ミトコンドリアの機能不全と関連する新しい細胞内現象の発見 

異所性代謝ストレスの発見

概要 当研究室では、兵庫県立大学、名古屋大学、京都大学、慶應義塾大学、九州大学、福岡女子大学のグループと共同で、ミトコンドリアの機能不全と関連する新しい細胞内現象を報告しました。 ミトコンドリアの機能不全が原因で,ミトコンドリアのタンパク質が本来とは異なる場所に局在化すると,細胞全体の機能障害を引き起こすことが知られています。これは,誤局在したタンパク質が正しい立体構造を形成できず,生存に必須なタンパク質を巻き込んだ凝集体を形成することで,タンパク質ネットワーク全体の恒常性を破綻させるのが主な原因と考えられています。しかし本研究において,ミトコンドリアのクエン酸合成酵素に焦点を絞り解析したところ,サイトゾルに誤局在しても活性を有した立体構造を形成できるだけでなく,異所的な代謝反応を起こすことで,細胞内の代謝恒常性を破綻させることが分かりました。このような状況に対して細胞は,クエン酸合成酵素を分解,あるいはタンパク質の新規合成を抑制することで対処しますが,限度を超えると対処しきれず,細胞増殖が著しく阻害されることも見出しました。ミトコンドリアのタンパク質が誤局在する現象は,神経変性疾患に関わるタンパク質の蓄積によっても引き起こされることが示唆されています。 本研究は,ミトコンドリアの機能不全に起因する細胞障害の新しい機序-異所性代謝ストレス-を明らかにしたものであり,変性神経細胞内でおこる現象の理解にもつながると期待されます。本論文はScience Advances誌のオンライン版で2023年4月14日(米国東部時間)に公開されました。
【背景】 ミトコンドリアはエネルギー生産,脂肪酸のβ酸化,アミノ酸合成など,細胞内の物質代謝において中心的な役割を果たしています。ミトコンドリアは外膜と内膜の2枚の生体膜に囲まれたオルガネラで,好気性細菌が真核生物の祖先に細胞内共生して進化したと考えられています。その過程で,ミトコンドリアタンパク質の遺伝情報の大部分は核ゲノムに移行しました。したがって,ミトコンドリアタンパク質の多くは標的化シグナル(プレ配列)をもった前駆体としてサイトゾルで合成され,膜透過装置を介してミトコンドリア内へ取り込まれます。ミトコンドリアへのタンパク質取り込み反応はインポート反応と呼ばれています(図1)
図1:ミトコンドリアへのタンパク質の輸送と取り込み反応(インポート反応)(1) 核ゲノムから転写されたmRNAはサイトゾルへ輸送される。(2) mRNAを鋳型にリボソームでタンパク質が合成される。(3) 合成された前駆体タンパク質はミトコンドリアへ輸送(標的化)され,膜透過装置の孔を通じてミトコンドリア内へ取り込まれる(インポートされる)。(4) プレ配列が切断され成熟化する。
 ミトコンドリアにおけるインポート反応のメカニズムは,単離ミトコンドリアと人工的に合成したタンパク質を用いた試験管内アッセイ系で解析されてきました。しかし近年,オミックス解析や顕微鏡技術の向上により,試験管内では解析が難しかった実際の細胞内における前駆体タンパク質の挙動や,インポート反応が阻害されたときの細胞応答などの研究が進んでいます。たとえば, インポート反応の効率は,細胞の老化,活性酸素の蓄積,代謝系の撹乱などにより低下することがあります。また,神経変性疾患ではα-シヌクレイン,アミロイド-ßなどの凝集体が観察されますが,これら凝集タンパク質がミトコンドリアの膜透過装置に沈着することでインポート反応を阻害することもあります。ミトコンドリアにインポートされずサイトゾルに誤局在した前駆体タンパク質は,ユビキチン・プロテアソーム系を軸とした品質管理機構により分解処理されることが分かってきました。そして過剰に蓄積すると,生存に必須な他のタンパク質を巻き込んだ凝集体を形成して,タンパク質の恒常性を破綻させることで,細胞全体の障害を引き起こすと考えられています。しかし,前駆体タンパク質の分解に関わる具体的な因子,細胞障害の詳しい機序に関する研究はまだ始まったばかりであり,充分に解明されていません。ミトコンドリアの機能不全にともなう細胞内現象は,細胞の老化,神経変性疾患との関連から,世界的にも注目されています。
【研究の成果】 本研究では,サイトゾルにおける前駆体タンパク質の挙動を調べるために,出芽酵母のTCA回路の代謝酵素であるクエン酸合成酵素に焦点を絞り,詳しく解析しました。最初に,クエン酸合成酵素のアミノ末端にあるプレ配列を欠損させ,強制的にサイトゾルに誤局在させました。すると,誤局在したクエン酸合成酵素はユビキチンリガーゼSCFUcc1(Skp1-Cdc53-F-box protein Ucc1)によって認識,ユビキチン化され,プロテアソームにより分解されることが分かりました。このユビキチンリガーゼは4種類のタンパク質(Rbx1, Cdc53, Skp1, Ucc1)からなる複合体であり,基質タンパク質を認識するのはFボックスタンパク質の一種であるUcc1です。Fボックスタンパク質は一般的に,基質タンパク質のなかにある連続した数アミノ酸からなるペプチドモチーフを認識します。しかし,Ucc1によるクエン酸合成酵素の認識機構をX線結晶構造解析で調べたところ,Ucc1はペプチドモチーフではなく,クエン酸合成酵素の三次構造(三次元的な立体構造)が組みあがって初めて形成される分子表面を認識するという,ユニークな性質をもつことが分かりました。実際,クエン酸合成酵素の分子表面でUcc1と結合するアミノ酸は,一次構造(アミノ酸配列)では離れた位置にあることも分かりました。また,Ucc1によって認識された状態のクエン酸合成酵素の構造は,活性型のクエン酸合成酵素の構造とも極めて類似していました。すなわち,Ucc1は立体構造が組みあがって活性状態にあるクエン酸合成酵素を認識するものと考えられました(図2)。
図2:Ucc1によるクエン酸合成酵素の認識機構(上図)クエン酸合成酵素は二量体を形成しており,片方の分子(緑)がUcc1(マゼンタ)により認識される。クエン酸合成酵素のなかでUcc1と結合するアミノ酸を赤丸で示した。(下図)クエン酸合成酵素において,Ucc1と結合するアミノ酸は,一次構造では離れた場所にある。つまり,クエン酸合成酵素は活性型の三次構造を形成して,初めてUcc1により認識されると考えられる。
 プレ配列をもったミトコンドリアタンパク質の前駆体は,サイトゾルで合成された後,ミトコンドリアの外膜と内膜にある膜透過装置の狭い孔を通じてミトコンドリア内に取り込まれます。したがって,前駆体タンパク質はサイトゾルにおいて,孔を透過するために構造がほどけた状態に保たれていると考えられています。しかし,ミトコンドリアのインポート反応を阻害し,プレ配列をもったクエン酸合成酵素を蓄積させると,それもまたSCFUcc1を介して分解されることが分かりました。構造解析の結果を合わせると,プレ配列をもったクエン酸合成酵素は,少なくともインポート反応が阻害されサイトゾルに留められた状況においては,活性型の立体構造を形成していることが示唆されました。
 クエン酸合成酵素がサイトゾルに誤局在して過剰に蓄積すると,細胞増殖を阻害することも分かりました。その理由を調べたところ,凝集体を形成することで細胞増殖を阻害しているわけではなく,本来ミトコンドリアで合成するはずのクエン酸をサイトゾルで異所的に合成してしまうことが原因と分かりました。このとき,細胞全体の代謝恒常性が大きく撹乱されていることも分かりました。我々はこの状態を「異所性代謝ストレス」と呼ぶことにしました。さらに,細胞は異所性代謝ストレスに対する防御機構として,翻訳抑制を誘導することも分かりました。
 以上の結果から,ミトコンドリアの外に誤って蓄積した代謝酵素は,従来考えられていたように凝集体を形成してタンパク質恒常性を破綻させることにより細胞機能を障害するだけではなく,異所的な代謝反応により代謝恒常性を破綻させることで,細胞機能を障害しうることが分かりました(図3)。
図3:サイトゾルに誤局在したミトコンドリア代謝酵素による異所性の代謝サイトゾルに誤局在したミトコンドリアタンパク質の前駆体は,凝集体を形成することで,タンパク質恒常性を破綻させ,細胞障害を引き起こすと考えられている。本研究では,ミトコンドリア代謝酵素の前駆体が,サイトゾルで異所的に反応することで,代謝恒常性を破綻させ,細胞障害を引き起こす新しい経路を見出した。
【今後の展開】 本研究ではクエン酸合成酵素に着目しましたが,ミトコンドリアのインポート阻害により異所性代謝ストレスを引き起こす代謝酵素がどの程度あるのか,一般性を検証する必要があります。また,異所性代謝ストレスに対する細胞応答がどのように細胞機能を防御するのか,そのメカニズムも今後の検討課題です。多細胞生物において,ミトコンドリアのインポート効率と寿命の関連が報告されています。異所性代謝ストレスに対する細胞応答は,多細胞生物の発生,分化,老化という生理的な過程において,何らかの役割をもっている可能性も考えられます。代謝の要であるミトコンドリアの機能不全は,神経変性など様々な疾患と関連しています。本成果は,これら疾患の発症機序の理解や新規治療戦略の開発にもつながると期待されます。 
【研究のポイント】
  • サイトゾルに誤局在したミトコンドリアのクエン酸合成酵素が,ユビキチンリガーゼSCFUcc1を介して分解されることを見出しました。
  • ユビキチンリガーゼSCFUcc1によるクエン酸合成酵素の認識機構をX線結晶構造解析により原子レベルの分解能で明らかにしました。
  • クエン酸合成酵素がサイトゾルに誤局在して蓄積すると,異所的な代謝反応により,細胞全体の代謝恒常性を撹乱することを見出しました。異所的な代謝反応によるストレスを「異所性代謝ストレス(ectopic metabolic stress)」と名付けました。
  • 異所性代謝ストレスに対して,細胞は翻訳抑制(タンパク質の新規合成の抑制)を誘導することで防御することが分かりました。
  • 異所性代謝ストレスとそれに対する細胞応答の解明は,ミトコンドリアの機能不全に起因する疾患を理解するための糸口になると期待されます。

【研究助成】 本研究は,JSPS基盤B(19H02923, 20H03198),挑戦的研究(萌芽)(18K19306),新学術領域研究(24112009),AMED-CREST(JP20zf0127003,JP19gm1210009),次世代研究者挑戦的研究プログラム(JPMJSP2130),豊秋奨学会,および東レ科学技術研究助成の支援を受けて行われました。なお,本研究にご協力いただいた皆様には深謝いたします。
【論文タイトル】Defective import of mitochondrial metabolic enzyme elicits ectopic metabolic stress
【著者】Kazuya Nishio, Tomoyuki Kawarasaki, Yuki Sugiura, Shunsuke Matsumoto, Ayano Konoshima, Yuki Takano, Mayuko Hayashi, Fumihiko Okumura, Takumi Kamura, Tsunehiro Mizushima, and Kunio Nakatsukasa太字:当研究室メンバー
【掲載学術誌】学術誌名 Science Advanceshttps://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.adf1956
メディア紹介情報
2023 04 26 時事メディカル https://medical.jiji.com/topics/3021