エゾチヂミボラ

 Nucella heyseana (Dunker, 1882)

※本種の和名については、日本近海産貝類図鑑 第二版 に従っています。

レア度:よく見られる

形態:中型の巻貝で、5㎝程度に成長する。イボニシレイシガイに似ているが、貝殻表面はイボ状ではなく、基本的にチヂミ状である。本種は貝殻形態の変異幅がたいへんに広く、過去に貝殻の形や表面の状態に基づいて記載された種(亜種)の一部は、本種の種内変異である。チヂミボラ N. freycineti とは、陰茎の先端部が長いヒモ状になること、卵嚢の表面が平滑で基部に長い柄があることで区別できる (Zaslavskaya & Kolotuchina 2003)。

生息域:房総半島以北、日本海、北海道、千島列島、韓国、オホーツク海に分布し、潮間帯・潮下帯の岩礁に生息する。七重浜では堤防の岩礁で普通に見られる。

生態:雌雄異体であり、体内受精により繁殖する。臼尻では、10月頃から交尾が観察され、翌年4月~5月に産卵期を迎える (Kawai & Nakao 1993)。子は直達発生する。例によって穿孔捕食者であり、臼尻ではムラサキイガイムラサキインコなどのイガイ類を捕食する (Kawai 2002)。

その他:日本には、チヂミボラ N. freycineti とエゾチヂミボラ N. heyseana の少なくとも2種が分布する (Mae et al. 2013; Okutani 2017)。この2種の原記載の図は、Zaslavskaya & Kolotuchina (2003) によって明らかにされ、そのとき初めて貝殻・生殖器・卵嚢を含む諸形質の比較・整理が行われた。現在、両者が別種として明確に区別されることは、アロザイム分析や (Zaslavskaya & Kolotuchina, 2003; Mae et al. 2013)、mtDNA・核DNAに基づく分子系統解析によって支持されている(Marko et al. 2014)。しかし、上記の論文が世に出る以前、チヂミボラ N. freycineti の実態は正しく認識されておらず、しばしばエゾチヂミボラ N. heyseana と混同されてきた。例えば、Marko et al. (2014) は論文のなかで、Collins et al. (1996) がチヂミボラの学名 N. freycineti で図示した種 (サンプリング地として臼尻、厚岸を挙げている) は、実際にはエゾチヂミボラ N. heyseana であったことを述べている。

「日本近海産貝類図鑑」の2000年版でも、エゾチヂミボラの学名は N. freycineti とされており、種の実態と名称の間にずれがあったことがわかる。第二版では、エゾチヂミボラの学名は N. heyseana に変更され、N. freycineti はチヂミボラの学名に充てられている。ところが、本書がチヂミボラとして図示している貝は、両版に共通してエゾチヂミボラ N. heyseana である。本書は一貫して、エゾチヂミボラは殻表が粗く彫刻されることを強調し、チヂミボラとの区別を図っている。しかしながら、エゾチヂミボラ N. heyseana には平滑型と彫刻型が存在するため (前ら2003: N. freycineti として)、殻表の状態は種間の本質的な差異を反映していない。先述のようにエゾチヂミボラ N. heyseanaとチヂミボラ N. freycineti  は遺伝的に区別される別種だが、その形態的差異は螺塔と開口部の形状、生殖器、卵嚢にある (Zaslavskaya & Kolotuchina, 2003; N. freycineti の卵嚢はGolikov & Kussakin 1978)。なお、コシタカチヂミボラ N. elongata はエゾチヂミボラ N. heyseana のさらに巻きが高い個体であり (Chichvarkhin & Chichvarkhina 2014)、両者は遺伝的にも区別できない (Marko et al. 2014)。「日本近海産貝類図鑑」のチヂミボラ・エゾチヂミボラの図版は、どちらもエゾチヂミボラ N. heyseana である。

2018年10月 山上
2020年9月@厚岸 山上
2018年10月 山上若い個体
2021年3月 とみよし
2018年10月 山上ムラサキイガイを捕食
2021年5月‘@茂辺地川ちかくの磯 とみよしそれぞれのカプセルには長い柄があり、表面はツルツル

ところで、「日本近海産貝類図鑑」 の2000年初版では、チヂミボラの学名は N. lima (本来この学名はホソスジチヂミボラを指す) となっている。チヂミボラ N. freycineti とホソスジチヂミボラ N. lima はよく似ていて、分子系統解析でもこのことを支持する結果が出ている (Marko et al. 2014; Barco et al. 2017, ただしエゾチヂミボラ N. heyseana とは遠縁である)。ホソスジチヂミボラ N. lima は、アリューシャン列島からカムチャツカ半島に広く分布する (Cox et al. 2014; Houart et al. 2019)。しかし、Cox et al. (2014) は、「サハリンにはチヂミボラ N. freycineti とエゾチヂミボラ N. heyseana の2種が生息し、ホソスジチヂミボラ N. lima は生息していない」と3者を区別したうえで (詳細は不明)、ホソスジチヂミボラ N. lima の産地を北海道 (えりも付近) に1箇所プロットしている。Mae et al. (2013) は、えりも付近からのみチヂミボラ N. freycineti を報告した。したがって、えりものチヂミボラ N. freycineti は実際にはホソスジチヂミボラ N.  lima である可能性が残っている。なお、チヂミボラ N. freycineti の卵嚢には、ホソスジチヂミボラN. lima の卵嚢にない横方向の筋があることで明瞭に区別される (Golikov & Kussakin 1978)。これら2種の卵嚢には、エゾチヂミボラ N. heyseana の卵嚢にみられる長い柄に相当する部位が明確に存在しない (Golikov & Kussakin 1978)。

2016年4月7日 りった産卵中
2021年3月 とみよし七重浜には丸っこい貝殻も落ちてる
2021年8月28日 りったよく摩耗している
2021年9月4日 りった
2021年9月5日 りった
2021年9月5日 りった
2021年9月5日 りった
2021年9月20日 りった
2021年9月20日 りった食べようとししているのか?
2023年4月3日 とみよしカプセル

引用文献: