オレさまに挑んだダンデへ
オレさまは今、自室でこの手紙を書いている。久しぶりに一人の夜だ。お前がちょっと前に「暇になると静かで怖い」って言ってたの、分かるわ。クリスマスからこっち、ずっと目まぐるしい日が続いてたから……なんて、らしくない弱音吐いちまったな。でも、お前にも責任はあるぜ。今日の手紙にはその辺のことをひとつずつ書いていこうかと思う。お前の嫌がる、ちょっと懺悔めいた文章になるかもな。でも許してくれよ。オレさまが我儘だったって反省して、ちょっとでも誠実なところ見せて挽回しようとしてんだから。情けないのはご愛敬でさ、ちょっと付き合ってくれよ。今日の手紙はとびっきり長くなるだろうからな。
まず大前提の話をしなきゃな。皆を驚かせるつもりはないんだけど、実はダンデの恋人ってオレさまのことなんだ。驚かせてごめんな。でもどうしても誰にも言いたくなかった。それはダンデとオレさまが男同士だからカミングアウトが怖かったとかじゃないんだ。もっと個人的で、それで卑怯で卑屈な理由でオレさまは今まで公表を拒否してきた。じゃあどうして今になって名乗り出る気になったかって言うと、この前のクリスマスにダンデにプロポーズされたからだ。それで、オレさまは最終的にYESと言った。結婚するなら皆に報告しなきゃいけないって、それでこうしてこの文章を書いているワケだ。
クリスマスのデートはたぶん一生忘れられないだろうな。ダンデの家に行って、二人で料理を作った。でもそんなに手の込んだものじゃないぜ。簡単なスープとサラダ、厚切りのステーキ肉を焼いて、市販のソースとポテトを添えて、お気に入りのパン屋のブレッドと一緒に食べたんだ。デザートには王室御用達の店のプディング。普段は使わないようなちょっと洒落た柄のテーブルクロス敷いて、中央にキャンドル灯して、それでワインで乾杯した。他の飾り付けはあのホームパーティーのままだった。ツリーに巻き付けた電飾がちかちか光ってるのを見ながら、「あの日は楽しかったよなあ」って言い合ってたんだ。ぽつぽついろんな話をしたよ。その年の楽しかったことをいろいろ。スタートーナメント。タッグバトル。それからこの連載で締切に追われてひーひー言ってんのも楽しいって言い合って笑った。それからハロンの収穫祭。あのバンバドロがいなかったら、あの坂を上り切れなかったなって。ダンデの家族からの嬉しい贈り物。年末近くにはポケモンを洗って、買い物に行った。イルミネーションが見れなかったのは残念だった。ホームパーティー。ポプラさんのクリームコロッケ。ヤローのギター演奏。ボードゲーム。楽しいことばっかりだって二人で笑った。来年もまた楽しくなるだろうって、二人して今からワクワクしてたよな。
来年の目標も言い合った。新しい戦術を練ってダンデに挑む。ミントの大規模栽培がしたい。畑の野菜をもっと美味しく育てる。ハロンの収穫祭に出る。旅行もしたい。来年こそはイルミネーションを見に行く。バトルタワーの挑戦者を増やす。来年ももちろんジムリーグで1位の成績をキープする。またどこかでホームパーティーをする。みんなを呼んでボードゲーム大会をやる。そんなことも言ったよな。でも一番オレさまとダンデが楽しみにしているのはやっぱりダンデとのバトルだ。来年もその先も、オレさまはスタジアムでダンデに立ち向かっていきたい。そうしてダンデの強さを、それからオレさまの強さを証明したい。皆の目に焼き付けていきたい。そんなようなことを言ったと思う。酒が入ってから、自分がなに言ったかは曖昧だな。ダンデが何言ったかはほとんど覚えてるんだけど。ダンデはオレさまがあれこれ目標を上げていくのを嬉しそうに聞いてたよ。時々は自分の目標も言ってくれたけど、でも腹の中じゃオレさまにも言ってない企画があるんじゃねえかなって疑ってた。だって、スタートーナメントなんてデカいこと隠されてたんだぜ。それを思うとさ、ダンデが今どんなふうに先を見てるのかちょっと分かんないところもあるわけだよ。だからってワケじゃないと思うけど、レコーダーでスロージャズ流しながら、ときどきふっと突然無言になったりした。
食事が終わったら、ダンデに出来上がったアルバムを見せてもらった。見事にホームパーティーの写真しかなくて笑っちまったけどさ。それで、どう贔屓目に見てもオレさまの写真が多いわけ。半分以上オレさまが映ってる写真で埋め尽くされててさ、自分が映ってるのはほんの数枚なんだよ。それ見て「うわ、お前、もうちょっとあるだろ。露骨すぎ」ってオレさまが言うとさ、「俺はキバナが楽しそうにしている写真を1枚でも多く残したいんだよ」って恥ずかしげもなく言っちゃうわけ。真っ直ぐオレさまの顔見て、そういうこと言うんだよダンデって。オレさま、そういう直球に弱いんだよ。何年も付き合ってるけど、どうしても慣れない。駄目なんだよ。なんか、変に照れてどう返せば良いか分からなくなる。オレさまが視線外して黙ってるとダンデはにやにや笑って「照れてる」って茶化してきた。普通にムカついたから脳天に軽くチョップ入れといた。
ダンデの作ったアルバムの中は、オレさまを差し引いても皆が楽しそうにしてる写真ばっかりだったよ。取り出して裏を見て見ると、あの日の日付と映ってる人の名前、それから注釈みたいな感じでさ「ボードゲームに夢中」「暖炉で歓談」とか書かれてんの。その書きぶりがハロンのダンデの実家で見せてもらったアルバムそのままで笑っちまったよ。それから、オレさまが送った招待状もちゃんとアルバムに入れてあった。願ったとおりにしてもらえると嬉しいもんだな。
アルバムをいろいろ見ていったらさ、マサルとホップがパートナーたちとクリスマスソングを歌ってるところが出てきたんだ。それ見てたらオレさまもパートナーたちとやってみたくなった。パートナーたちにジングル・ベル歌ってくれってお願いしたら、案外みんなノリノリだったよ。ロトムが伴奏流してくれて、オレさまとパートナーみんなで歌った。練習もナシだから音程もリズムも酷いもんだ。もうな、おかしくってゲラゲラ笑いながら歌ってたな。パートナーたちもにこにこ笑ってた。見ていたダンデはなんか苦笑いしてたけど。でもダンデのリザードンはちょっと興味がありそうだったな。クールに装ってても鼻の穴がぴくぴく動いてたからきっとジュラルドンと一緒に歌ってみたかったんだと思う。パートナーって変なところで飼い主に似るよな。こんなところでダンデに似なくっても良いだろうに。いやあ、笑った。オレさまが爆笑してた意味をダンデもリザードンも分かってないだろうけどさ。でもこの癖のことを教えて気にし始めちゃったら嫌だから直接は言わないでおく。
それから、二人用のボードゲームをした。ダンデが新しく買ってきたんだと。よっぽど皆でボードゲームしたのが楽しかったんだろうな。基本的に負けず嫌いだからゲームにハマりやすいんだよ。
ボードゲームを何試合かしてから、プレゼントを渡した。オレさまからはグローブと時計。グローブはユニフォームの方じゃなくて、バトルタワーで着てるやつに合わせて作ったやつだ。見た目的には普通の手袋なんだけどな。最近じゃ挑戦者たちの昇格試験もかなりハイレベルになってきたみたいだし、そろそろ必要かと思ったんだ。ダンデの皮が分厚くなった手は嫌いじゃねえけどさ、でもやっぱりあった方が良いだろ。それから、時計はガラル製のやつ。最近はユニフォーム以外でテレビに出ることも多くなったから、こういうのを一つ持っておくと便利かと思ってさ。そんなに高いものじゃないし、オフの時でも十分使えるようなのを選んだつもりだ。ダンデはプレゼントを開けて嬉しそうに笑ってくれた。
ダンデは、プレゼントを渡す前にオレさまの手を引いて暖炉の前に連れて行った。そこで跪いて、それから小さな箱を取り出したんだ。中身はペアのリングだった。石も何もついてない、シンプルなゴールドのリングだ。驚いたよ。こういうアクセサリーの贈り物は2回目だ。一度目は、オレさまがいつもしているピアスだ。これは付き合い始めたときに渡されたやつだ。あの頃はファッションに合わせていろいろ付けてたんだけど、「公表できないならせめて付けてくれないか」って言って渡してきた。
ダンデは跪いた格好のままオレさまを見上げて、手を握った。それから「俺と結婚してくれ」ってはっきりと言った。暖炉の火が揺れるたびにダンデの瞳も揺らいで見えて、泣きそうになってるのかと思った。
―――それで、オレさまはすぐに返事が出来なかった。
ダンデって、ずっとオレさまと一緒にいるだろ。これは自惚れとかじゃなくて、事実として。友達でライバルで恋人で、どの立場でもオレさまにはダンデの隣に立てる権利がもうあるんだ。
でもさ、裏を返せばこれってダンデの可能性を狭めてきた元凶なんじゃないかとも思うんだ。ダンデって――――まあ有体に言えば友達少ないだろ。オレさま、そこそこっていうかかなりの確率でダンデと一緒にいるけどさ、最近じゃジムリーダー連中と幼馴染のソニア博士、チャンピオンのマサルくんくらいしかプライベートで話してるところ見てねえもん。チャンピオンやってるときだってそこにローズさんとオリーヴさんが加わるくらいで、交友範囲がめちゃくちゃ狭いんだよな。顔は広いんだけど、チャンピオン時代の癖であんまり踏み込ませないオーラ出てるって言うのかな。まあとにかくそういう感じなんだよ。
で、その踏み込ませないオーラ出てる一助になってんのが四六時中一緒にいるオレさまなんじゃないかなーって思うんだよ。だって考えてみろよ。ダンデとちょっと世間話でもして親睦を深めたいなって思ってても、高確率でオレさまが横にいるんだぜ。そうじゃなくてもオレさまのこと友人で最高のライバルって公言してるしな。そんなヤツと一緒にいるときに喋りかけるのって、ちょっと気が引けたりしねえ?それでさ、そこから更にオレさまとダンデが付き合ってまーすって言い出したらどうだ?話しかけにくいとかじゃなくね?もう話しかけるなってことだろうなって思われてもしょうがないやつじゃんか。事実がどうあれ。だから恋人だって公言するのは嫌だったんだ。ダンデが他の人と関わる機会をちょっとでも増やしたいから。
それでさ……、まあこんなん書くと性格悪いのバレるって分かってるんだけど。でも書く。しょうがないから。話が進まないから。
オレさまとしては、そうやってダンデの人生の大部分をオレさまで占めてんのがちょっと優越感あったりするわけ。さっき独占しちゃって悪いなとか思ってただろ、矛盾じゃんって言われたらハイそうですとしか言えないんだけどさ。でもオレさまとしては普通に両立しちゃってるんだよ。
だって仕方がないだろ。オレさま、どうしようもなくダンデが好きだ。愛したいって頑張ってる。でも愛って難しいよな。どうしても自分勝手になって、相手を思いやれない。愛ってさ、思いやりじゃん。無償のものじゃん。そういう綺麗なもののはずじゃん。でも、オレさまがダンデに対して抱いてるのはそういうものだけじゃないんだ。独占したい、どこにも行かないで欲しい、自分を見て欲しい。そういうのはさ、愛じゃないと思ってんの。もちろん好きではあるんだろうな。でも愛よりももっと子供じみてて身勝手な感情でさ、言っちゃえば我儘なんだよ。そういうオレさまの我儘にダンデの人生を付き合わせちゃいけないと思う。まだ愛に至れないオレさまは、誰とも結婚するべきじゃない。
ずっとさ、自信がなかったんだ。オレさまはダンデが好きだ。誰よりも何よりも好きだって胸を張れる。でも愛してるかって言われたら困るんだ。だからずっと誰にも言えなかった。公表する気になれなかった。こんな生半可じゃ駄目だって思ってさ。そういう理由で今まで逃げた。卑怯で卑屈な理由だろ。笑えよ。
オレさまもさ、頑張るんだぜ。ダンデのためになることをしようって。だから交友範囲を広げて欲しいっていうのはその一つなんだよ。でもダンデといるとどうしても独り占めして、いいだろう、オレさまのだぜって見せびらかしたくなっちまうんだよ。違うのにな。本当はこういうの良くないと思うんだよ。ちゃんとそれは分かってるんだ。でも上手くできない。上手くできるようになったら、オレさまからプロポーズしようと思ってたんだ。だから、ダンデにプロポーズされて頭が真っ白になった。返事が出来なかった。
ダンデはオレさまが返事をしないから不安になったんだろうな。「キバナ?」って優しくオレさまの名前を呼んでくれた。オレさまはとりあえずダンデを立たせて、それから食事をしてた席に戻った。それから長い話をしたよ。大体はもう書いたから良いかと思う。
「だから、オレさまはまだダンデと結婚しちゃダメだと思う」って答えで結んだ。だってそうだろう。結婚は愛し合う者同士がするものだ。オレさま、まだダンデのことをちゃんと愛せてないのに、一足飛びに結婚しちゃうのは良くないと思ったんだよ。でもさ、ダンデは心底不思議そうな顔して首を傾げたんだ。それで「別に良いんじゃないか?」って言ったんだ。「俺だって同じだ。君を独り占めしたいし、見せびらかしたい。今だって散々、良いだろう、俺のキバナは素敵だろうって触れ回ってる」「君の言う愛は難しいな。難しすぎるから、結婚してから育んでいけば良いんじゃないか?」「なあ、キバナ。俺と結婚しようぜ。そうしたら、これは俺のだって世界中に触れ回れて、みんなから羨ましがられるぜ」って。悪魔みたいな話ぶりだよ。人がお前のために頑張ろうとしてんのにさ、それをあっさり否定して、結婚しましょうなんて。
それで散々口説かれて、それで最後の最後に「キバナ、俺の人生欲しくないか?今結婚しとけば、俺の人生はほとんど君のものだぜ」って言われたよ。それで、オレさま迷いに迷って「ダンデと結婚する」って言っちまった。ダンデの全部が欲しい。みっともなくて意志薄弱でカッコ悪いけど、でもどうしても欲しかったんだ。こんなの他の誰にも分かんないと思う。でもダンデ、お前ならきっと分かってくれると思う。だから素直に書くんだ。
ダンデ、お前のこれからの人生はオレさまが全部もらう。覚悟しておいてほしい。オレさま、これでもずっと我慢してたんだぜ。ずっと言いたかった。この男はオレさまのなんだぜって、皆に言いふらしたかった。結婚して公表するって決めたんだ。もうオレさま我慢しないぜ。どこでだっていつだって誰にだって、ダンデのことが好きだって言う。ダンデにはこんなに素敵なところがあるんだぜ、知らなかっただろうって自慢しまくるからな。覚悟しておけよ。
お前が今は愛じゃなくていいって言ったから、お前のことを好きなままでオレさまは生きていく。独り占めして、見せびらかして、自慢する。思いやりも持つように努力はするよ。そうやっていつか愛になったらいいと思ってる。でも、最後の最後まで結局愛にはならないかもしれない。……そうなっても後悔するなよ。最後まで付き合ってくれ。オレさまも、お前の人生に付き合うから。
腹をくくったキバナより