指導者
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神尾先生の発声教室
当団では神尾先生ご自身の経験と理論に基づいた”神尾式発声法”で発声練習を行っています。
ご興味のある方はぜひ当団で体験されてはいかがでしょうか♬
1.“神尾式発声法”
*歌うときは息を吸わない
もちろん歌うときは息を吸わないと歌えるわけがないと皆さんは常識的に思われるでしょうし、実際には息を吸い込み歌うわけですが、息を吸うことに意識がいってはいけません。その後うまく息が吐けなくなるからです。
歌う前に次のフレーズがどういうものか完全に思い描けていると、身体が勝手に息を吸ってくれます。そして息を継ぐときも、歌うときも、最大限身体の力が抜けていないと上手く歌えません。文章にするのは難しいですが、「力が抜けている」ということが最も大事なことなのです。
*歌っている間はお腹をへこまさない
肺の中の空気が減っていくのだからお腹はへこむはず、と思われているでしょうし、発声を学ばれた人は、「お腹を膨らませて息を吸い込み、歌うときはへこませる」と習ったかもしれません。しかし実際には息が減っていくに従ってお腹を出すようにして、へこませないようにするのです。そうすることで「支え」が効いた安定した声になりますし、最後まで音色が変りません。お腹をへこませながら歌うと、息が切れてきた時に声が窮屈な感じになってしまいます。
2.“腹芸(はらげい)”
私の発声法は「腹芸」と名付けています。昔(今でもいるのかな?)ちょっぴり太ったお腹に顔の絵を描いて、それを動かして笑いをとる芸がありましたが、それに動きとしては似ているからです。
声を出すときは「喉から」と思っているかもしれませんが、本当に大事なところは「腹」なのです。もうちょっと専門的にいうと、呼吸筋つまり、横隔膜、内肋間筋、外肋間筋、胸鎖乳突筋、前斜角筋、中斜角筋、後斜角筋、腹直筋、内腹斜筋、外腹斜筋、腹横筋などの筋肉を使って空気を送り出し、声帯及びその近辺の筋肉、つまり、閉鎖筋、輪状甲状筋、そして顎の周りの筋肉、つまり、咬筋(こうきん)、側頭筋、内側翼突筋、外側翼突筋などの筋肉は最小限の力のみで発声しなければなりません。しかし無理に声を出そうとすると。声帯の周りの筋肉や顎の筋肉に力を入れてしまいがちなのです。
しかも呼吸筋というのは普段そんなにしっかりと使うことがありません。安静時の呼吸は息を吸うときには筋肉を使っても、吐くときには肺が自ら縮まる力のみで吐いているからです。激しい運動時も筋肉はたくさん息を吸うのに使われていて、吐くときは力を抜いているはずです。実際にハーハーとやってみればわかります。
しかし歌うときには長く、しかも安定した息を吐き出さなければなりません。だから先ず呼吸筋を鍛えることから始めるわけです。
そこで一日30秒、お腹の上下運動をみなさんにやっていただいています。
効果が出ているか否か、それを確かめる方法を紹介します。上の「ド」の音を大きく息を吸い込んでから何秒伸ばせるか、「ロングトーン」をやってみてください。声が無くなるまでではなく、声が震えそうになるまで。筋肉が鍛えられてきたら日に日に長くなるはずです。
3.“上下運動”
さて、実際にお腹をどういう風に使うかですが、まず基本は「上下運動」です。具体的には「上げて、落とす」運動です。お腹をへこませて肉ごと下に落とします。そうするとパワーが得られると思いますが、そのパワーを声に変換して前へ飛ばすのです!開拓時代を描いたアメリカの映画などで時々出てくるハンマーゲームのように、ハンマーを打ち下ろしたらオモリが上に飛んでいく、というイメージです。歌っている間は始終「上下運動」を使います。
先ずは歌い出し。指揮者が「さん、ハイ!」と手を動かすのを想像して同じタイミングでお腹を上げます(へこませます)。そして音が出るのと同時に落とすのです。
ブレス(息継ぎ)も同じです。指揮者がブレス時に腕を大きく動かしますね。それと同じタイミングでお腹をへこませます。この時に「息を吐き切る」ことがとても重要です。
「スタッカート」があるときも「上下運動」を使います。バスケットボールをドリブルするイメージで、鋭く動かします。「アクセント」はスタッカートの音を切らないバージョンです。動きは一緒です。
跳躍する音を出すときも上下運動です。この時にフォルテと書かれていたら、なおのことお腹をつかわないといわゆる「喉の声」になってしまいます。
最後に付点8分音符と16分音符の組み合わせのリズム、私は「タッカのリズム」と呼んでいますが、それが出てきたときも使います。アクセントの時の使い方と動きは同じです。
スタッカート
アクセント
タッカのリズム
4.“前後運動”
基本的に歌うときはどちらかの足を前にしておきます。そうすることでお腹をより支えることができます。その上で通常は「上下運動」を使って歌っていきます。そして「ここ!」という高い音域が現れたとき、またはフォルティッシモを要求されたときに「前後運動」を使います。
ここで野球を思い出していただきたいのですが、ピッチャーが投球するときに、「ワインドアップ」という投げ方と「セットポジション」という投げ方を使い分けているのはご存じでしょうか。「ワインドアップ」というのは「ピッチャー、振りかぶって~」という投げ方です。「セットポジション」というのはランナーを塁に出してしまってからの投げ方です。当然振りかぶった方が早い球を投げられます。(ちなみに最近は「ノーワインドアップ」という投げ方をするピッチャーが多いです。)
その「ワインドアップ」と「前後運動」は似ていると言えます。実際に前後運動を使うときは投球のタイミングで足を使います。
具体的には「高い音が出てきたとき、その一拍前くらいに後ろ足に体重を移動し、その音の直前で前足に体重をかけながら踏む込む運動」です。その動きがうまく決まると高い声を、それこそボールを遠くに投げるように楽に伸びやかに出すことができます。ちなみにバッターがホームランを打った時の動作にもなぞらえることができます。(野球のことばかりですみません・・・)
いずれにしてもこのテクニックを習得するのは、それを身体が覚えるまで練習するしかありません。私もちょっと理解できたかな、と思えるまで4年くらいかかりました。皆さんも地道にがんばってみてください!
ワインドアップ投法
5.“旋律の歌い方”
私が声楽のレッスンをするときに必ず基本にしているのが、コンコーネ50番です。この巻頭に、故 畑中良輔先生がこう書かれています。
「コンコーネの作品9に当るこの50の練習曲は、声楽を学ぶ人のだれでもが必ず通過しなければならない本であ
ることは、今日の日本ではもう常識となっている。」
つまり、声楽をやっている人でコンコーネをやっていない人は「もぐり」だ、ということです。
そしてコンコーネの使い方として
(1)ソルフェージュとして使用する。
(2)純粋の発声法のために使用する。
(3)旋律の歌い方の音楽的な処理を学ぶために使用する。
と書かれています。
私が指導するときは先ず「(3)を目指してください。」と言っています。(1)の「ソルフェージュとして」というのは、楽譜を正しく読め、正しいリズムと音程で歌えるか、ということですので、これができないと歌の世界に入ることもできません。また(2)は教える側も教わる側もこれが目的になることでしょう。でも私は(3)の音楽的な処理。というのが最も大切だと思っています。
旋律を歌うときには、まず理想形を頭の中で作っておかなければなりません。「この旋律はこのように抑揚をつけて」、「ここでドラマチックにして」、「ここで収めて」、という風にです。
実際に多くの人はどのように「声を出すか」に主眼がいってしまっています。プロでも「声だけで勝負している人」はたくさんいます。でもそれでは本当に感動する音楽は生まれません。だから最初に理想形を描いておいて、そのためにはこういうテクニックを使うというふうにしなければ実践で使えません。
皆さんも歌うときには一度立ち戻って、楽譜を見ながら頭の中で理想の旋律線を探してみてください。
6.“強弱について”
p(ピアノ)やf(フォルテ)という「概念」がバロック音楽時代に無かったのはご存知でしょうか。バッハの楽譜に強弱記号が付いていることがありますが、それは後の時代の人が「多分バッハはこういう風に表現したかったんだろう」という想像の元に付けたものです。
チェンバロという楽器をご存知だと思いますが、強弱を付けられる機構になっていません。強く弾いても弱く弾いても同じ音量です。古典派からロマン派へ移行する時代にフォルテピアノという楽器が作られ、その頃から楽譜に強弱が付けられるようになったのです。したがってハイドンやモーツァルトも初期の作品には強弱が付いていません。フォルテピアノという楽器は今のピアノとちょっとまた違っていて、現代のピアノをあえて違う名前で言うと、「モダンピアノ」と呼ぶことができます。フォルテピアノはドイツ語圏では「ハンマークラーヴィア」とも言います。ご存知の方はピンときたかもしれませんが、ベートーヴェンのピアノソナタ第29番が「ハンマークラーヴィア “Hammerklavier"」と呼ばれていますね。ですので、この時代あたりから強弱がはっきりし出したことは明らかです。
そしてpとfはどんどん増えていき、五つも六つも付けられました。ただし注意点として。ppはピアニッシモ、ffはフォルティッシモと読んでいますが、これらの本当の意味は「最上級」(ppは最上級に弱く、ffは最上級に強く)なのです。よって三つ以上は理論上ありえないことになりますが、これを付けたがる作曲家の心理は理解できます。
さて皆さん、ジャズやポップス、ロックなどに強弱記号はあるでしょうか?実は実用上使われていないのです。ppのハードロックって考えただけでも頭が混乱しますね。
つまり、強弱を音楽の上で表現として使っているのは、ベートーヴェン以降のクラシック音楽のみに限られているわけです。ですのでクラシック音楽というのは表現芸術において最も高いところにいる、といっても過言ではないでしょう。例えば「歓喜の歌」で有名なベートーヴェン作曲の第九に付けられている強弱記号は、ベートーヴェンがどう考えて付けたのか、機会があれば皆さんもをぜひ考察してみて下さい。そうすることで曲に対する理解と愛着が一段と高くなることでしょう。
7.“暗譜について”
「暗譜」というと負担に思う人も、もっと言うと拒否反応が出てしまう人も少なからずいらっしゃることでしょう。年齢が上がれば上がるほどそう思うであろことは想像に難くありません。でも私は常に「暗譜してからがスタート」と言っています。逆に言うと暗譜をしないと話が始まらないのです。
暗譜で歌うことでどう変ってくるかとういと、先ず覚えた方が断然身体の反応が早いです。それはつまり身体に負担をかけない、歌で言うと良い発声ができるのです。楽譜を見ていたってそうは変らないと思われるかもしれません。でも楽譜を「見る」ということは脳の動作が一つ増えるので、処理がそれだけ多くなってくるのです。それこそ歳が上がれば上がるほど処理能力がたいへんになってきます。
それからもう一つの利点は「音楽に集中できる」ということです。試しに目を瞑って歌ってみてください。自分の声のこととか身体のこととかに意識を送ることができるので、結果いい音色の声を出せて、いい音楽になっていくというわけです。私の今までの経験でいうと、「声が美しくない人」は自分の内面に目が向けられていない人です。ですから暗譜は必須なのです。
もう亡くなった指揮者のカラヤンをご存知だと思いますが、オーケストラを指揮するときは目を瞑っていました。その映像は今でもたくさん見ることができます。あれはパフォーマンスだと言う人がいますが、私は「音楽に集中した姿」だと思います。
より音楽の世界に浸れるように、是非暗譜の精度をあげてみましょう!
※2019年度よりNPO法人習志野第九合唱団の合唱指導に就任。本稿は習志野第九合唱団発行の「合唱団ニュース」(2019年9月~12月)に掲載されたものを一部修正しています。