『スクラップブック』
キバナがポケスタで週に一回家庭菜園の様子を紹介するようになったな。実はあれ、俺の実家の畑なんだ。キバナの連載からずっと俺がやった事のないことばかりに挑戦していたから偶にはキバナにもやった事のないことをさせてやろうと思って、家の手伝いをしないかと誘ってみたんだ。そうしたら丁度週末農業に興味を持っていたみたいで、ちょっとやってみる事になった。祖父母と母だけじゃ広い畑の世話が辛くなってきたし、俺も定期的に実家に帰る口実が出来たし良いことずくめだ。水やりはホップに小遣いを渡して頼むことにした。
キバナの初めての土いじりは楽しいぜ。昔はちまちま作業するのが性に合わなかったんだが、今となってはそんなに苦痛でもないな。最近体をあまり動かしていなかったから良い運動になる。でも草取りは面倒で堪らなかった。最終的には俺のリザードンとキバナのコータスに一面野焼きしてもらったら、キバナは唖然としていたな。「なんか思ってたのと違う」らしい。善い農家の皆は分かっているだろうが、野焼きは真似しないようにな。ご近所トラブルの元らしいぜ!
本格的にやるなら重機が必要かと思ってたんだが、ポケモンに手伝ってもらいながら農作業をしてると全然必要ないな。だから調子に乗って絶対に俺たちだけじゃ消費出来ないだろうって数の苗を植えて、種を蒔いた。トマトにきゅうり、ナスにピーマン、トウモロコシも植えたな。キバナはどのくらいの量の野菜が出来るのか想像も出来ないらしくて、ピンと来ていなかったけどな。
「収穫時期になったら凄いぞ。売りに歩かなきゃ腐らせてしまうかもしれない」
と言ったら、
「それよりかは、マサルたち呼んで収穫祭でもやる方が楽しそうだぜ」
とキバナが楽しそうに言っていた。キバナはこうやって目標を作るのが上手い。どうしたらもっと楽しくなるのかって常に考えていて、楽しさをモチベーションにどこまでも進んでいける。それで、目標に向かって必要なことを積み上げることを全然苦だと思わない。そういう所がキバナだよなと思う。
今回の写真は農作業中のキバナと俺。絶対にリーグカードじゃ見れないよな。そして俺は人生で初めて軍手が似合わない男がいるんだと思ったな。キバナに軍手って何かもやもやするんだ。なんだろうな、この違和感は。俺がキバナにオシャレでスマートな印象を持ちすぎているんだろうか。
ある日突然、キバナが一冊のスクラップブックを手渡してきて
「最後のページに何か一言書いてくれ」
と言ってきた。横長のアルバムみたいな台紙帳だったな。中を見てみると、新聞記事や雑誌記事が丁寧に貼り付けられていた。内容はバラバラだったな。ポケモン関連の記事もあったし、レシピの切り抜きもあった。三輪の押し花の横にはヌメルゴン、フライゴン、ジュラルドンとキバナの字で書かれている。他に何の情報もなかったが、きっと三匹が見つけてきてキバナに贈ったのだろうと想像できた。俺が送り付けたメモの切れ端もあったし、何なら業務用の色気のない付箋に女性らしい柔らかな筆跡で「おつかれさまです」と書かれているのも貼ってあった。多分単純にキバナが興味を引かれたものや嬉しかったものをかき集めたんだろう。後はポラロイドカメラで撮影した写真だとか、そういうものだった。最後のページだけが綺麗にまっさらだった。
正直言って、俺は困った。そんなに急に言われても何も出て来ない。ペンを持ったままうんうん唸っている俺を
「ファンに書いてるような定型文でも良いんだけど」
とキバナがフォローしてくれたが、とんでもない。俺のファンは一度も俺の目の前で自作のスクラップブックを取り出してこなかったし、何か一言くれなんてことも言ってこなかった。プライベートを合わせても、スクラップブックに一言求められた記憶はない。
「もしかして君、こういう事って結構あるのか?」
と聞いてみると、キバナは普通に頷いた。
「お前だって経験あるだろ。サイン会とかでスクラップブックにお願いしますって」
ときた。俺のサインを求めるファンは、大体が服か帽子かサイン色紙にサインしてくれと言ってくる。ちょっと変化球でモンスターボールくらいだ。一言添えて下さいと言われても全然平気だったな。『チャンピオンタイムを楽しめ!』これが一番喜んでもらえる。オーナーになってからは『ポケモンバトルを楽しめ!』に変わった。芸がなくて申し訳ないんだが、俺にセンスを求めないで欲しい。
でもスクラップブックの一番後ろのページとなると、話が違ってくる。何と言うか、このスクラップブックはキバナなりに思い入れがあってこういう形になったのだから、何かそれらを総括するようなものでなければならないような気がする。何だか格言めいたことだとか、そういう含蓄ある言葉。少なくともキバナに向かって『ポケモンバトルを楽しめ!』と書くのは絶対に違う。キバナとはポケモンバトルだけの関係じゃないんだから、バトルのことだけ言うのは違うんだ。
俺がファンからスクラップブックを貰ったことがないと告げると、キバナは困惑して
「ホントに?オレさま、こういうの結構もらうんだけど」
と言って写真を見せてくれた。何種類もあったな。文字から察するに複数人から貰っている。テープやペンやシールで可愛らしくデコレーションされた表紙の台紙帳には、キバナを褒めちぎった新聞記事や、雑誌の切り抜きなんかで出来ていたらしい。中の写真も見せてもらったんだが、色鮮やかで、画面いっぱいに持ち主の好きなものが詰め込まれていて、キバナが作ったスクラップブックとは全然違ったな。女の子って感じだった。上手く言えないが、きっと多分そんな感じ。
前々から思っていたことなんだが、俺とキバナでは大分ファン層が違う。それはもちろん悪い事じゃなくて、単純に俺とキバナではタイプが違うから、ファンの方も全く違うアプローチで応援してくれているってだけの話なんだが。でも十年も一緒にスタジアムに立ってきて、キバナがスクラップブックに度々サインしていたなんて言う事は全く知りようもなかった。今でもこうして知らないキバナがいることに、俺はちょっとだけ寂しさを感じたりする。
参考にしようと思って、
「君はこういう時なんて書いてるんだ?」
って聞いてみたんだ。
「気分によるけど、『求めよ、さらば与えられん』とかだな。無難だろ」
とサラッと聖書の引用をしてみせた。無難ってなんだと思わなくもないが、益々俺は頭を抱える羽目になった。
こういう時、もう少し勉強しておくんだったなと思わされるな。俺の人生経験の半分以上はバトルで埋まっていたので、俺の引き出しは圧倒的に少ない。これを読んでるティーンの子がいたら、悪い事は言わないから色んな本を読んでおくのをオススメするぜ。なるべく偏りなく手広く読むとキバナみたいになれるぞ。キバナは自分を器用貧乏だって皮肉るが、ガラガラの引き出しだらけの俺よりかは上手に世渡りできるだろう。特に、ある日突然何の前触れもなくスクラップブックに一言求められたときにとても役に立つぞ。俺からの全くためにならないアドバイスだ、参考にしてくれ。
もうスマホで検索かけるかな、と思い始めた。
「世間話で恋愛系の話になったら、『あまりに度々「俺は愛していない」と言う人は、愛しているのだ』とかな」
それは激励になっているんだろうか。よく分からない。
「まあ、それっぽい事書いてありゃ大丈夫だよ」
「何でも良いからパッと思いついたヤツないのか?」
と促されたので、
「『天使にも似た悪魔ほど人を惑わすものはない』かな」
と言ったら嫌な顔をされた。それオレさまに向ける言葉か、だから書かなかったんだろ、とか適当なやり取りをしながら、やっぱり俺は困っていた。本当に全然思い付かなくて「何も思い付かない。時間をくれ」と懇願した。キバナは本気で困った顔をして
「そこまで悩むことじゃないだろ。それなら諦めるわ」
と言ってスクラップブックを引っ込めようとした。俺は慌ててキバナからスクラップブックを奪って
「違う。君に贈る言葉を選びきれないんだ。もうちょっと待ってくれ。なんとかしてみせる」
と再び懇願して、何とか時間をもらった。
キバナと過ごした時間の多さはもちろん、この一年近くでどんどん俺たちは変わっていったから、だから直近のことも含めるとどうしても整理が追い付かない。簡単に一言、だなんて小さなスクラップブックに収めるのは大変なんだ。それが分からない男でもないだろうに、キバナは時々分からない振りをする。俺が言っているのは、そういうところだぜ。
結局のところ、俺は二日ほどうんうん唸りながら七転八倒して
『恋と戦争においては、あらゆる戦術が許される』
と書いた。これを読んだキバナは俺を指さして笑い転げてくれた。罵るなら罵れ。待たせた割にはどうしようもないって自覚はある。