シカは山の恵み 鹿革は森の便り
近年、全国の山林でシカが増えており、食料となる植物の減少や生態系の急激な変化が問題となっています。日光でもシカの影響で希少な高山植物等の減少を招きました。また、森の中でもシカの口が届く範囲の植物が強い食圧を受けるため、樹木の世代交代が妨げられるなど森林の衰退も心配されています。さらに、その影響は固有の植物を生活の糧とする他の動物たちにも及んでいます。
一方で、シカがある植物を食べつくし土地が空くと、それまで土中で眠っていた別の植物が芽を出し、花を咲かせることもあります。また、シカに樹皮を食べられた大樹が枯れることで、林床に日がさし若木の成長が促されることもあります。シカは生態系の一員として、森に変化をもたらし、多様な生態系をはぐくむ役割を担う動物でもあるのです。
シカの個体数増加や分布拡大は、農林業を営む人々にとっても大きな問題となっています。以前は珍しく、かわいらしい動物だったシカも、今では害獣と呼ばれています。厳しい自然を生き抜くために植物を食べるシカの行為に罪はなく、しかし、このまま放置するわけにもいかない。人々がシカを憎むのは残念ですが、被害に苦しむ人々の気持ちも理解できる。
大きなジレンマの中で、個体数削減のためやむなしと捕獲対策に取り組みつつ、積み上げられていくシカの死体を前に誓ったこと。廃棄される命を資源として蘇らせ、シカを憎しみから喜びの対象に代える。豊かに彩る草花や鮮やかに紅葉する森の中で、いつまでもシカの姿を見られるように。シカが山の恵みとなりますように。一人でも多くの方と、ヒトとシカが共存する明るい未来を模索していければ幸いです。
2017.11
ネイチャーポジティブ のための シカポジティブ
山を降れば農業被害、山を登れば希少な高山植物を食い荒らす、山腹にいれば林業被害だと、どこに行っても厄介者として追い立てられてしまうシカ。彼らもどこに行き何を食べればいいのか、生き方が定まっていないように思えます。
人間社会にも生態系にも大きな影響を及ぼしてしまうシカたちは、今のところ森林の中で低密度の個体数で生息するよう人間による管理が試みられています。しかし、一見みどり豊かな森林も、足元は薄暗く、口の届く範囲の食糧資源は少なく。シカにとっても植物にとっても負担が大きい状況です。シカは、人間と同じくらい大きな身体を維持するのに、日々大量の草を必要とし、胃の中には緑茶の出がらしのような植物片がたくさん(例えばスーパーのレジ袋いっぱいに持つ手が痛くなるくらいの量)がつまっています。
彼らの胃袋を満たすには、効率よく光合成する草本の茂る草地が生息環境として良いのかもしれません。しかし、高温多湿な日本の気候では、草地はやがて木々がのび森林になってしまいます。かつては、大雨の度に土砂が流れ込み、木々が大きく育てない荒れ地や低湿地が山の麓や川沿いに広がっていました。荒れ地と聞くと人間の感覚では価値のない不毛の土地に思えるかもしれませんが、そんな土地を生活の場とする生き物もたくさんいただろうと思います。
近年、『自然との調和(living in harmony with nature)』を目指すべく、まずは生物多様性の損失を食い止め、回復に向かわせる『ネイチャーポジティブ』という考えが世界的に広まっています。生物の多様性を担保するには、多様な条件の環境を保全することが大切です。また、生物多様性とは単に多様な生物種、多様な遺伝子を指すだけではなく、各地の環境に適応し続けてきた生物の生き方(文化)の多様性も大切だと考えます。
ネイチャーポジティブの実現に向けては、過去にあった理想的な自然を部分的に復元するのではなく、人間が社会や企業、個人の単位で自然と豊かさを分けあう未来を考え望み、その実現に向けてアクションをとる必要があります。そして、シカのように生態系に強い影響力を持つ生物が、野生の中で安定的に暮らし、豊かな未来の生態系を構成する一員となるようサポートする必要があると考えます。MOMIJIKAは、そのような『シカポジティブ』な状況を実現できるよう、小さな手ごたえを積み重ねながら、自然との調和を目指します。
2024.08