俺の唯一無二のキバナへ
今、俺は久しぶりに一人で休日を過ごしている。端的に言えば暇だ。家事もそれなりに済ませてしまったし、出かけるにも中途半端な時間のような気がして。かと言って飯を食べるにも少し早い。暇すぎて、こうして君に長い手紙を書こうという気になったところだ。書くことなんか決めてないから、いつもよりもまとまりがなくなるかも知れない。少し見苦しくても許してほしい。
こうして筆を走らせていても、なんだか妙に落ち着かない。暇ってことに慣れてないんだ。どうすれば良いのか分からなくなる。いつもは暇にならないようにスケジュールを組んでるんだが、ある時ふっと暇になってしまう。そういう時、どうすれば良いのか分からなくなるんだ。
そうそう、ホームパーティーの件、了承した。そういうことなら俺の家を使ってくれて構わないぜ。むしろキバナに来てもらえるなら有難いな。年末に向けて少しずつ家のものを整理してるんだが、食器棚だけは全然手付かずだったんだ。俺だけならこれだけで事足りるなって思っていても、恋人が思い出したように手の込んだ料理を作り始めるときがある。だからうっかり使う予定の皿を捨てたりしたらどんなに怒られるだろうと思うと、なかなか自分だけで判断して整理するのは難しくてな。その点、キバナに判断してもらったら間違いはないだろ。今回のホームパーティーで使わなかった皿は思い切って手放すことにするよ。キバナ、良かったら三日くらいうちに泊まって行ってくれても良いぜ。飾り付けとか料理とか、君はこだわって準備したいだろ。俺も手伝えることがあるなら手伝うし、どうだろう。
キバナの手紙を読んでいたら、今からパーティーが楽しみになってきた。こうやって賑やかな想像をしてると、今の家の状態が少し寂しいような気がするな。特に最近の休日は恋人とばかり過ごしていたからか、家がいやに広くって静かで寂しい。……と俺が言うと、大体の人は笑うんだ。ネズとか、幼馴染とか、それからキバナとかな。みんな揃いも揃って「そんなふうに感じる情緒が育ってたのか」って言うんだぜ。酷い言いようだな。俺だって人恋しい思うことはあるさ。特にシュートの、骨に染み入るような寒さの日は特に。
朝、目が覚めると部屋の中だって言うのに吐く息が白い時がある。暖房のタイマーを入れ忘れた日とかな。情けないことに、未だに暖房を入れ忘れるんだ。シュートに移住して何年にもなるのにな。暖房が朝起きぬけに必要になるだなんて、ハロンじゃ考えられなかったんだ。そういう日になると、太陽が昇り切るまでベッドから出られなくなる。布団を被ってリビングに行ってもいいし、そうじゃなくてもリザードンを呼べば済む話なんだがな。そういう朝は昔を思い出すんだ。ジムチャレンジの頃、君や幼馴染とキャンプをした朝のことを。こういうきりっとした空気だった気がするんだ。かじかんだ手をこすりながらテントから這い出して挨拶を交わしたよな。それで、皆でほのおタイプのポケモンを出来るだけ出して、必死で暖を取っていたっけ。懐かしいな。だから、別に寒い朝が嫌いな訳じゃないんだぜ。
荷物の整理と並行して、順番にパートナーたちを風呂に入れて念入りに洗うようにしていたんだ。ようやく昨日、全員洗い終わってひと段落したところだぜ。年が明けたときに埃まみれじゃパートナーたちも嫌だろうしな。これがなかなか大変だ。キバナならきっと共感してくれると思うんだが大型のポケモンの手入れはそれだけでも体力勝負だし、それぞれに合ったやり方じゃないとリフレッシュしてもらうどころじゃなくなる。トリミングはトレーナーの方が神経質になるよな。
まずギルガルドは普通に水が嫌いで風呂には絶対入ってくれない。剣に憑りついてるポケモンだから、下手に水に入ると錆びると思ってるんだよな。みずでっぽう食らっても平気な顔してるのに、おかしな話だよな。まあ俺だって鬼じゃないから蒸したタオルで汚れをよく拭きとってワックスかけるくらいで妥協してるんだが、それでも嫌らしいんだ。だからわざと怖い顔をして、「手入れさせろ、これは命令だぞ」って言わなきゃならない。そうすると律儀で忠義者のギルガルドはしおしお刀身を差し出してくる。そうやってようやく拭かせてくれるんだ。
オノノクスは鱗の隙間に砂が詰まってることが多くて大変だ。その上、俺のオノノクスは手入れに関して指示が細かくってな。指の股の小さな鱗に入った汚れまで徹底的に掻き出してやらなきゃ終わらせてもらえないんだ。それこそ一日かかりきりになる。女王様さながらだぜ。君のヌメルゴンも手入れに関してはチェックが厳しいって聞いてるから分かるだろ。雌は綺麗好きなのが多いよな。巣や自分自身を清潔に保ちたがるのは野生下で幼体の生存率を上げるためだろうな。単純に個体差かも知れないが。
オノノクスは普段から長風呂派で、今回は特に長いこと湯に浸かっていた。寒かったんだろうな。風呂が好きなのは結構なんだが、長風呂のしすぎには注意してやらなきゃいけない。鱗がたっぷり水を吸うと少しはがれやすくなったりするからな。別に痛くはないし生え変わるみたいなんだが、それはそれだ。立派に生え揃った鱗が一時的にも欠けているのは不便することもあるだろうと思うんだよ。
スターティングメンバーの中ではドラパルトは楽な部類だな。気を付けなきゃいけない部分は少ないし、本人のこだわりも少ないしな。あえて言うなら、風呂を嫌がるドラメシアたちをどう宥めすかすかってことだけだ。一度入っちゃえば元気に風呂で遊ぶんだが、風呂に入れるまでが本当に大変なんだよ。嫌だ嫌だって駄々をこねて、ドラパルトの穴の奥に潜り込んでいくんだ。俺が手を入れて引っ張り出そうとすると抵抗するし。そういうとき、ドラパルトはやれやれって顔で俺を見ているんだ。子育てが下手クソだって言われてるみたいで若干傷付く。ドラパルトだって何もしてないのに。理不尽じゃないか?
リザードンは昔から風呂が苦手だ。それこそヒトカゲだったときからずっと、風呂の時はしょんぼりした顔になる。それからぶるぶる震えながら湯舟に入って、尻尾をしっかり手で支えながら炎が消えないようにする。風呂から出るまで極力瞬きもしない。尻尾の炎が消えるかもしれないって思うと怖いだろうとは思うんだがな、そこまで怯えなくてもとは思わなくはない。風呂恐怖症と言ってやりたいが、これはリザードンの性格がおくびょうだからだとかそういう問題じゃない。俺のリザードンの名誉に誓って言うが、彼の子も孫も、全員もれなく風呂恐怖症だ。例外はいない。だからリザードンが風呂が嫌いなのはヒトカゲ族が生来持ってる防衛本能なんだと思う。でも俺はきっちり風呂に入れて洗ってやる。リザードンには積もる話が多いんだ。リザードンの背中を洗いながら、俺は「お前のキョダイゴクエンが一番綺麗だ」って言ってやるんだ。だってそうだろ。俺のリザードンのキョダイゴクエンはいつだって綺麗で、恐ろしくって、それでいて最高だ。毎回そう思っていても、口に出すことはあんまりない。でも年に一回くらいは言ってやらなくちゃと思うんだ。丁寧に背中を洗ってやりながら、俺にとってはお前の炎が一番熱いんだって教えてやる。お前以上に俺を熱くさせる炎はないって。お前と一緒なら、きっと一生涯燃えていられるぜって言いながら、ゆっくり泡を落としてやるんだ。
こうやってパートナーたちを労いながら、その年を振り返るんだ。あの試合は凄かったよな、あそこで急所当ててくれたから勝てたんだよな、踏ん張ってくれたよな、ありがとう、お疲れさまって声を掛ける。パートナーたちもそういう風に俺から褒められるのは満更でもないみたいで、機嫌よく鳴いたり、尻尾を振り回したりする。まあリザードンだけはそんな余裕もなくぶるぶる震えてるんだけどな。聞いてるかどうかも怪しい。でもそのくらいで良いかもしれない。ちゃんと聞かれてたら、何今更改まってるんだよって呆れられるか笑われるかしそうでさ。
風呂の後の日向ぼっこは全員大好きだ。よく体を乾かしながら、冷たいミックスオレなんかを飲ませてやる。そうすると風呂を嫌がってたポケモンたちも全員何もなかったみたいに笑い始めるから面白い。日当たりのいい窓辺でゴロゴロさせながら爪を整えたり仕上げをしてやる。
キバナがパートナーを手入れしている所を見たことがあるんだが、パートナーのケアって結構個性が出るよな。キバナはずっとパートナーとふざけるみたいにして、「痒いところはございませんか」とか美容院ごっこしながらずっと喋ってたっけ。「素晴らしく美しい鱗の並びですね、普段のお手入れは何を?」とか「随分凝ってますね」とか声を掛けながら全身マッサージしてたな。思い返せば、俺が皆に手入れ中に話しかけるようになったのはキバナがそうしていたのを見たからだったからかもしれない。もう随分昔のことだから、その記憶も曖昧だけどな。
こうして過ごしていると、いよいよ年末が近づいて来たって感じがする。街もイルミネーションで華やかになったな。そうそう、この間少し恋人とイルミネーションの素敵な道を歩こうとしたんだ。恋人がお得意のサーチ力で近場のデートスポットを探してきて、行ってみたいって言ってたから。暗いし、周りもカップルだらけだし、まあそんなに目立たないだろうってことで行ったんだよ。そしたら、すぐにバレた。まあ仕方がないよな。恋人はとびっきりの美貌の人だし、俺もまあ、どうしたって人ごみに紛れられるような感じじゃないしな。イルミネーションのある通りに差し掛かったら、すれ違った人が「あ、」って声を上げたんだよ。まずいと思って二人で綺麗にUターンして帰ってきた。いやあ、見事なタイミングだったよ。別に合図も何もなかったんだけどな。付き合いが長いとこういうことが起きることがある。そういう時ってちょっと気まずかったり、くすぐったいような気持にならないか?そういうときはハッピー・アイスクリームで流すらしいぜ。婆ちゃんが言ってた。
イルミネーションが見れたのは一瞬だった。それも遠くの方でピカピカしてるのを一瞬って感じだった。恋人は随分楽しみにしてたみたいで、かなり凹んでたな。仕方がないから、寝室のデカいテレビにイルミネーションの動画を流したんだ。実際に歩くのとは全然違うけど、今はこれで楽しもうって。当分はこういう楽しみ方しか出来ないかもなあって言い合いながら、ボーッと30分くらい動画見てたんだ。途中で寝そうになった。気持ち良くうつらうつらしてたら、恋人がものすごく怒った顔して俺を揺さぶってきたよ。申し訳ないことをしたと思ってる。恋人に散々叱られたよ。反省してる。ちゃんとな。部屋を暗くしたのと、あと全然動かなかったのが駄目だったと思うんだ。「プラネタリウムでも寝るのか」って恋人には散々なじられた。その時は真摯に反省の態度を示すために黙ってたんだが、実は図星だ。実はプラネタリウムで最後まで起きれてた試しがないんだ。これ言ったらきっとまた酷く怒るか、それとも呆れられるかだろうから言わなかったんだが。でもキバナには打ち明けておこうと思う。そうだ、俺はプラネタリウムでも寝る男だ。キバナだけに笑う権利をくれてやる。でも他のヤツがこのことをネタにしたら怒るからな。俺はしっかり書いといたぞ。
思い返すと直近のデートは失敗ばかりだ。年末のセールもやってるし、お互いのポケモンのためにも買い出しに行こうとした時のことだ。俺はこういう時にしか出来ないから、手のひとつも繋いで歩きたいと思ってるんだよ。でも恋人は、目立つし、誰が俺の恋人なのか皆に知られるからって未だに許してくれない。何度か買い出しに行ったことはあったけど、そのときもずっと買い物のためにあちこち巡って終わりだ。その日もストイックにポケモン用の保温マットを求めて右往左往しただけだった。コレは薄くて寒そうだ、こっちは柄が好みじゃなさそう、こっちは家庭で水洗いが出来ない。ポケモンのことを考える恋人のことは好きだ。そういう人だから俺だって惹かれたんだ、そこに不満があるわけじゃない。でも、デートだぜ。それで、俺たちは恋人同士なんだぜ。なのに手も繋げないんだ。そういうことが続くと、どうしてこんなに人に気を使わなくちゃいけないんだろうって時々思うんだ。家に荷物を置いてからは思いっきり恋人との時間を満喫したけど、でもそうじゃないって気持ちはどうしても変わらない。
やっぱり外のデートは難しい。名前の公表を控えている以上、まだまだ大っぴらにデートできないのが俺としては不満なんだ。いっそ籍を入れてしまおうかとも思うんだ。そしたら公表してても非公表でも、二人っきりで出かけてアレソレ言ってくる奴も減るだろ?「大事なパートナーとの時間なんだ、控えてくれ」って俺が堂々と言えば済むんだから。キバナはどう思う?
恋をしているダンデより