『ホームシアター』
編集さんから掲載された号の売り上げが通常の倍近くあったと聞かされた。そんなに特別なことは書いてないと思うんだが。キバナのヌメラ好きはよくSNSで投稿されていたし、ちょっと並外れた部分を切り取っただけで。キバナが自分では絶対にファンに見せないようなところを、意図的に。
反響については、まあ、俺自身があまり文章を書く事がないから皆物珍しさで問い合わせてくれてるんだろう。応援ありがとう。読みにくくないか、分かりにくいところはないかひっきりなしに編集さんに聞いてるぜ。人に見せる文章を書くってこんなに難しいんだな。
キバナが俺のプライベートを書く連載を持ってから、キバナは俺と一緒に普通(なのかどうかは分からないが。キバナ曰く『普通』)に遊んだり、やった事がないことに挑戦したりしている。始めは料理だったな。キバナからもらった初心者用のレシピ本を見ながら少しずつ自分で料理をしたりもしている。カレーの延長線上ってことで、これは結構上手く行った。……行ってるよな?とりあえずボブ缶豆スープは卒業した。キバナが来客として来たらサンドイッチくらいは振舞うようにしてる。おかげで皿もちゃんとどこに何があるのかは分かるようになってきた。食洗器も使ってる。普段はサッと手で洗う方が早いから、ほぼ来客時専用だな。
あの連載から、俺たちは他にもいろいろ同年代がやるように普通に『遊ぶ』ってことを試してみた。例えば酒を呑みに行ったり、買い物にでかけてみたり、ゲーム、トレッキング、スポーツ、ドライブはキバナが書いたな、カラオケなんていうのもあったか。どれもこれも、それなりに楽しくはあったんだが、最近は家で映画を眺めるのが一番お互いに時間も合わせやすいし楽だということで落ち着いてきた。
でも、映画を見ようってことになった時も最初はちょっとバタバタしたな。俺の家で見るという話になったんだが、俺の家にはテレビがなかったんだ。三年くらい前に壊してから捨ててそれっきりだった。気になる番組は大体ネット配信されてるから、特に不便は感じなかったんだよな。だから急いで電気屋で買いに行った。買いに行ったのは良いんだが、俺はテレビの性能なんて興味もないし違いも分からなかったから、なるべく画面が大きいのにしてくれって値段も見ずに注文して自宅に届くように手配したんだ。折角映画を見るんだから画面は大きい方が良いと思って。届いたものを見て、本当に大きくて驚いた。圧巻の100インチ。横幅がほぼ寝転んだキバナだ。テレビに添えられた説明書を見て、これはやりすぎたと流石に思った。でも今更キャンセルして選び直してる時間はなかった。翌日にはキバナがレンタルビデオ屋で借りてきた映画を見ることになってたからな。とりあえずリビングに置いてみたんだが、どう頑張ってもソファに座って見れるサイズじゃない。試しにネイチャー系の番組を見てみたんだが、画面が大きすぎて目の端で映像が切れる。ソファを移動させても無駄だった。
それで仕方なく寝室を模様替えしたんだ。ベッドを出来る限り部屋の隅に追いやって、本棚をいくつか別の部屋に移動させて即席のホームシアターにした。ベッドを椅子代わりにするしかないが、この際仕方がない。これで映画は見られるぞと思ったんだが、今度はコンセントにテレビ線を繋ぐところが見当たらない。全室テレビ線端子付きの謳い文句のマンションなのに。どうやら本棚で殺してしまったらしい。引っ越してきたばかりの自分は寝室にテレビなんか絶対置かないと思ってたし、本棚置くスペースを出来るだけ確保したい一心だったんだろうな。安直に走った過去の自分を殴ってやりたい。キバナも言ってたな、『ポケモンバトルしてないオレさま達なんて、こんなもんだよ』と。その通りだな。まったくキバナの慧眼には恐れ入る。かと言ってまた本棚を動かすのも面倒だったから、テレビ番組は諦めた。どうせ三年もテレビを見ずに生活してきたんだから支障はないだろう。
翌日時間通りにキバナがやってきて、映画を三本持ってきた。ベッドルームに案内したらキバナは呆れかえっていたな。「お前さあ。ホント、どうかと思う」と、とても抽象的な御小言も頂戴した。「言いたいことがあるならハッキリ言ってくれて構わないんだぜ」と伝えたら嫌な顔をしながらも黙った。俺もまあ、今回は反省してる。でもキバナなら許してくれるだろうと思ったんだ。悪かったよ。でも、不満そうな顔してたわりには早々に人のベッドの上で持ち込んだポップコーンやらデリバリーのピザやら食べてただろう。今後は君に文句を言う筋合いはないぜ。写真は俺のベッドを我が物顔で占拠するキバナ。せめてポテトチップスは遠慮してくれ。
キバナが持ってきたのは、アクションと、サスペンスと、コメディだった。
「ダンデの好みが分かんなかったから、とりあえずバランス重視で選んでみた」
と言っていた。最初はバランス?と思ったんだが、見始めてキバナが言っている意味が分かった。二時間~三時間×3本を一日で見ようとすると、映画を見慣れていない人間は集中力が保てないんだ。だからジャンルをバラバラにして緩急をつけたり、気軽に楽しめる作品を挟んで情報量をセーブする必要がある。キバナのこういうところは流石だなと思わされるな。気遣いに慣れてるって言えば良いんだろうか。
最初はアクション映画を見た。俺でも名前を知ってるダークヒーローシリーズの一作だったな。ダークヒーロー誕生の話だった。どうしようもない孤独感のなか葛藤しながら悪と戦うことを決意する。そんな聞き覚えのあるヒーローの話。アクションは流石にスピード感があって、それでいて特徴的な動きが派手だった。構えなんかはサイトウに似ているような気がしたな。ガラル空手には詳しくないので印象だけだが。でも、カメラワークなんかは凄く勉強になる。こう見せれば臨場感が出るとか、迫力があるとか。スタジアムのドローンロトム達にも真似させたい。かなり接近していかないといけないから訓練が必要かもしれないが、こういうのがモニターやテレビで見られたら盛り上がるだろう。キバナは見終わると俺に感想を求めて来たので、「カメラワークの参考になった」と伝えたら何だか微妙な顔をされた。キバナにも感想を聞いてみたんだ。そしたらパッと顔を輝かせて笑って
「オレさま、このヒーロー好きなんだよ。特にこの話はアクションが良くて……」
と熱く語り始めた。俺には半分も共感できなかったんだが、キバナが楽しそうで何より。
次はサスペンスを見たが、これは正直に感想を言うならラストシーンが全てをダメにした典型みたいな作品だった。七つの大罪に準えて殺人事件が次々に起こる筋書きなんだが、犯人の動機も結末もイマイチだった。七つの大罪に準えた殺人事件が起こる、それを主人公が追い詰める、っていうのは良かったんだ。でも結末が気に入らない。俺だったらそんな安直な脚本に逃げたりしない。ここまで複雑な道具立てをしておいてラストだけがイージーすぎる。キバナもこの作品は合わなかったらしくて、冒頭から何だかもぞもぞ体を動かして落ち着かなかった。もしかしたら、サスペンス映画が駄目なのかもしれない。映画が終わってからキバナにも苦手なものがあるんだなあ、と思ってまじまじ見ていたら怒られた。理不尽じゃないか?でもちょっと意外だ。キバナは何でも器用にサラッと受け流すイメージがあったから。こういう風に苦手意識を持っているものがあるって言うのも意外だし、苦手なものを俺と見ようとしたのも意外だった。
キバナはコメディと紹介したが、最後はミュージカルだった。これもキバナが選んだっていうのが意外だったな。雨の中ロングカットで踊るシーンが有名な、あの不朽の名作だ。入れ子を意識した作品構造が良かった。ダンスシーンはどれも演出に工夫がされていて見応えがあったし、一日の締めとしては間違いなかったと思う。キバナは劇中歌のいくつかを一緒に口ずさんでいた。歌詞はところどころ飛ぶし、半分以上鼻歌だったんだけどな。それでも声が良くて音程を外さないから普通に聞ける。キバナは本当に何でも出来るよな。
夕飯を食べながら、
「キバナは、今日の三本をどうやって選んだんだ?」
って聞いてみたんだ。
「お前が興味持ちそうなあらすじで、ストーリーに全くポケモンが絡まなくて、後はそれなりに評価の高い作品選んでみた。見たことあるのはアクションのやつだけ」
こういう回答も意外だったな。てっきり、全部キバナが一度見たことがあって、何がしかの感想を持ったから俺に勧めてきたんだと思っていたから。
「あと一応テーマがあったんだよ」
キバナがにやにや笑っていた。こういう時は、結構ろくでもない。俺がテーマを当てる前に、キバナは答えを言った。
「純愛」
なんだそれ。キバナ流に言えば、男同士でそういうのは『サムい』んじゃないか?
キバナはその後普通に食洗器をセットして帰っていった。こんなサムい会話振っといて、その日は何もなかった。誓って何もなかったと言えるんだが、それもどうなんだ。俺の純情が弄ばれている。君のそういう所は、本当にどうかと思うぜ。