『酒とダンス』
編集さんからこの連載が凄い反響だと聞かされた。なんでも、合わせてキバナが連載していた頃の雑誌の売り上げもじわじわ伸びているとか。本屋でわざわざバックナンバーを取り寄せたというのもSNSで見かけたとキバナが言っていたな。いつも応援ありがとう。俺としてはもっと上手にキバナの話を書きたいんだが、これが予想よりもずっと難しいんだ。なにせ、俺目線でしか語れないからな。
そうそう、キバナには前回分も散々文句を言われた。どうやら映画鑑賞後のやり取りまで書いたのがお気に召さなかったらしい。
「なんでああいうの書くかな」
とかぶつぶつ言っていたが、それはお互いさまだろう。俺だってキバナの連載に関しては色々言ったつもりだが、何一つ聞き入れてもらえなかったんだ。
二人で映画を見て過ごすのが何となくお決まりになってきて、俺の寝室にはラグと折り畳み式のローテーブルが増えた。何度も人のベッドで物を食うなと言っているのに聞く耳持たず、挙句に
「オレさまに床で食えって言うのか」
とか減らず口を叩いてきたからな。これで文句はないだろうと思ったんだ。そうしたら今度は自分で大量のクッションを持ち込んだり、俺の本棚に本を置いて行ったり、果ては小さい冷蔵庫まで置きだして勝手にせっせとQOLを上げていく。俺の家だぞ。更に言うなら寝室なんだが。せめて冷蔵庫は一言あっても良かったんじゃないか。
ここまでキバナの私物だらけの部屋をハウスキーパーの人に掃除してもらうのも何となく気が引けて、俺は数年ぶりに自分で寝室を掃除するようになった。キバナが一度俺の家について書いていたが、俺はインテリアに拘りはないし家具も必要最低限だったんだ。それなのに、今ではこうだ。この一年で目まぐるしく自分の身の回りの環境が変わっていく。それが嫌とか、ストレスだとかではないんだが、時々なにかの拍子に様変わりした自分の家に驚くときがある。俺自身もさほど愛着がなかった空間が塗り替えられて、こんなに人に踏み込まれているんだから当たり前と言えば当たり前なんだが。
さて、余談はここまで。今回は問題の三回目だな。多分これがキバナ的「皆に知られて一番恥ずかしい姿」だと思うので、俺は容赦なく書こうと思う。俺もキバナの連載の三回では大分恥ずかしい思いをしたからな。
キバナは酒が好きなんだ。強くない癖にやたらに呑みたがる。特に身内の会で酒を呑むとなると途端に羽目を外すんだ。お堅いパーティーなんかではちゃんとセーブするぜ。当然だ。でも、身内だけになるとダメだな。ワインもエールもビールもウォッカもウイスキーもカクテルも、とにかく何でも呑む。特に人に勧められた酒は絶対に断らないしその場で呑み干す。水みたいにぱかぱか呑む。ちゃんぽんだろうが構わずに呑む。酔うといつもよりもふにゃふにゃ笑いながらあちこちに絡みに行って、「たのしんでるか~?」と回っていない舌で聞いてまわる。キバナは笑い上戸の絡み酒だとジムリーダー間では有名で、ナックルジムのスタッフには全員に注意喚起がされているらしい。俺はそんな事になっているなんてリーグ委員長になるまで知らなかったんだが、酒の入ったキバナは確かに酷い。俺でもフォローが出来ない。
酒が入ってべろんべろんになったキバナに「たのしんでるか?」と聞かれて一番やってはいけないことは、言葉を濁すことだ。「ええ、まあ」なんて言った日にはロックオンされて「楽しい」という言葉を引き出すまで離してもらえない。軽快なジョークでも飛ばして笑顔を引き出せればそれで話は終わる。ただ、納得するまでキバナは引き下がらないからな。そんなところで変に諦めの悪さを発揮しなくても良いと思うんだが。それでもって、躍起になればなるほどキバナは空回りする性質なんだよ。可哀想に。遠くから見ていれば面白いんだが、俺はそう出来る立場にない。これでも上司だしな。コンプライアンス的にもアルハラは不味い。俺はキバナに張り付いて、キバナの気を逸らしたり注意したりしながら止める係に徹している。おかげでリーグ委員長になってからは酒で酔っている暇もないな。あまりにも目に余ると判断した場合には絞め落として隅に転がしておく。他人の空似で押し通せるくらいの凡庸な容姿をしてくれていたら放置していたかも知れないんだが、御存じの通りの容貌だから仕方がない。どうやっても誤魔化しようがないからな。それなら問題行動が行き過ぎる前にブレーキをかけるしかない。かなり強制的な手法にはなるんだが、それはそれだ。
キバナの酒の厄介なところは、テンションが振り切れると踊ろうとするところだ。一人だけで踊るならどうぞご勝手に、俺達は見てるからと笑顔で済ませれるんだが、キバナは必ず相手を求める。酔っているキバナがいる所でダンスミュージックがかかってみろ。地獄だぞ。横にいた人間の腕を掴んで、笑顔で「踊るぞ!」と言い放ってくる。相手は老若男女誰でも良いらしい。ポプラさんをディスコナンバーに誘っているところを俺は一度だけ見たことがある。流石に周囲が全力で止めたが、ポプラさんは満更でもなかった。まああの人は永遠の16歳だそうなので、若造にダンスに誘われたのが嬉しかったんだろう。ダンスの相手は本当に誰でも良いんだ。一番被害を受けているのは隣に張り付いている俺か、年が近くて気心が知れてるネズだな。次点でルリナ。でもジムリーダーは全員一度キバナと踊っているんじゃないか?
俺はダンスなんか16歳になるまで興味もなかったし、自分が躍るなんて考えてもなかった。それでもローズさんが気を回してくれたから一通りのことはやったんだぜ。「これからは活動範囲も広がるだろうし、必要になった時に恥ずかしくないように」って言われたんだ。その頃は学校に通う暇なんかなかったから、プロムナードとも無縁だったのにな。キバナは既に在籍してないのにナックルユニバーシティの付属高校のプロムに招待されて、その年のキングとして名を馳せていたな。あの高身長でさぞ注目を集めたんだろう。リーグスタッフの中に、その時のプロムに参加した人がいたので少し話を聞いてみたんだが
「そりゃあ、もう。一瞬たりとも目を離させてくれませんでした。文句のつけどころのないキングっぷりでしたよ」
とのことだ。その頃からキバナはダンス・キングだった。一方の俺は酔っ払いのキバナに誘われるまで、ダンスの腕を錆び付かせていた。
記憶力も運動神経も良いから何でも踊れるって言うのも、キングっぷりに拍車をかけている。社交ダンスはお手の物だ。ワルツから始まって、タンゴ、ウィンナ・ワルツ、クイックステップ、フォックストロット。チャチャチャ、ジルバ、パソドブレなんかも出来る。本当はジャイブやタップやストリートダンスも範疇らしいが、「酒呑んで踊るもんじゃない」とカブさんに止められたので封印されたらしい。アイツ、年上の言う事は聞くんだよ。それでもって、カブさんにはどうせなら踊ること事態を止めて欲しかったな。
あと、性質の悪いことに、キバナはちゃんとこの悪癖を自覚している。そうでなければスマホの中にダンス用の音楽ファイルがある訳がない。一度
「好い加減にしろ。どうしてそんなに踊りたいんだ」
と問い詰めたことがある。そうするとキバナは心底不思議そうな顔で、
「どうしてって、酒のせいにしとかないとオレさま変なヤツじゃん」
と言い放った。
「安心してくれ、君は普段から相当変なヤツだぜ」
と返すと、またまた、とキバナは本気にせずに笑った。君はいつも俺ほど変人じゃないと自称してるが、大概だぜ。ルリナ曰く、俺と君はタネボーの背比べだ。
最近じゃすっかり酔っ払ったキバナを回収するのは俺の役目になっている。他の人間が回収しても困るのでそれは別に構わないんだ。問題は、回収後キバナが寝てくれるまでずっと踊らなきゃいけないことだな。こればかりは素直に辛い。酒臭い口でゲラゲラ笑われて、スローバラードでチークダンス踊らされてると本当に情けなくて泣けてくる。もうちょっとないのかと思う。俺たちいい年の大人なんだぞ。踊りながら、キバナはしつこく俺に聞いてくる。
「ダンデぇ、たのしいかあ?」
じゃない。俺は全然楽しくない。そう言っても全然聞き耳を持ってくれないからもう言わないだけで、この状況は本当に心底面白くない。
「おまえ、もっとたのしめよぉ」
じゃない。寝てくれ。頼む。後生だ。
毎回こんな感じなので、ここ何回かで俺は絞め落とす以外の最終手段も手に入れた。キバナが酔い潰れるまで呑ませることだ。とことん呑ませる。キバナからどれだけ呑んでも二日酔いに悩まされたことも吐いたこともないと自己申告があったので、度数の強い酒を片っ端から呑ませることにしている。酒とツマミで気を引きながら休憩も与えず呑ませ続けて、ようやく潰れてくれる。今回の写真は酔い潰したキバナの寝顔だ。人の気も知らないで、平和な顔してくれるぜ。
それと、今回は特別に俺のポケスタアカウントに動画を投稿しようと思う。この連載が掲載される「GP」の発売日の正午に、酔ったキバナと俺が躍っている動画を上げる。文字で伝えきれなかった酔っ払いのキバナの酷さを是非その目で確かめてくれ。キバナはこれに懲りたら呑み方を考えるなり何なりしてくれ。頼むぞ。良いか、これは冗談とかではなくマジのヤツだからな。