RESEARCH

代謝は分子生物学が勃興する以前から研究されてきた歴史ある分野です。近年、質量分析によって、代謝中間体の絶対量を正確かつ網羅的に測定できるようになり、代謝変動の全体像が一挙に明らかになってきました。しかし、網の目のように張り巡らされた代謝経路がどのように制御されているのか、未解決の問題が山積みとなっています。私たちは「タンパク質分解」を切り口として、代謝経路のオンとオフを制御するスイッチの仕組みを明らかにしようとしています。このような研究は、微生物においては有用物質の生産を目指した代謝工学への貢献が期待されます。ヒトにおいては、代謝異常によって引き起こされる様々な疾患の克服につながることが期待されます。

(1)タンパク質の分解による代謝経路の制御機構

(2)タンパク質の分解によるオルガネラの品質管理機構

(1) タンパク質分解による代謝経路の制御機構

微生物を代謝工学的に改変して有用物質を大量生産させるには、代謝の基本的な制御機構を明らかにする必要があります。古典的には、代謝酵素のアロステリック制御、フィードバック制御、フィードフォワード制御などが研究されてきました。分子生物学の発展以降、代謝酵素の転写レベルの制御なども明らかにされてきました。近年、代謝経路が「タンパク質の分解系」よって制御されていることを示す例が次々に報告されています。たとえば、解糖系(Glycolysis)と糖新生(Gluconeogenesis)のスイッチング(左下図)、グリオキシル酸回路(Glyoxylate cycle)のスイッチング(左下図)、ステロール合成経路(Sterol biosynthetic pathway)の制御(右下図)では、ユビキチンリガーゼ複合体を介した代謝酵素の「分解」が重要な役割を果たしています(Crit. Rev. Biochem. Mol. Biol. 2015に詳述)。タンパク質の翻訳後修飾やユビキチン・プロテアソーム分解系による代謝の制御は散発的に報告されてきましたが、系統的に調べられた例はほとんどありません。当研究室では、代謝経路をタンパク質の翻訳後修飾や分解という観点から徹底的に見直す-「斬る」-ことによって、物質代謝の新しい制御系の発見を目指しています。このような研究は、バイオ燃料など、微生物による物質生産能の向上を目指した代謝改変の戦略に、高いインパクトを与えるものと考えられます。 

Nakatsukasa et al., Crit. Rev. Biochem. Mol. Biol. (2015)より抜粋

<参考文献>

Hayashi et al., FEMS Yeast Research, 2023

Nishio, Kawarasaki, and Sugiura et al., Sci. Adv., 2023

Kawarasaki and Nakatsukasa, Heliyon, 2023

Nakatsukasa et al., Biochem. Biophys. Res. Commun. 2022

Kusama et al., iScience, 2022

Nakatsukasa et al., J Biosci. Bioeng., 2019

Nakatsukasa et al., Mol. Cell, 2015

Nakatsukasa et al., J. Biol. Chem., 2014

Liu and Nakatsukasa et al., Mol. Biol. Cell, 2011

(2)タンパク質の分解によるオルガネラの品質管理機構

リボソームで合成されたタンパク質は、正しい立体構造を形成して初めて本来の機能を発揮することができます。しかしながら、タンパク質成熟化の"歩留まり"は必ずしも良くなく、立体構造の形成に失敗した不良品(異常タンパク質)が必ず生じます。立体構造形成の失敗は確率論的にも起こりますが、ストレス、加齢、遺伝的エラーなども、タンパク質の構造異常を引き起こす原因となりえます。細胞には、異常タンパク質を特異的に認識して、修復、または分解(除去)する「品質管理(Quality Control)」と呼ばれる仕組みが備わっているので、通常は問題ありません。しかし、品質管理機構のキャパシティーを超えた大量の異常タンパク質が蓄積したり、機構そのものが破綻してしまったりすると、ヒトでは重篤な疾患につながると考えられています。品質管理の基本的な仕組みは、高等生物から単細胞である酵母まで広く保存されています。生体高分子の「品質管理」という概念の構築には、酵母の研究から得られた知見が重要な役割を果たしてきました。

真核細胞には、細胞質、核、小胞体、ゴルジ体、リソソーム、ミトコンドリア、葉緑体、細胞膜など、様々な区画が存在します。近年の研究から、それぞれの区画に独自の品質管理機構が備わっていることが分かってきました。最も研究が進んでいるのが、小胞体におけるタンパク質の品質管理機構です。小胞体に異常タンパク質が蓄積すると、(1)翻訳抑制による小胞体への負荷の低減、(2)分子シャペロンの誘導による小胞体内のフォールディング容量の増強、(3)異常タンパク質の分解系の誘導など、小胞体の恒常性を維持するための反応「小胞体ストレス応答」がおこります。当研究室では、小胞体における異常タンパク質の分解系(endoplasmic reticulum-associated degradation: ERAD)に着目して、in vitroアッセイ系と遺伝学を併用しながら、その分子機構を調べています(Curr. Opin. Cell Biol 2014に詳述)。

Nakatsukasa et al., Current Opinion in Cell Biology (2014)より抜粋。

<参考文献>

Ikeda et al., Genetics, 2024

Takano and Nakatsukasa, bioRxiv, 2023

Nakatsukasa et al., Curr. Genet. 2022

Nakatsukasa, Int J Mol Sci., 2021

Okumura et al., iScience, 2020

Matsumoto et al., Mol. Cell, 2019

Guerriero et al., Mol. Biol. Cell, 2017

Nakatsukasa et al., PLOS ONE, 2016

Nakatsukasa et al., Crit. Rev. Biochem. Mol. Biol., 2015

Nakatsukasa et al., Mol. Biol. Cell, 2013

Nakatsukasa et al., Methods Mol. Biol., 2010

Nakatsukasa et al., Cell, 2008

Nakatsukasa et al., Traffic, 2008