飢餓状態においてリボソームの生合成を微調整する新規メカニズム
~飢餓に陥った細胞の新しい生存戦略~
当研究室では,飢餓に陥った細胞がリボソームの生合成を「微調整(ファインチューニング)」する新しい仕組みを発見しました。これまで,飢餓状態においてリボソームの生合成を「抑制」する仕組みは知られていましたが,抑制を緩和して「微調整」する仕組みも存在することが新たに示されました。本研究により,飢餓に陥った細胞の新しい生存戦略が明らかになったものと考えられます。【背景】 細胞は飢餓状態に陥ると,エネルギーを消費する反応を抑制して節約することで,延命を図ります。たとえば,タンパク質の合成を担うリボソームは,数種類のRNA(リボ核酸)と70種類以上のタンパク質とからなる複合体です。このような複雑な複合体を作り上げるには,多くのエネルギーが必要です。また,リボソームによるタンパク質の合成自体も,エネルギーを必要とする反応です。したがって,飢餓状態において,リボソームは真っ先に抑制されるべき対象の一つといえます。実際,飢餓状態では,リボソームRNAの分解,リボソームタンパク質の会合抑制,リボソーム特異的なオートファジー,リボソーム生合成因子(ribosome biogenesis: ribi)の発現抑制などを介して,リボソームの生合成を抑制する反応が次々に起こります。このうち,リボソーム生合成因子の抑制に関わる転写調節因子として,Dot6およびTod6が知られています。細胞が飢餓状態になるとDot6とTod6が活性化され,リボソーム生合成因子の発現が抑制されます。【研究の成果】 我々のグループは,細胞内の様々なタンパク質の安定性を調べる過程で,細胞を飢餓状態にシフトすると,Dot6とTod6が速やかに分解されることを見出しました。Dot6とTod6は,飢餓状態において,リボソーム生合成因子の抑制に必要であるにも関わらず,なぜ分解されるのでしょうか。これを明らかにするために,Dot6およびTod6を強制的に過剰発現させることで,飢餓状態においてもDot6とTod6が分解されず蓄積した状態を作り出しました。すると,リボソームの生合成が過度に抑制されてしまい,細胞の生存にも悪影響を及ぼすことが分かりました。つまり,細胞が飢餓状態に陥ったとしても,リボソームの生合成を過度に抑制してしまうのは得策でなく,Dot6とTod6の分解を介して抑制を「微調整(ファインチューニング)」することが重要だと分かりました。【研究のポイント】- 細胞が飢餓状態になると,Dot6とTod6が活性化され,リボソーム生合成が抑制されることが知られていました。
- しかし本研究によって,活性化されたDot6とTod6はユビキチン・プロテアソーム系によって速やかに分解されることが分かりました。
- 飢餓状態でDot6およびTod6を強制的に過剰発現させるとリボソーム生合成が過度に抑制され,細胞の生存に悪影響を及ぼすことが分かりました。
- 飢餓状態においてリボソームの生合成を抑制するだけでなく,抑制を緩和(微調整)して必要な量を確保する仕組みも生存に必要と考えられました。
【研究の意義と今後の展開や社会的意義など】 本研究によって,飢餓状態においてもリボソームの生合成はある程度確保され,確保されたリボソームによってタンパク質の合成が一定量続くことが分かりました。しかし,リボソームの微調整が単に「量的」な問題なのか,あるいは,ある種のリボソームは抑制されるが,ある種のリボソームは抑制されないなど,「質的」な制御があるのかという疑問が今後の検討課題です。リボソームの「質」は最近特に注目されているトピックです。細胞内には多数のリボソームが存在しますが,これまでどのリボソームにも大きな差はなく,それぞれ同じようにタンパク質を合成していると考えられてきました。しかし,最近の研究から,構成因子が微妙に異なるリボソームが存在し,それぞれが異なる役割をもっていると考えられ始めています。本研究の成果は,異なる質(個性)をもつリボソームがどのように作られるのかという,基礎生物学的に重要な問題を解析するための手がかりになる可能性も考えられます。【用語解説】<リボソーム>メッセンジャーRNAの遺伝情報を読み取ってタンパク質を合成する「翻訳」が行われる巨大な複合体。真核生物のリボソームは4種類のリボソームRNA(rRNA)と70種類以上のリボソームタンパク質から構成される。真核生物のリボソームの分子量約420万であり,大小2つのサブユニットからなる。<ユビキチン・プロテアソーム系>ユビキチンは76個のアミノ酸からなるタンパク質で,他のタンパク質の修飾に用いられ,タンパク質分解,DNA修復,シグナル伝達などさまざまな生命現象に関わる。プロテアソームはタンパク質の分解を行う巨大な酵素複合体である。ユビキチンにより標識されたタンパク質をプロテアソームで分解する系はユビキチン・プロテアソーム系と呼ばれる。【研究助成】本研究は,科学研究費基盤研究B,挑戦的研究(萌芽),東レ科学技術研究助成,豊秋奨学会の支援を受けて行われました。【論文タイトル】Dot6/Tod6 degradation fine-tunes the repression of ribosome biogenesis under nutrient-limited conditions【著者】Kino Kusama, Yuta Suzuki, Ena Kurita, Tomoyuki Kawarasaki, Keisuke Obara, Fumihiko Okumura, Takumi Kamura, and Kunio Nakatsukasa【掲載学術誌】学術誌名 iScienceDOI番号:https://doi.org/10.1016/j.isci.2022.103986