『生粋のナックル人』
前回は紙面よりも俺のポケスタアカウントに上げた動画の方の反響が凄かったな。一日で何万回も再生されるから驚いたぜ。コメントもありがとう。ダンスするキバナ、面白かっただろう。俺の真顔が怖かったという声もちらほらあったが、酔っ払いに絡まれてチークダンス踊らされてる奴は皆ああなる。俺は何も悪くない。この動画の最後で爆笑して床に蹲ってるキバナなんだが、この後10分ぐらい爆笑し続けてその場で寝た。本当にビックリするだろ。酒呑んだキバナは絡まれなければ面白いぜ。一人で踊っているのを遠くで見ていたいな。
キバナからは前回は当然の如く大顰蹙を買った。流石に酒癖の悪さを書かれるとは思ってなかったんだろうな、それはもうギャンギャン言っていた。キバナはファンの前じゃカッコ良いキバナ様でいたがるから想定内だぜ。発売後結構ファンから言われたらしい。後は動画の方は物凄い勢いで色々言われた。色々言われすぎて書ききれないので割愛するが、いつまでもギャンギャン煩かったので
「ほら大盛り上がりだぞ。コメントもそんなに荒れてないし、君が人気者ってことだろう」
って言って再生数見せたら黙った。君のその単純さは時々びっくりする。盛り上がってるなら何でも良いのか?良いんだろうな。君のことだから。
キバナはエッセイの連載を持っている間、俺のプライベートで面白いことはないか六カ月間ぎりぎりしていたな。顔を合わせるたびに「何かネタをくれ」と言われ続けて、俺の方も辛かった。俺がそんなに面白い男じゃないって分かっていて聞いてるんだからキバナは酷い。俺のプライベートを書くのも大変だっただろうが、でもキバナのプライベートを切り取るのだって大変だと俺は思う。キバナは多趣味だ。それでいて凝り性。一度始めると何でも一通りはこなすし、なんなら人並み以上に出来る奴だ。そんな奴のプライベートをどんな風に切り取ったら面白いか、俺は四苦八苦している。キバナは連載中にネタがないって嘆いていたけど、俺はネタの精査に一苦労している。今回はキバナのちょっと意外な所を紹介しようか。
キバナは流行り物には敏感な一方で、結構なアンティークの愛好家だ。『生粋のナックル人は捨てる道具を持たない』と言われているが、キバナを見ていると本当にそうだと思うな。キバナの家の家具の多くは古いものだ。新品で買ってきた大型家具は電化製品とソファだけだと笑っていた。あとは貰ってきたり、骨董市で見つけてきたりしたものだと言っていた。
「だから食器棚と壁紙の色が全然合ってなくてな」
とか言うんだが、本人はそんなこと全然気にしてない。確かにまとまりは少ないのかも知れない。けれど、それらに囲まれるキバナはとてもリラックス出来ている。俺の実家は数年前に内装を大きく改築してしまったんだが、改装前の実家の雰囲気に近いと思う。散らかっている訳でもないのにどこか雑然としていて、生活感があって、温かみのある空間だ。
家具だけじゃなく、身に着けるものも意外にアンティークなものを選んだりする。プライベートな時だけだが。小じゃれた帽子だとか腕時計だとか、普段何気なく身に着けている小物でも何かしらのエピソードがあったりする。キバナの趣味から少し外れていて見慣れないものを見つけたときは、何気なく
「それ、どうしたんだ」
と聞いてみると面白い。キバナは嬉しそうに
「これは父親が成人した時にお下がりにくれたヤツで」
とか一つ一つ教えてくれる。こんなに膨大なモノに囲まれているのに、キバナはそれをちゃんと覚えているんだ。古いものへの敬意と言うのだろうか、そういう姿勢がある。ナックル人が捨てる道具を持たないのは、お気に入りのものでも自分に必要がなくなったら誰かにあげてしまうからでもある。「大切にしてたものでも、きっとコイツならもっと大切にしてくれるだろうって思うからな。だから全然、惜しいとかはないんだぜ」とキバナは言っていた。そういう信頼関係を築けるっていうのは良いことだよな。俺もそういう風に、大切なものを託してもらえるような人間でありたいものだ。
キバナの連載の5回目に、ドライブついでに俺の実家に立ち寄ったと書いていたと思う。その時の話なんだが、結局バトルに夢中になりすぎて夜も遅くなったからということでキバナと俺は実家に泊まったんだ。別にやる事もないし朝の内にも帰ろうかと思ったんだが、ふとキバナが行き道で家の脇でひっくり返っている手押し車に妙に食いついていたのを思い出したんだ。別にどこにでもある一輪車の手押し車だぜ。錆で塗装が剥げ落ちてる、何の変哲もない古い手押し車をしげしげ見てるキバナは面白かった。まあそんなもの、ある程度広いところで土いじりをした事がないと見る機会はないよな。俺もキバナが見つけるまで存在を忘れていた。目の端には入っていたんだが、それに足を止めようとも思わなかった。こうしてじっくり観察しているキバナの横にぼんやり突っ立って、そう言えば弟のホップをこれに入れて坂を駆け下りておふくろに大目玉食らったなあ、とくだらない思い出が辛うじて蘇るぐらいのものでしかない。きちんと手伝いしている時にも活躍してたはずなんだが、そういうことは全然思い出せなかったな。試しに押してみようかとひっくり返してみたんだが、持ち手の部分が掴んだだけで崩れてしまった。それ以上は素手で触る気にもなれなかったので放置した。キバナはちょっとがっかりしていたな。
とにかく、ナックルで生まれ育った都会っ子のキバナにとっては農具の類が物珍しかったんだろう。だから、ちょっと納屋の中を見せたらどうなるんだろうとふと思い付いて、見せてみたんだ。そしたら子供みたいに大興奮。鋤も鍬も持ったことがないって大はしゃぎだ。博物館や民俗資料館では見たことがあっても実際に手に取ったことがないと言っていた。同い年でもこんなに育ってきた環境が違うんだと驚いたな。今回の写真は鋤の扱いに四苦八苦してるキバナ。折角だから庭の隅を少しいじってみようと思ったんだが、そもそも鋤の柄の長さがキバナに合ってないからもう全然駄目だった。ここまで手足が長いと鋤に力が入らないよな。全体的にキバナは農業に向いてる体形じゃない。結局最後まで鋤の使い方が分からなくて、へっぴり腰のままだった。俺がお手本として土を掘り返して見せるとキバナの負けず嫌いに火が付いて「もう一回だ!」と挑んでいったが、結果は残念なままだった。キバナの負けず嫌いのスイッチって偶に分からないよな。別に不得手があるのは恥ずかしいことでも何でもないと思うんだが、俺に出来てキバナに出来ないってことがどうも納得できないらしい。難儀なことで。
その後、他に何か面白いものはないかと納屋をぐるっと見て回ったんだが、農具の他にも色々出てきた。子供用のおもちゃとか、炭を使うタイプのアイロンだとか、古い安楽椅子、時計、箒、ティーワゴンもあったか。多分家を改装する時に適当に納屋に詰め込んでそのままになったんだろう。その中でキバナが見つけてきたのは古いポラロイドカメラとレコードプレイヤーだった。レコードプレイヤーは何とか専用の針も見つけたんだが肝心のレコードがなくて音が出るかまでは分からなかった。ポラロイドカメラの方もフィルムがなくて動くかどうか。それでもキバナはフォルムが気に入ったのか、その二つをずっと飽きずに眺めていたな。多分祖父母の若い時に使っていたものだと思うんだが、キバナはそれがいたく気に入ったみたいだったからな。家族に聞いて回って了承を得て、キバナにプレゼントした。レコードプレイヤーはものが大きいからこちらはキバナの家に宅配便で送ることにした。両方ともキバナは喜んでくれた。よっぽど嬉しかったのか何度も「本当にいいのか」と確認してきたし、俺が良いから受け取れと言う度に「ありがとう」を繰り返していた。納屋で眠らせているよりかは、キバナの家でインテリアとして飾られる方が良いと思うぜ。
後日キバナの家を訪ねてみると、レコードプレイヤーからビックバンド・ジャズが流れていて驚いた。動いたことよりも、これを実用品として使っているキバナに。大きな金のスピーカーが付いてて、馬鹿にデカくて古いんだぜ。納屋で埃被ってた時とは別のものみたいにピカピカに磨かれて、リビングの隅に置かれていた。
「レコードショップで色々聞いて、レコード何枚か買うついでに直してもらった」
とキバナは言っていた。ポラロイドカメラもカメラ屋で修理してもらっているらしい。二つとも古すぎて部品をメーカーから取り寄せなければいけなかったと話していた。修理代が高くついただろうと話を振ってみたら、金額を聞いてひっくり返りそうになったな。そんなに金をかけるくらいなら、新しいものを求めた方が早いし安い。具体的に言うなら、骨董市ですいせいのかけらを五個売っても収まらない値段だった。
「インテリアにするだけでも良かっただろうに。わざわざそんなに手間暇かけたのか」
と言ったら、キバナは
「オレさま、捨てる道具は持たない主義だからな。ま、一生モノの趣味が出来たと思えば安いもんだろ」
と笑った。その遠回しな言い方が凄くナックル人っぽい。まあ、俺の知っている生粋のナックル人なんてキバナしかいないんだが。