究で、イネのケイ酸体形成(シリカ)にセルロースナノファイバー(CNF)の存在が重要であることを世界で初めて提唱しました(Nakamura et al., 2021)。
研究テーマ3:円石藻の石灰化の分子メカニズム解明
2019年にイギリス南部・ドーバーのホワイトクリフ(白い崖)を実際に体感してきました。この感動体験を通して2007年以降、やむを得ず中断していた円石藻の研究を再スタートすることを決心しました。国内の研究者(鶴岡高専、関東学院大、東大など)や英国のNudelman博士と共同研究を推進し、地球規模の炭素固定を行っている円石藻の石灰化の分子メカニズム解明(特に炭酸カルシウム形成を促進する条件、因子の同定)に挑戦しています。15年前には実現できなかったクライオ電子顕微鏡やゲノム編集などの21世紀のテクノロジーを用いてどこまで石灰化の謎に迫れるのか、円石藻がブルーカーボン資源として世の中の役に立てるのか、大きな夢を描いています。