『料理』
前回の原稿が掲載されて一週間後、なかなかの反響があったと編集部から聞かされたぜ。プレッシャーがすごい。マジで皆ダンデのプライベートに飢えてるんだな。オレさまのSNSアカウントの方にも感想もらったりしたぜ。ありがとうな。感想の中にリザードンと具体的にどんなハンドサインしてるの?って声があったから簡単に答えておくかな。『俺は止めた』の場合、右手の掌を相手に見せながら、左手は二度自分の方を指でさす。右手が『止める』、左手の動きが過去形を表すんだぜ。未来形なら相手の方を指すし、現在形なら下を指す。結構よく出来てるだろ?
後はリアルでも感想もらったな。ダンデから。アイツ、発売日に休み取って「GP」買ってナックルジムに押し掛けてきたんだぜ。ノーアポで。書いた本人の目の前で読むし、思ったことすぐ言うし、文句多いし、オレさま勤務中だっての。いつもは優秀なジムトレーナー達が追い返すなり何なり対応してくれるんだけどな、その日に限って三人とも有給消化してたんだよな。その日はずっとぶうぶう文句垂れてたけど、なんだかんだ言いながらでかいきんのたま一個分するコース料理奢ってもらってきた。律儀な奴だな。極上に高い飯奢れって書いたのはオレさまだけど。
オレさまの反省としては取材不足!ってことで、本人にオフの日とかどうやって過ごしてるのか聞いてきたわけ。バトルとポケモン以外で。お前がプライベートでもバトルとポケモン漬けなのは皆も分かってるんだよ。何ならお前のオフに一番付き合ってるのオレさまだからな。だからそれ以外で何して過ごしてるのか聞いてみたんだよ。そしたらアイツ、ヌメルゴンにくっつかれてる時より困った顔して
「特になにも」
だとさ!うわーって感じしない?オレさまだけ?思わず
「嘘だろ?」
って聞き返しちゃったぜ。マジかと思って休みの日にアイツの家に押し掛けてみたけど、本当に何にもしなかった。ポケモンのケアして、淡々とバトルのログ見ながらダメージ計算の練習とかして、新しく出た戦術の本読んで、余った時間はスポーツジムでトレーニングして一日終わったからな。家事もしない。そういうのはハウスキーパーに任せっきりだとさ。趣味とかねえの?って聞いたら
「バトルだが?」
って返された。取材結果としては、ダンデには面白いオフの過ごし方はなかった。終わり。
でもそれじゃあ原稿は埋まらないし、締切も待ってくれないんだよなあ。そんな訳で、じっくりお宅拝見してきた。ダンデ自身が面白くなくっても、ダンデの自宅に面白いものがあれば良いなと思って。何か気に入ってるインテリアとか、こだわりの居住性とかもうなんでも良い。プライベートっぽいことで原稿が埋まるなら今回はそれでいくしかない。日記とか出てきてくれたら最高。
とは言ってもダンデはダンデなので、そんなに面白いことは転がってなかったんだよな。家には殆ど帰ってないらしいから綺麗なもんだし、家具も少ないし、インテリアなんて洒落たものもない。あえて言うならシュートシティの夜景が綺麗。いやこれは立地の問題であってダンデがこだわったポイントでもなんでもないしな。
色々と家探ししてたら、キッチンのシンクには水垢ひとつない癖に冷蔵庫にはやたらと食材が詰まってるなって気付いたんだよ。サニーレタスとか、トマトとか、卵とか、チーズとか、切り落としのハムとか。他にも作り置きのおかずが何品か。多分ハウスキーパーさんが補充してくれてるんだろう。パッと見た限りではサンドイッチならすぐ作れそうだったんだよ。だから
「お前、カレー以外になんか料理出来んの?」
って聞いてみたんだよ。そしたら意気揚々と
「出来るぜ!」
って言われてさ。そうなったら
「じゃあ何か適当に頼むわ」
ってなるじゃん。オレさま、結構期待したんだよ。だってダンデの手作り料理だぜ。美味くなくても美味くてもどうやっても面白くなるやつじゃん。手早く作るならオムレツとかかなーって予想したりな。うまくまとまらなくてスクランブルエッグになることまで想定したんだよ。
そしたらダンデの野郎、キャンプセット漁ってボブの缶詰と豆缶取り出してきて、鍋に突っ込んで煮て終わった。写真はその時の……なんだろう、名称のない飯とエプロン姿のダンデ。まあとにかく「ダンデの料理」だ。あえて言うなら「ボブ缶豆スープ」。鍋に入ったままで悪い。丁度いい皿がどこにあるか分かんなかったんだよ。信じられるか?自分の家なのにアイツ食器棚のどこにどういう皿が収まってるのかも分かってなかったぞ。辛うじてコップは出てきたけどな。結局、人の家の食器棚漁るのも気が引けたから、仕方なくキャンプセットからカレー皿とスプーン出して食べた。スープだけだと味気ないだろうと思って、オレさまは自前のしょくパンをフライパンで焼いた。これも置く皿が見当たらなかったから熱い熱い言いながら急いで食べる羽目になったんだけどな。
ダンデは洗い物増やしたくないって言って鍋から直に食ってたんだけど、アレはオレさま的にはナシ。あれは、なんか、ショックだった。
「親元離れた男の一人暮らしなんてこんなものだろ」
って言われたけど、オレさまにはそんな身に覚えはないぞ。料理したらちゃんと皿に盛り付けるし、面倒くさがらずに毎回皿洗いしてる。ダンデのこういうところ、オレさまとしてはマジかあって思うんだよな。オレさまと言う客がいるって言うのにそこの手間省くかーって。それ伝えたらダンデに「君、結構お育ちが良いよなあ」って言われた。これは育ちの問題なのか?実はこれ書いてる今もコレは怒って良かったんじゃないかって真剣に悩んでる。あまりの事に怒るタイミングが分かんなかったんだけど。いやもう、カルチャーショックが凄い。異文化に直面してオレさまはこんらんしてる。
オレさまは何かこう、コレジャナイって感じでもやもやしながらスープ食べた。いや美味いか不味いかで言えばモチロン旨いんだけど。あつあつ、ジューシー、間違いない味だったよ。でもこれはボブの力であってダンデの力ではない。人間振り捨てたくなるくらい忙しい時にはオレさまも似たような料理作ることあるけどな。でも今期待してたのはそういう自堕落な自活力じゃなかったんだよ。
オレさまはこの、行き場のない虚しさを抱えて途方に暮れた。少なくともこれは期待してた食事風景ではない。流石にな、ダンデ相手に洒落たテーブルクロスの上にSNS映えする料理が何品も並んで、みたいなのは期待してなかった。でもな、これはあんまりにもあんまりじゃねえ?包丁も握らず、塩コショウすらせずに完成したものを手作り料理と呼べるのか?冷蔵庫にも指一本触れてない。確かにこれなら失敗しようもないけど。
「豆よりも野菜パックの方が良かったか?」
じゃねえんだよ。プライベートのお前、本当に全然面白くない。もうちょっと協力的にエッセイに書くネタをくれ。
オレさまは皿洗いながら、
「ダンデにはもっと色んなことをやらせなくちゃダメなのでは?」
という気になってきた。コイツ、ファンに見せない部分とか、そういう所の手を抜きすぎなんじゃないかって。前々から分かってたけど、ダンデってバトルとポケモンが絡まないとすぐ興味なくすんだよ。それで、興味のないことに対しては極限まで手間を惜しむ。料理なんかだと分かりやすいよな。下ごしらえで肉を叩いたり調味料刷り込んで寝かしたりしたら美味くなるって言うのは誰でも分かる。オレさまはそういうのはキッチリやりたい。それで今回は美味く出来たな~って思いながら楽しく食事がしたいタイプ。でもダンデは違うんだよ。食えれば良いから適当に肉をぶつ切りにしたらフライパンに放り込むタイプ。過程も手間も楽しさの一つだって言うのに、ダンデはそうは思わないんだよな。そういうことを消費するのが致命的にヘタクソ。その代わりバトルは誰より楽しむんだけど、でもそれって人としてのバランスどうなってるんだよって思う。上手く言えねえけど。これでマトモな生活できるのか心配になる。オレさま別にダンデの親じゃないけど、でもオレさまが言わなきゃ誰がダンデに言うんだって話なんだよな。
そんな訳で、これからはダンデには少しずつ今までやって来なかったことに挑戦してもらおうと思う。連載中に上手く行ったら原稿に書くネタになるし、ダンデの生活の質がちょっとでも上がるかもしれないしな。皆も何かダンデと挑戦して欲しいことがあったら「GP」編集部に感想と一緒に送ってくれ。ちょっと検討してみる。
最後にさ、衝撃的すぎてまだ未消化な事実があるからちょっと吐き出させて。皿洗い終わってすぐにダンデが
「そう言えば、確かここに食洗器なかったか?」
とか言ってシンク下の大棚スライドさせたんだよ。そしたらマジで食洗器あった。鍋も余裕で入るようなデカいヤツ。忘れてたって笑顔で言われて膝から崩れ落ちた。もう、オレさまちょっと泣いた。いや皿洗いの手間とかじゃなくてさ。頼むから自分の家でちゃんと生活してくれって心の底から思った。ヤバい。こんなデカいものの存在忘れるとか、そんなことある?オレさまが本気でどうにかしなくちゃコイツ本当にダメだと思った。もうちょっと自分の身の回りのことに興味持ってくれ。本気で頼む。