俺の家のオーブンを見事手懐けたキバナへ
クリスマスおめでとう。今日はクリスマスだ。俺は恋人とデートをする前にこれを書いている。この前のホームパーティーは盛況だったな。俺も随分楽しませてもらった。写真もたくさん撮ったな。それで、キバナの言うとおりアルバムを作ることにしたんだ。写真を整理していたら、君に手紙が書きたくなったよ。それで、どんなに楽しかったか伝えたくなった。だから今回はあのパーティーのことを書いておこうと思う。こういうとき、雑誌に掲載されると自分の忘備録代わりにもなるから良いな。俺は少しずつこの手紙の書き方が分かってきたぜ。まあ、巧く書いてるかどうかって言うと別問題だけどな。
ホームパーティーには招待した皆来てくれて嬉しかったな。マサルくんとホップ、ジムリーダーの皆、ネズ、ポプラさん、ピオニーさんに娘さんまで来てくれたな。皆手土産につまみを持ってきてくれて、机に乗り切らなくなってしまったよな。マサルくんが燻製ヤドンテール、ホップは母さんの作ったカップケーキ、ネズがチキンとオードブル、ポプラさんがクリームコロッケ、ピオニーさんが大量のピクルス。
ポプラさんのクリームコロッケはお手製だったんだが、これがまた絶品だったな。クリームからは旨味がじゅわっと出てきて、衣がサクサクで本当に美味かった。キバナとメロンさん、それからピオニーさんがレシピを教えてもらいながら必死にメモしてた。ポプラさんが皆に囲まれながら嬉しそうにしていて良かったよ。なんでかビートくんも誇らしげにしていたのは面白かったな。
飾り付けも皆に好評で、担当した俺としては安心したよ。ツリーが大きいってマサルくんとホップがはしゃいでいたのが微笑ましかったな。デカいツリーを買った甲斐があったよ。キバナよりも背の高いツリーなんてショッピングモールでしか見ないだろうと思ってたんだが、まさか自分が買うことになるとはな。さすがに一人暮らしの男がこんな馬鹿みたいにデカいツリーを家に飾るのは抵抗があったんだが、そんなのは杞憂だったよ。あの飾り付けは誰がやったんだ、これはどこで仕入れたんだって労わりながら聞いてくれるんだ。特にメロンさんは「我が家のクリスマスパーティーも今年からこういう感じにしちゃおうか」ってマクワくんに振ってたのが、本当に嬉しかった。マクワくんは「良いんじゃないですか」って素っ気なく返していたけど、でも俺はメロンさんのこの言葉が本当に嬉しかったんだ。頑張った甲斐があったと思ったんだよ。みんな良い人たちだ。おかげで気持ちのいいパーティーになったよ。
そうそう、暖炉の靴下はキバナが毎年一つずつ編んだやつだって言うと、みんな驚いていたな。マリィくんやルリナは手に取ってまじまじと網目を眺めて唸ってたっけ。「既製品と区別がつかないですね」って、ルリナはなんでか悔しそうに言っていたな。キバナは凝り性で器用だから、こういうのが得意なんだ。でも飽き性でもあるから、毎年靴下を片方だけ編んで飽きるんだけどな。おかげで俺は片方だけの毛糸の靴下が六枚くらいあるんだ。しかも全部柄や色が違う。今年の分も加えて七枚暖炉に吊るしてみたんだが、吊るすだけでカラフルで賑やかになった。毎年どうしたもんかなと思ってたんだが、今年は活用法が出来てよかったよ。
後は……カブさんからは「ヒイラギ飾りはないんだね」と言われたよ。聞かれて、ちょっとドキッとした。考えなかったわけじゃない。定番だしな。でもキバナは仕事仲間を慰労するためにパーティーを開いたんだと思っていたから、そういうのは相応しくないかと思ったんだよ。それに顔見知りばかりでそういうことをするのも気まずいかと思って。……そもそもヒイラギ飾りをカブさんは意味が分かって言ってたんだろうか?結局どう返事をすべきか分からなくて笑って流してしまったんだが、今でも時々ふとカブさんの真意を考えるんだよ。まあ、答えなんか分かんないんだけどな。
キバナにプレゼントしたレコーダーは、この日は一日中大活躍だったな。食事の時も、それ以外の時もずっと誰かが何かを流していた。ポプラさんが歌姫のクリスマス・ソングを選んだのは驚いたよ。ハイテンポなポップスなんだが、軽妙に歌まで披露して頂けたな。ヤローはアコースティックギターを持ち込んで一曲披露してくれた。「ネズさんの前で披露するのはお恥ずかしいんだけどなぁ」とか言いながらかなりの腕前だったよ。それからマサルくんとホップのパートナーたちによるクリスマス・ソング。あれも良かったよ。ほとんど音程もリズムも合ってなかったんだが、皆が楽しそうに肩を組んで体を揺らしているのを見ていると心が和んだよ。
子供たちへのプレゼントだけれど、みんな喜んで貰ってくれたよ。中身はボードゲームにしたんだ。マサルくんがホップ以外とそんなに仲良くないとか、タッグバトルに誘いづらいとかぶつぶつ言ってたしな。それならこれを機会に親睦でも深めたらどうかと思って。
あまり時間のかからないものを選んだつもりだったんだが、説明書を読んでみて驚いたな。なんだか複雑な世界観が下敷きになっているものもいくつかあったんだよ。ハンターとシャドウとニュートラル陣営に別れて、それぞれの目的を達成するために行動するとかなんとか。驚いたよ。一応箱に書いてある概要はザッと読んで選んだつもりなんだが、ルールのインプットが物凄く時間が必要だったりして大変だった。他にもカレーを作るためにスパイスを集めるとか、素材を集めて街を発展させるゲームとか色々だ。子供たちに付き合う感じで大人も混じってたんだが、これが結構熱くなった。クララくんやセイボリーくんとプライベートで話したのはほぼ初めてだったんだが、彼らも楽しい人たちだったよ。頭に血が上ると急に口が悪くなるところも含めて楽しい人たちだった。おかげで彼らがいると楽に勝たせてもらえたな。まあジムリーダーなんて言うのは全員漏れなく負けず嫌いだしな。なかでもオニオンくんは何をやらせても強いんだ。彼は「運と、あとは皆さんが素直なので……」って謙遜していたけれど、本当に誰も彼に勝てなかったな。意外な才能だった。マサルくんはこのパーティーのなかで少しは喋れるようになったのか、解散する頃にはすっかりいろいろな人に話しかけるようになっていた。俺のプレゼントが少しは役に立ったみたいで良かったよ。
そうだ。これは蛇足なんだが、ボードゲームのルールを読み上げているとき、なんとなくリーグ大会のレギュレーションを詰めているのに似ていると思ったんだ。キバナ、頼むから笑わないでくれよ。なんでも仕事に繋げるって思ってるんだろ。違うんだ。もうちょっとだけ黙って読んでくれ。たとえば、曖昧な表現のルールがあったとする。「山札から3枚引く。この時プレイヤーは手札を捨ててもよい」みたいな感じの文章だ。そうすると誰かがストップをかけて、「じゃあ捨てないという選択も出来るのか?」って話になる。それはそうだ。当然、皆で検証して結論を出さなくちゃいけない。「そもそも手番終了時に5枚以上の手札を持っていたらバーストする。手札が5枚になるまで捨てろと言っているぞ」「いやいや、まだ手番が終わったわけじゃないからバーストは適応されないだろう」「いや、山札を引いてる時点で手番のフェーズは終了しているから、」みたいな調子だ。やりすぎると子供たちが飽きて「早くやろう」と言い出すんだがな。でもこういう議論、俺は結構好きだったな。
こういうのは基本的なことだって君は言うだろう。でも大事なことだと思ったんだ。お互いに勘違いがないように、ひとつひとつ確認していくって大事だろ。プレイをしている時だって、手札によってはふと「こういうことが可能なんじゃないか?」って思ったりするだろ?「今この瞬間なら無限コンボでひとり勝ちが出来る。ルール的に制限がかかってなかったけれど、やっても良いのか?」ってな。黙って勝ったら顰蹙だ。あとで「ルール的には問題ないだろ」って言っても空気が悪くなる。そこで手を挙げて、相談する。そうすると皆気持ちよくプレイ出来る。そう、ルールってお互いが気持ちよく楽しむためのものなんだよ。だから皆で相談して、ああでもないこうでもないって言い合うのが大切なんだと思う。これはボードゲームとかバトルとか、そういうの以外でも言えることだよな。
俺がこういう議論が好きって言うのもあるけれど、もっと嬉しかったのは皆が発言してくれたことかな。あの場では、皆が反論も同調も気軽に言えたんだ。会議室でマイクを片手に壇上で今季のレギュレーションの変更点を伝えたときとは全然違ってた。みんな無言で、殺気すら感じさせるくらいの気迫でメモを取っていたよ。今期の成績がかかってるんだから聞き漏らしは命取りだけど、それにしたって必死すぎるだろう。質疑応答の時間になったら矢継ぎ早に色々聞かれるんだけどな。議論になる感じじゃない。でも、あのパーティーでは疑問が出た瞬間に声を上げられたんだ。今まではレギュレーション発表のあのピリピリした空気が当たり前だったけど、でも俺の努力次第でもっと変わっていけるんじゃないかって思ったんだよ。もっと皆を巻き込んでいけたら、スタジアムをもっと楽しくバトルを魅せられる場所に出来るのかもしれないって思ったんだよ。俺はそういう努力がしたい。そのためには、気軽に声を上げられる場所にすることから始めないといけないな。
ちょっと脱線したな。こうして振り返っていると、際限なくあれもこれもと書きたくなるから仕方ない。
そうそう、キバナ。美味い料理をありがとう。やっぱり君のヤドンテールのワイン煮は最高だ。時間がかかるから偶にしか作って貰えないけれど、でも君の作ったあれだけは毎日食べても飽きないだろうな。企画も素晴らしかったよ。お疲れさま。君はホストとして皆に気を配りっぱなしだったな。飲み物の準備、料理の配膳、それから楽しいおしゃべりを提供して。こうして書き出してみるだけでも大変そうだと思うんだ。でも、そうして大変そうにしている君はいつだって輝いてる。それを見ているのが好きだ。人の輪に混じって大きな口を遠慮なく開けて笑っているのを見ていると……なんて言うんだろうな。不思議な気分になるんだ。穏やかな気分なんだぜ。でも、ときどき涙が出そうになる。変だよな。これをなんて言えば良いんだろう。ずっと考えてるんだ。でも、まだ答えは出ない。いつか君にこれが何かを教えれるようになるんだろうか。なると良いよな。
本当に楽しい会だった。この日を忘れたくないと思ったよ。こういう日があったんだって、いつか振り返れたら素敵だと思ったんだ。だからホームパーティーの写真を中心にアルバムを作っているんだ。キバナから言われたから、少しずつ進めてるぜ。パーティーの招待状もきちんとアルバムの中に入れた。アルバムを作るなんて、実家にいた頃にしかやってなかったから手探りなんだけどな。キバナのアルバムを参考にしようと思ったけれど、君のはほとんどスクラップと同じ状態だった。写真に直接ペンでメモがしてあったり、時にはシールが貼ってあったりな。ちょっと俺には真似できないなと思わされた。俺は写真にペンを入れるのはサインだけにしておきたいんだ。仕方がないから、俺は俺なりの方法で写真を整理しているよ。つまり、祖父母や母と同じやり方だ。写真の裏側に、誰が映ってるか、どんな状況かをえんぴつで書き込むんだ。それに、ちょっとした感想みたいなことを添えても良いかもな。こうしておけば、俺以外の人が写真を見てもひっくり返せば分かるだろ?
さて、そろそろ出かける時間だ。今日は恋人ととびっきりの時間にしようと思うんだ。二人で料理をして、食事をして、それからプロポーズする。あんまりロマンチックにはならないかもしれないけれど、恋人なら許してくれるかと思って。
……駄目だな、緊張してきた。文字が震えてまともに書けやしない。少し怖い。恋人はYESと言ってくれるだろうか。NOとは言われないと思うけれど、それは恋人次第だからな。
どうか祈っていて欲しい。成功するようにって。この場合の成功は恋人からYESを貰うことじゃなくって、俺がきちんと恋人にプロポーズできることだ。今からこんなに文字が震えるんじゃ、きっと本番は声も震えるんじゃないかって今から怖いんだ。そんな情けないプロポーズは嫌だからな。キバナ、俺に勇気をくれ。俺に一世一代の覚悟をくれ。結果がどうなっても結果はちゃんと報告するから。それじゃあ。
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