ゆるしてくれたキバナへ
久しぶりに筆を執る。本当はクリスマスを過ごしてすぐに次の手紙に手を付けてたんだが、君の手紙を読んで初めから書き直したくなった。とは言っても、全然書くことなんか決めてないんだけどな。この前の長い手紙を何度も読み返しながら、長い冬の夜が明けようとしている。君と過ごさない休日は寂しいと言ったときがあったが、最近は寂しさに拍車がかかってる。平日でも君がいないと家がひどく広く感じるんだ。帰宅してから、暖炉で火が爆ぜる音を聞きながらぼんやり過ごしていたりする。その間ずっと君はどうしているだろうと考えてるんだ。ようやくキバナを恋人だと公言しても良い立場になったけれど、実は自慢している暇がなかったりする。来客はひっきりなしだし、お祝いを頂いたりもしてその対応にバタバタしたりしてな。
一番に来たのはネズだったよ。勤務中に押しかけてきて、「傑作が出来たから聞きんしゃい」だと。それで、スマホロトムに入れてたデモ版を聞かせてきた。歌詞はほとんどなくてメロディだけだったけどな。時々「ファック!」「コングラッチュレーション!」って言うシャウトが入ったけど、それ以外は全部ハミングだった。仮のタイトルは「ファッキン・コングラッチュレーション」だと。書き下ろしたから俺たちの結婚式に流せと言ってきたよ。俺は音楽のことは丸っきり分からないが、一度聴いたら不思議と頭に残るメロディだった。でもタイトルがな……ふざけんなはこっちのセリフだ。これを結婚式で?冗談だろう。どんなにネズの傑作でも御免被る。「それは祝ってるつもりなのか?」って聞いたら、「ロックンローラーの全力の祝意ですよ」だとさ。頭に来たから執務室から放り出しておいた。ついでに当分はバトルタワーを出禁にした。たまにスパイクタウンから出てきたと思ったらこれだ。あんまりにも自由で恐れ入るぜ。
それからソニアからは物凄い数のコールが来た。電話に出たら出たで「プロポーズの時は相談してって言ったじゃん!」だの「キバナさんにちゃんとフォロー入れてるんでしょうね?」だの「あっ、ごめんとりあえずおめでとう!だけどホントに大丈夫なの!?」だの。あんまりにもうるさいから「落ち着いて祝う気になってから掛け直してくれ」と言って三日ぐらいブロックしておいた。他にもいろいろな人が訪ねてきてくれてたから長電話に付き合ってる暇がなかったんだよ。
まあ勢いこそソニアほどにはなかったけれど、大体の人から大丈夫かとは聞かれたな。いや何がだ?って思うんだがな。別に今までと変わらないだろ。俺の横にキバナがいて、キバナの横に俺がいるだけだ。まあ関係性に婚姻が加わるが、それは当人同士の話だしな。変わるとしたら、お互いに遠慮がなくなるだけじゃないか?今までは一応、付き合ってませんよと言う体でいたから我慢してたけどな。でももうその我慢も必要もなくなったし、好きにやれるから気が楽になったくらいだ。
ジムリーダーの集会でキバナと一緒に「驚くかもしれないが、実はキバナと付き合ってるんだ。今度結婚もする」って報告したんだ。そしたらマリィくんには「それ、本気で言ってると?」って聞かれてしまった。どうやら筒抜けだったらしいぜ。ビートくんも若干引いた顔してたんだが、どうしてだろうな。俺たちあんなにセーブしてたのに、なんで皆知ってるんだろうな。不思議だな。
冗談はともかく。挨拶回りも大体終わって、今は婚約期間を楽しんでる最中だ。大手を振っていろいろと出来るから良いな。服を買うのも、デートスポットに行くのも誰の目を気にするでもない。こっちを見てる人に手を振って、キバナを抱き寄せて見せびらかしたりしている。キバナには窘められるんだが、そのときの「こら」って言う声が好きなんだよ。子供に言い聞かせるみたいに優しくて甘い「こら」だぜ。それで、それを無視してぎゅうぎゅう抱き着き続けると「こーら、ほら離せって」って言うんだ。その時の困ってない空気が嬉しいんだ。良いだろう。俺のだぜ。
そうそう、イルミネーションデートもリベンジしてきたよな。どうしても今年のホリデーシーズン中に行きたかったんだ。何にも見れずに帰ってきたとき、キバナがちょっと泣きながら家でイルミネーションの動画見てたのを知ってたからな。だからGPの編集さんを巻き込んで一芝居打ったんだ。この連載を担当してくれてる編集さんは原稿を読んで俺たちのことを知ってたからな。好きなだけ撮って良いって条件でカメラさんと編集さんを連れて、いかにも撮影ですよみたいな顔して二人で腕を組んでデートスポットを歩いて来た。楽しかった。耳まで凍るかと思うような寒さだったが、キバナが鼻を真っ赤にして笑ってる顔を見ていたら全部吹き飛んでいったよ。イルミネーションの中ではしゃぐキバナを見れて良かった。イルミネーションって不思議だな。いつも綺麗だと思って見ていた恋人を何倍も素敵に見せてくれるんだから。皆がこぞってイルミネーションを見に行く理由が分かったよ。正直な話、どうしてこんな寒い時期に夜に出歩くんだと思っていたんだが考えを改めた。毎年でも行きたいな。
基本的には二人で腕組んで歩いていくだけだったんだが、人の目が多くなってくるとカメラさんが近くに来てポーズを要求される。要求されるままお姫様だっこして回ったりしたけど……今考えるとあれ必要だったのか?いや、出来上がり見たらよく撮れてたからプロはすごいなと思ったけどな。出来上がりとしては……自分の写真は見てられなかったな。どれもふわふわデレデレした顔をしていて、これはファンには見せられないと思った。キバナも自分の写真に対してそう思ったんだろうな。結局俺とキバナが全部の写真を買い取ることになった。まあ最初から買うつもりではいたんだ。最初から撮っても良いけど載せて良いとは一言も言ってないしな。おかげでもう一つアルバムを作ることになったよ。キバナも俺とは別に作ったから二つか。俺のアルバムの方にはキバナばっかりで、キバナのアルバムの方には俺ばっかり選ばれてる。キバナは直接カラフルなペンでいろいろ書き込んでいくけど、俺はえんぴつ一本で写真の裏側にちまちま詳細を書いていく。隣同士で同じ作業してるはずなのに、完成品が全然違うものになって笑ったな。交換して見せあって、「お前、オレさま大好きじゃん」って言われたのには大笑いした。知らなかったのか?それこそ今更だぜ!
生活も少し変化があった。一週間のうちの何日かはキバナが俺の家に泊まることになったんだ。お互いパートナーたちが多いからな。結婚して引っ越しして家族が増えて、そんなに急に環境が大きく変わったんじゃパートナーたちが戸惑ったりストレスを感じたりするんじゃないかって話し合ったんだ。これはキバナと俺のためでもある。お互いに生活のペースを少しずつ理解し合う期間が必要なんじゃないかって思うんだ。家の広さの関係で、キバナが俺のところに泊まりにくることになったってわけだ。言ってしまえば半同棲状態だな。
キバナは泊まりに来るたびに私物を増やしていく。初めは寝具類だったな。それからパートナーたちが使い慣れてるオモチャを何個か。次に匂いのついた毛布、衣類を何着か、靴、歯ブラシなんかの衛生用品。ひとつ増えるたびに、俺はちょっと嬉しかったりするんだ。ここでキバナと暮らすんだ。キバナとの結婚生活はきっとワクワクするだろうなって。これまで我慢していたことはもう全部いらないんだって実感できる。今まではときどき泊まって行くことはあっても消耗品の類の私物を置くことは控えていたからな。その辺りがキバナなりの線引きだったんだろう。でもそれが取っ払われていくのが嬉しい。叫び出したいくらいに幸せだぜ。
半面、生活面ではいろいろ衝突したりもしてるんだけどな。「トイレにスリッパを置け」と言われた時は理解不能だった。自分の家で使うものか?俺は使わない。実家でも使ってなかったしな。うちはトイレ掃除をすると小遣いが貰える制度だったから俺とホップで奪い合うみたいにして毎日掃除してたって言うのもあるけどな。それに短い時間とはいえスリッパの共有こそ不衛生の極みだと思う。そう伝えたらスリッパが二揃い用意されたよ。ご丁寧に足の甲の部分にそれぞれのイニシャルまで付けてあった。来客が来たらどうするつもりなんだ。まあ良いか。その時考えよう。
プロポーズからこちら、こんなふうに俺たちは遠慮もなく隠すこともなく過ごすようになったよな。それだけでもプロポーズした甲斐があったと思う。まあ、プロポーズに関しては正直やり直したいと思うことがないわけじゃない。すぐにYESと言ってもらえなくて焦ってメチャクチャ食い下がったしな。今思い出しても恥ずかしい。必死すぎるな。もっとスマートにプロポーズをキメたかったぜ。でも、これを逃したらキバナと結婚できないんじゃないかってすごく怖くなったんだ。情けない話だけどな。それから、キバナが話してくれたことを時々考えたりするんだ。愛と好きの違いについて。いつまでも愛に至れない不誠実な自分が、俺の人生をもらうことは出来ないって言われたことを。
なあ、キバナ。覚えておいて欲しい。俺は愛と好きの違いも分からない。違いなんかないんじゃないかと思ってるんだ。でもキバナはあると言い切る。だからその前提は否定しないでおこうと思う。君があると言うなら、きっと愛と好きは厳密には違うんだろう。君は愛は思いやりだって言う。好きは身勝手な感情だって。好きって言うのは相手を振り回しても構わない、自分本位なものだって言う。それを踏まえて言うんだが、俺は君からまったく愛されてないなんて思わない。君がくれたものを、身勝手なものだって思わないからだ。
俺に料理を教えてくれたよな。映画をたくさん見た。ドライブに行った。ボードゲームもしたし、ダンスもしたよな。他にもいろいろ、数えきれない初めてのことに挑戦をしてきた。あれはどうしてだ?忘れてしまったのか?俺の見識を広げたいんだって言ってただろ。俺にはもっと色んな楽しいことに触れて欲しいって。バトル以外のことを知って欲しいんだって。なあ、その気持ちは思いやりじゃないのか?俺のために君が考えて、与えてくれたものじゃないのか?
俺は君が勧めるままにいろんなことに挑戦して、失敗したり成功したりした。いつでも君が隣にいて、どんな結果になっても笑ってくれていた。楽しんでくれた。なあ、知ってるか。そうやって二人で笑って歩いていると世界は素晴らしく輝いて見えたんだ。それが楽しいってことなんだろ。君が教えたんだ。俺に、バトル以外で世界がこんなにも美しくって楽しいんだって教えたのはキバナだ。その事実は変えようがないし、君自身がそれを見失ってしまったら俺は悲しい。だから君が見失うたびに俺は何度でも言うぞ。俺を変えたのは君だ。俺を一番に思いやって、俺の世界を広げてくれるのは君だ。俺が知らないものに触れて、驚いたりときめいたりするのを誰よりも喜んでくれるのはキバナだ。それは愛じゃないのか?
君の言うこともよく分かる。俺も同じだからな。君を独り占めして、見せびらかして、俺のだって言いたい。君を誇りたい。これが君の言う好きってことだよな。つまり、君は好きと愛を行ったり来たりしているんだ。だから君は自分の愛を完全なものじゃないって貶める。でもキバナ。俺は考えたんだ。ちゃんと考えて、「それの何が悪いんだ?」って思うんだ。だってそうだろう。俺たちは誰に迷惑をかけてる?完全じゃないものがどうして劣っているって決まっているんだ?完全じゃないことのどこが悪いんだ?君の潔癖は今に始まったことじゃないけれど、もう少し自分を許してやってほしい。それで良いんだと肯定してほしい。それが一番、俺を思いやってるってことになるんだから。
さあ、最後にもう一度聞くぞ。俺の人生に一番ふさわしいのは誰だ?
――――もちろんキバナだ。キバナしかいない。だってそうだろ?こんなに俺と一緒にいてくれて、どんなことでも楽しんでくれる人が他にいるのか?こんなに詰まらない男を捕まえておいて、本気で面白がってくれる人が君以外に誰がいるんだ?
さあ、これで良いだろ。もう卑屈なことを言う必要も、ささいな瑕をあげつらって卑怯だって悩まなくても良い。俺は君を愛している。それでいて好きでもいる。全然矛盾しないし悪いことじゃない。矛盾することだって悪いこととは限らない。それで良いんだと思う。
これからも俺が何かやらかしたら「馬鹿だな」って笑ってくれ。そういうふうに俺を好きでいてほしい。それで、俺の知らないものをまだまだたくさん見せてほしい。そうやって愛してほしい。俺も君を好きなままで愛していくから。素敵な君を思う存分独占して、見せ付けるんだ。どうだ、キバナは素敵だろうって。でも残念だけど、俺のなんだって笑うんだ。
好きと愛を行き来しながら、本気で楽しいと思えることを一緒に見つけていこう。これからは、そうやって二人で一緒に生きていこう。それが俺にとっての君への愛だ。
追伸
プロポーズのときに言い忘れてたからここに書いておく。キバナ、絶対に幸せにする。
君の愛を知っているダンデより
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