おやさしいキバナさまへ
手紙ありがとう。いつもの手紙と少しばかり雰囲気が違ったから読んで驚いたぜ。いつもの手紙だともう少し君の柔らかいところが見えるのにな。皆にもそういう君を知って欲しくて、この企画を引っ張ってきたんだが……。君のイメージにも関わることだし難しいなら無理にとは言わないが、検討してくれると嬉しいぜ。
近頃、風が涼しくなってきたな。いよいよガラルにも冬が来る。ハロン育ちの俺にとっては、シュートの街は少し寒くなるのが早い気がする。シュートは北部に位置しているだけあって急に寒くなるし、木も紅葉して落ちるまでが早い。年によっては色付く前に葉が落ちたりもするな。それが少し……なんだろうな、寂しいが一番近いのかも知れない。俺は秋が好きなんだ。紅葉がリザードンの身体の色や炎に似ている気がして。ハロンの秋は長くて穏やかで賑やかだっていうのもあるけど。だからなるべく長く楽しみたいんだが、この街にいる限りは難しそうだな。足早に冬がやって来る。明日はシュートシティの郊外では初雪が観測できそうだとさ。今年も紅葉を楽しむのは難しそうだ。
ハロンはこの前、収穫祭があったな。今年はキバナと行ったけど、どうだっただろうか?小さな町で静かにやってるだけの小さな祭りだから、君は物珍しく思っただろう。屋台がちょっと出るくらいで、大きなステージで催し物があるとかそういう感じじゃない。どれかって言うと単純に皆で集まって、収穫に感謝のお参りをするっていうまったりした感じだ。エンターテイメント性も何もあったもんじゃないのに君が始終きょろきょろしてるから、俺はそのうち誰かにぶつかるんじゃないかって横でずっとひやひやしてたんだぜ。俺の地元の収穫祭は自分たちで作ったものを持ち寄って物々交換したり、売ったりするんだって教えたときから君は興味津々だったよな。君みたいなシティーボーイはあんまり体験したことない祭りの形式だろう。朝市みたいだがもっと緩い。商品と場所取り用のシートさえ持ってこれば誰でも出店して良いし、どんなものも売って良い。のみの市じゃないけど、でも近いものはあると思う。俺たちも今年は週末農業で人に分けられるくらいは採れたし、少し参加してみようかって言ったらキバナは大喜びしてたな。子供みたいだったぜ。でも、まあ君もそう思ってるだろうが、やってみたら結構大変だったな。少なくとも思い付きで当日にいきなりやるもんじゃない。反省も兼ねて、俺が大変だと感じたことを少し上げていこうか。
まず会場まで物を運ぶのが大変だった。あらかじめ参加を決めておけば軽トラでも借りて来れたんだが、完全に飛び入りだったからな。倉庫から古い荷車を引っ張り出して、そこにどんどん収穫できたものを詰め込むだけで大騒ぎだった。うちの庭でバーベキューしようとしてたホップとマサルくんがいて良かったな。二人とも未だに小遣い渡したら手伝ってくれるから有難いぜ。シュートスタジアムでバトルしてた方が稼げるって言うのに、全然文句言わないからな。本当になんでも手伝ってくれるから、最近は畑の水やりや草刈り以外にも二人にいろいろ頼むようになってしまったな。あんまり頻繁になると現金を渡し続けるのもちょっと考えものだし、二人に悪いよな。今度から現物支給にしようか。すいせいの欠片なんてどうだろう。これなら貰って嬉しいし、あげる方も調達が難しいからそんなに気軽に手伝い頼めないだろ。
ポケジョブからも緊急でバンバドロを借りて、荷車曳いてもらってそれで何とか間に合ったって感じだった。こうやって皆で汗をかきながらイベントに参加するって言うのが久しぶりで……なんて言ったらいいんだろうな。坂でもたつく荷車を後ろから押しながら、俺はずっとワクワクしてたんだ。何だか妙にハイな状態から降りてこられなくて、ちょっと怖いくらいだった。自分がコントロール出来ないくらいにハイになるのなんか何時ぶりだろうな。スクールに通ってた時分の運動会のときみたいだった。あの、どこから湧いてくるのか分からないワクワクと同じ気持ちだったんだ。こんなの久しぶりだった。考えてみれば当たり前だな。最近はいつも企画側で、参加者側で参加したのは本当に久しぶりだったんだから。自分であれもこれもやりたいっていう人間だから企画者側が性に合ってるとは思うんだが、こうやって何の責任もなく身軽に楽しめるのも良いなと思ったんだ。新しい発見だった。
君といろいろなことに挑戦していると、俺は自分のことをあんまり知らずにいたんだなと思う瞬間がある。それだけ知見が狭いってことなんだろうな。それについては君がいつも指摘する通りだと思う。……こうやって素直に自覚できるようになったんだから、俺も成長しているだろう?
なんとか会場に到着して、次に困ったのは値段だった。俺は趣味で作ったものなんだから利益なんかは別に良いと思ってたんだが、「あまり安すぎると他の出店者にも迷惑だろ」と君が言い出したからな。かと言って初めて育てたものだから、味の出来はあんまり保証が出来ないし。さてどうしたものかなと悩んでいたら、君はもうシートをその辺りに敷いて客を集めてたのには驚いたぜ。値札も準備してないのに道行く人に声かけて営業し始めてるし。「そこのココガラ連れた少年、一個どうだ?」とか、大張り切りで声かけていくしな。でもキバナらしいと言えばそれまでだな。結局、交渉しながら適当に物々交換で決めていくしな。俺と相談もせずに。客として来たのが気の良い人たちで良かったよ。俺よりも馴染んでたな。そこから君はずっと客の相手に、呼び込みにって大忙しだったな。おかげでやることがなくて、俺は野菜を袋に詰め込んだりしてるだけだった。婆ちゃんと爺さんが様子見に来てくれてたのに気付いてたか?あのレモネード、婆ちゃんの差し入れだったんだぜ。
君は背も高いし顔も良いから、あの市場で一等星みたいに目立ってたな。それで注目されるのに慣れてるからどんなに無礼にじろじろ見られてても気にしないし。それで対応は気さくなんだから、声を掛けられたらファンになるしかないよな。君が直接営業かけたご婦人の何人かは確実にファンになっただろう。おばさまたちが黄色い声上げてたな。俺は地元じゃそんなふうに有難がられる感じじゃないから、見てて面白かったぜ。この人たちもそういうミーハーな心があったんだなって。それにしたって、君の振舞いを見ていると参るよ。いつだって堂々としてて、それでいて嫌味がないんだから困るんだ。容姿のことを差し引いたってずっと見ていられる魅力に溢れてる。見映えがする人って言うのは君みたいな人のことを言うんだ。
君が忙しくしてるのをぼんやり見ながら、俺は君が楽しそうに笑ってるのが眩しかった。君は楽しむと決めたらとことん楽しむ人だ。特に人の輪のなかにいるとき、君はずっと笑っている。それが知っている人だとか知らない奴だとか関係ない。君はいつもそうだ。初対面でも、どんなに予防線を張ってても、軽く飛び越えて懐に入っていってしまう。それで、相手もそれを嫌がらないんだ。不思議だな。君の距離の詰め方は大胆なのに不快にならないんだ。俺が同じことをしてもきっと上手くはいかないだろう。そういうところ、本当に尊敬してるぜ。
さて、マサルくんのことだが、案の定俺の方にも来たぜ。要件は若干君とは違っていたけどな。「タッグが組める人が増えません」とか何とか言いながら泣いてたんだが、そんなこと俺に言われても困るぞ。別に俺が皆に制約かけているワケじゃないし、声を掛けられるかどうかは完全にマサルくん次第なんだからな。あんまりにもホップと一緒に出てくるから、てっきりタッグの連携が崩れるのが嫌なのかと思ってたぜ。「根暗コミュ障舐めないでください。いきなり話しかけてタッグ組みましょうって誘うのがもうハードル高いって言ってるんですよ!」と言われたんだが、俺には全然分からない感覚で本当に反応に困ったな。
やりたい、やりたくないとかなら分かるぜ。この人と組んだらどんなバトルになるだろうとか、観客の皆はきっと俺とこの人のタッグを見たいだろうなとかな。この人と組むと少し大変だろうなとかな。スタートーナメントで俺が君に声を掛けたのだって同じような理由だ。きっと皆、俺とキバナっていう長年のライバルがタッグを組んだら喜ぶだろうなとか、キバナとタッグを組んだら楽しそうだなとか、キバナとタッグを組むのは大変だぞ、とか。俺以外のヤツが、俺を差し置いて君とタッグ組めるか?とかな。そう思ったから君にタッグを組んでくれとお願いした。
でも、マサルくんはどうも違うみたいなんだよ。自分から話しかけれるとか親密だとか、そういうことでどうも選んでるらしいんだ。不思議な感覚だ。でも彼の価値観は俺にはないから、彼の意見はとても参考になる。俺が拾い損ねている層を認識できるっていうのは大きいな。俺の次が彼で良かったとつくづく思うよ。もし俺と似たタイプの人間だったら、俺はここまでうまくやっていないだろう。バトルタワーも、リーグの運営も、きっと盛り上げるどころか固定のファンまで逃してたんじゃないかって思うんだ。今度彼に日頃の礼に菓子でも買っていくかな。
まあ、とりあえずはマサルくんのことはその場では適当にあしらっておいた。俺に解決できることはないからな。若いうちに自分の問題に悩んでおくのも必要な経験だろ?俺はあんまりそういうことをしてこなかったから、今苦労してる部分があるわけだしな。そう思うと気安くアドバイスできる立場じゃないんだよな。ま、本気で困ってるならホップか誰かに相談するだろ。彼は大丈夫さ。
思いつくままに取り留めもなく書いたが、大丈夫だろうか。まあ良いか。いつものキバナとの手紙もこんな感じだからな。好きに書き散らして、せいぜい知り合いに怒られておこう。前のエッセイのときもそうだったけど、お叱り半分に感想もらうのも楽しいしな。それにキバナも今回は結構ぐだぐだな書きぶりだったしな。それじゃあ、また。お返事待ってます。
追伸
恋人宣言をした後の身辺だが、俺の方も似たり寄ったりだったぜ。記者に囲まれて教えろ教えろの大合唱の中、ちゃんと恋人との約束を守って「名前は出さない」と突っぱねたんだからな。知らないとは言わせないぞ。君と同じく全国ニュースだ。
それから知り合いはみんな俺に一言、二言くれたぜ。もちろん師匠からも貰っている。「パートナーは何をおいても大事にしなさい。それから、喧嘩をしたらすぐに謝りなさい」だと。既婚者に言われると重みがあるよな。胸に刻んでおいた。他の人からもまあいろいろ、本当にいろいろ頂戴した。それこそ有難いのから頭にくるのまでな。ほとんどが励ましと……、あと「もう公表しろ」とはほとんど全員から言われた。それから恋人の名前を出されて、「ほらもう分かってるんだから観念した方が良い」って言われるんだ。それでも恋人との約束だから出来ないと言うと、呆れられるか笑われるんだよ。俺もかなり滑稽な状況になってる自覚はあるんだが、仕方ない。恋人が首を頑として縦に振らないからな。気長に気が変わるのを待つさ。
あとはネズの有難いお言葉にはムカついたが、まあそんなのはいつものことだ。何を言われたかはここには記さないでおく。それが俺とネズの名誉のためだと思うから。ネズは俺を怒らせて悦に入りたがってる節があるからな。最近のネズの俺への絡み方が雑になったのは俺がリーグ運営っていう体制側に回ったことに起因していると思ってるんだが、どうだろう。それともそういう深い意味はなく、なんとなくムカつくくらいの感じで絡まれてるんだろうか。何にせよ肝試し気分で人の堪忍袋の緒の耐久を試すのは勘弁してほしいぜ。
恋人宣言でいろいろ言ってきた中でもあしらうのが大変だったのは地元の幼馴染だな。頭一つ抜けていた。悪気なしに根掘り葉掘り聞きたがってくるんだ。出会いは、馴れ初めは、どうやって恋に気付いたんだ、どっちから告白した、将来的にどこまで考えてるんだ云々。母さんにもここまで詳細に聞かれなかったぞ。なんでも、「ダンデくん、恋愛とか全然分かってなさそうで心配なんだもん」だそうだ。そんなにか?最終回でちょっと恋人のこと出しただけなのに、たったそれだけで俺は全然分かってなさそうに見えたのか?心外だな。それに、彼女にだけは言われたくないな。俺の記憶では、彼女は恋人が出来ても三ヵ月もったことがなかったはずだ。そんな奴に恋愛が分からなさそうとか言われたくないんだが。でも彼女に相談事はしたし、それに対して有用そうなアドバイスをいくつか貰ったよ。活かせるかどうかは俺次第だな。まあその辺もお楽しみに。上手くできたら報告するから。
寛容なダンデより