『報復宣言』
キバナへ。これは完全に私信だ。六カ月間好き勝手書いてくれてどうもありがとう。おかげさまで俺が十年かけて培ってきたイメージやキャリアはズタボロだ。君が本当に好きに書いてくれたおかげで、俺は周囲から生温い笑顔で見られるようになった。くそ。特に三回目が掲載されたときは酷かったぞ。雑誌が発売されてすぐに弟から電話が来て、「家には十年で絵葉書一枚だけだったのに!この×××!【※】」と盛大に罵られた。あんなに尊敬してくれていた弟からこんな最悪の罵倒をもらうとは思いもしなかった。(弟の口が悪くなったのは恐らくネズの影響だ。この前スパイクタウンのライブに行ってきたとか言ってたから)ショックで二晩ほど悪夢を見た。他の奴等の反応も酷かったぞ。ルリナは俺を見るなり爆笑するし、ブラッシータウンの幼馴染は笑いをこらえるのに必死で目も合わせてくれない。引退したはずのポプラさんはわざわざバトルタワーに足を運んできて、人生初の「ピンクだね」の一言を頂戴した。大変不本意でしかない。極めつけはネズだ。アイツ、今度発売するって言うアルバムを持ってきてくれたんだがタイトルが「I MISS YOU」だと。渡された瞬間に衝動的に割ってしまった。これは流石に気を悪くしたかなと思ったんだが、「今この瞬間にこのアルバムは完成されました」とか何とか満足げに言いながら帰っていった。アイツは何がしたかったんだ。
あと、最後の回に書いていた懺悔みたいなヤツにも俺は言いたいことが沢山ある。でも君は傲慢な男だから、俺の責任にも、他の誰かの責任にしても納得しないし嫌がるだろう。だからもう良い。俺がこうなったのは君のせいだ。君がちゃんとやってくれていれば、俺はもう少しだけ普通のチャンピオンをやれていただろう。結果論だが。ほら、これで良いか?君のご希望の通りの裁断だぜ。満足したな?俺のことを普段から傲慢だの我儘だの身勝手だのと言ってくれるが、君も相当だぜ。君の場合は自覚がないから性質が悪い。君のそういうところを向けられるのは俺くらいだとは思っている。でもそれはそれとして付き合わされる身にもなってくれ。直せよ。
そんな感じで、俺の名誉とか矜持とか尊厳が大変傷付けられているのが現状だ。なので、俺も君に仕返ししたいと思う。君はSNSや公式ではカッコつけたがるからな。君のとんでもなく間抜けな話や隠したがっている素顔をここに書いてやろうと思う。仕返しはフェアにしないとな。俺はいじめっ子にはなりたくないんだ。どちらかと言えばいじめっ子の高い鼻っ柱をへし折る方だぜ。知ってるだろ。君と同じく、俺は今から六カ月間「GP」で3500文字から5000文字のエッセイを書く。写真も撮って掲載してもらう。俺も事前チェックしなかったんだから、君も原稿チェックはなしだぜ。いいか、俺は君曰く「自分で思ってるより器の小さな男」だからな。そしてやると言ったらやる男だとも自負している。君みたいに途中で書くことがないなんて泣き言を書く羽目にならないように、しっかり準備はしてあるんだ。見てろよ。私信終わり。
こんな個人的な企画を受け入れてくれた編集さんには感謝しかない。俺は自分で企画書を書いて編集部に直接持ち込んだんだが、表紙見た瞬間に快諾してくれた。1ページ目すら見てなかったけど良いのか。おかげでプレゼンに宛てるはずだった時間が浮いたから、こちらとしては助かったが。一緒に仕事をするたびに思うんだが、「GP」の編集さんは結構独特の感性で動いているよな。この人が社会で働いてるんだと思うと、慣れないオーナー業に右往左往している俺も謎の自信が湧く。十年やってこれなんだから、多分この人はずっとこうなんだろう、なら俺もこれで大丈夫だな、みたいな。皆も仕事で凹んだ時はこの雑誌を読むと良い。これだけ好き勝手やっていてもどうにかなってるんだなあと思いながら読むのがオススメだ。目次でポケモントレーナー向け雑誌だって触れ込みが吹っ飛ぶからな。今日からはこの連載もその一端を担うわけだが。
キバナは初回で、俺のリザードンとのコミュニケーション方法を紹介したんだったか。あれな、実は俺は半分くらい意味が分かっているんだ。まあ当然だよな。俺はリザードンのおやだし、キバナもリザードンもやり取りを隠している訳じゃないしな。『こいつ殴っていい?』『OK』のやり取りはよく見るから掲載前にはちゃんと理解してたぜ。でもキバナに本当に殴られたのは数えるくらいだ。実際に殴ってきても甘んじて受けるようにはしている。怒らせたのは俺だからな。仕方がない。あれは多分、俺への憤りをリザードンと共有してストレスを緩和させているんだと思うぜ。人のストレス発散方法にとやかく言うつもりはないので放置しているっていうのが正しいな。俺に直接言えないことの一つや二つあるだろうし、邪魔するのも無粋だと思っている。愚痴を共有できる相手がいるならそれで良いんじゃないか。こう書くと突っぱねているような物言いになるんだが、俺はリザードンとキバナの仲が良いことは喜ばしいことだと思っているんだ。キャンプで必ず言葉を交わす二人の様子は微笑ましいぜ。
そうそう、ワイルドエリアでキャンプをする時、キバナにはお気に入りのスポットがあるんだ。ヌメラがよく出てきそうな日陰になっているところなんだが、快晴でもキバナは必ずそこでキャンプをしたがる。今日は暑くて巣穴から出てこないだろって言っても聞かないんだ。子供の頃、そこでカレーを作っていたら大量のヌメラが寄ってきたことがあった。その日は晴れだったんだが、そこは湿度がきちんと保たれていて確かにヌメラ好みだったな。カレーの匂いにつられて野生のヌメラがぞろぞろ出てきたのをキバナは凄く喜んで、一匹ずつ抱き上げて一匙だけカレーを食わせてやった。その日はずっとニコニコ笑っていたな。それからはそのスポットがキバナのお気に入りになった。また野生のヌメラと触れ合えるんじゃないかって期待しているんだ。もちろん、そんなことは滅多にないんだが。それでもキバナはそのスポットで食べきれないくらいカレーを大量に作るし、草むらをわくわくしながら見ることを止めない。滅多にない、っていうのは、ないわけじゃない。つまり、ごく偶にはあるってことだ。写真は、そんな機会がたまたまやってきたので撮れた一枚だ。凄い顔してるだろ。見てるこっちが恥ずかしくなるような甘ったるい顔してヌメラを抱いているキバナ。よく見ると後ろの方にキバナのポケモン達がいるだろう。これは自分の主人にドン引きしている彼らだ。顔もなんだが、ヌメラに対しての態度も凄いからな。当然だぜ。
キバナはSNSでもよくヌメラと触れ合っている写真を上げているが、動画は上げないよな。それはな、撮っちゃダメなやつだからだ。ヌメラを前にしたキバナの動画はナックルジムNGが入っているんだ。一部では大変有名な話なんだが、ヌメラと戯れているキバナは人格が崩壊してしまう。動画でお送りするとカッコいいドラゴンストーム・キバナ様のイメージダウンということで封印されたらしい。でもこんなに面白いキバナは他にないと思うので、俺はありのままを書くんだが。ナックルジムもリーグの下部組織のひとつだからな、問題ない。他でもないリーグ委員長が言うんだから大丈夫だ。
ヌメラの群れに囲まれたキバナは、いつもより1オクターブくらい高い声でずっと「かわいい」を連呼している。本当は「かわいい」って言うか、「かぁい~」みたいな気の抜ける言い方なんだが。可愛いの間に謎の「あ~~~~」も挟まる。どういう感情の発露なのかは分からない。顔はデレデレしたまま戻らないし、俺が話しかけても全然反応しない。足元に寄って来たヌメラを代わる代わる抱き上げて撫でまわして粘液でべちょべちょになっていく。こうなってくると、もしかして脳ミソ溶けてるのかなとか考えてしまって心配になってくる。俺としてはキバナのそういう姿は積極的に見たいわけでもないので何とか止めさせようとするんだが、全力で抵抗されるんだよ。肩を強めに揺さぶってみてもキバナは全然やめない。その間もヌメラは俺達なんかお構いなしでキバナによじ登っていくし、キバナも好きにさせている。それはどうなんだ。君のポケモンじゃないんだぞ。むしろ至福の顔で「あ~~~~~」を繰り返している。もう可愛いすら言えてないじゃないか。言語野が死んだんじゃないのか。全身べちょべちょになったキバナを、俺は途方に暮れて見つめる。ヌメラが寄ってくるといつもこれだ。キバナにとってはお気に入りのスポットかも知れないが、俺にとってここは鬼門なんだ。
キバナの言語野が死ぬといよいよ収拾がつかなくなるので、リザードンとジュラルドンに適当にヌメラを追い払ってもらう。最後の一匹はキバナががっちり抱いて離さないので、俺が無理矢理引き剥がして草むらに返すのがお決まりだ。キバナは不満げにぶうぶう文句を言うんだが、聞く耳を持たないようにしている。
「ダンデにはヌメラの可愛さが分かんないのかよ」
とかなんとか。キバナの様子を見てると、分からない方が良いんじゃないかと思う。俺はヌメラでは狂いたくない。
※編集注:一部不適切な表現がありましたので、伏字にて掲載いたしました。ご了承ください。