第 11 回中京区認知症フォーラムのご報告
中京区認知症連携の会代表 医療法人七生会 辻医院 辻 輝之
中京区認知症連携の会の活動として、3月1日に、本年度の認知症フォーラムを行いました。今回は2年前のユマニチュードをテーマとした時と同じ、府医の行う認知症対応力向上多職種研修を兼ねています。
一昨年認知症基本法が成立し、この法律とその政府発表コメントによって、先進各国に 20 年以上遅れて、認知症施策はようやく国家プロジェクトになったといえると思いますが、万歳の声があがるわけでもなく、ちょうちん行列ができるわけでもなく、レカネマブ(抗アミロイド抗体)発売と時期が重なったこともあり、マスコミもあまり取り上げませんので、地域で専門職、住民の方と共有してゆく機会が必要だと考えました。この法律の根幹は、基本的人権にのっとった、認知症に関する正しい知識及び認知症の人に関する正しい理解です。言い換えると、客観的な三人称的な知識を、あなたと私という二人称的対応に活かすということかと思います。このことを長年著作や講演などで発信してこられた岩田誠先生に「認知症と生きるということ」というテーマでご講演をいただきました。家族の会の前代表鈴木森夫氏には、基本法制定の委員としてかかわられて、 2012 年の、中京東部医師会も参加団体て名を連ねた、「京都式認知症ケアを考えるつどい」に端を発した京都式オレンジプランから認知症基本法につながる熱い物語を語っていただきました。国会で全員一致で採択されたときは、万歳を叫びたかったとおっしゃっていました。
第二部では、基本法の理念の⑦に謳われている、学校への啓発を、全小学校へ進めておられる、西京区の先行事例を、塚本忠司先生と沓掛包括の山口貴也氏にお願いし、中京で始めている、小学校、中学校、高校への認サポのご紹介を薬剤師会の片岡玲奈先生と御池包括の立見和正氏にお願いしました。西京の、民生児童委員さんが学校を動かし、そこに老人福祉員さんや社会福祉協議会が加わり、連携支援センターや医師会が支えるという、第一部の認知症と生きるという、目指す共生社会へむけての、バックキャスティングとしての事業だと感じました。中京はまだ、数校で始めている段階ですが、今回行った中学校への啓発からは、より大人に近づく世代、また想像していた以上に身近に認知症の家族がいるこの世代へのアプローチの重要性を感じますし、しなやかな共感性はむしろ私たちが学ばされます。ここでは、生徒さんからいただいたたくさんの感想から二つだけ紹介します。
「祖父母にとって私は大切な孫で、だからこそできることがあると深く感じた。また、相手の気持ちを考えるという当たり前のことが認知症にかかった人とともに生きて行くうえで最も大切なものだと分かった。」
「私には小1の時に亡くなったひいおばあちゃんがいた。ひいばあちゃんは幻覚が見える認知症でよく自分が子育てをしていた時の回想をしていた。私が幼稚園の時に赤子を抱くしぐさをしていたひいばあちゃんにティッシュケースを渡したのを覚えている。あの時どうしたらよかったのか今でもわからないが、正解が無いからこそちゃんと向き合い続けることの大切さがわかった。」
何も付け加えることはないですね。まさに二人称的アプローチです。小学校での認サポでいただいた感想を見ても思いますが、私たちにできるのはこうした気持ちを守ることだと実感します。
このようなフォーラムや認サポ、毎月のオレンジカフェ(認知症カフェ)などの活動は、2011 年以来、2か月に1回のミーティングで話し合いを続けてきた中京区認知症連携の会に参画されている、関連団体、行政、家族の会のみなさん、また、その皆さんのつながりでご協力いただいている皆さんのお力でできることです。そして、その会が維持できたのは、ひとえに中京東西の両医師会のご理解、ご協力のおかげです。この場を借りて感謝申し上げます。
最後に、すばらしいキーノートスピーチをいただいた岩田誠先生から事前にお送りいただいた講演要旨を転記いたします。今回のキーノートというにとどまらず、今後の認知症支援活動の柱として、医師のみならず、地域のすべての人と共有したい内容です。
講演「認知症と生きるということ」の要旨
1 認知症とは病気の名前ではなく病態を示す用語であることを忘れずに。
認知症の原因で最も多いのが、誰にでも起こりうるアルツハイマー病。高齢発症の認知症では、脳血管障害型認知症やレビー小体型認知症でもアルツハイマー病が合併しているのが普通です。
2 認知症の診断はどうあるべきか。
脳画像検査、知能検査は参考資料に過ぎません。日常生活の変化の聴取が重要。
従って、生活を共にしている人からの情報が重要。早めの対策を考える上では、早期診断は大切。
3 多くの認知症患者の中心症状“物忘れ”とは?
出来事記憶のうちの近時記憶(短期記憶ではありません)が形成されないことであり、忘れているわけではありません。これに対し、遠隔記憶、意味記憶(知識)、作業記憶(技能)は保たれています。失われた能力と保たれている能力のアンバランスが、しばしば行動異常を招きます。
4 共感的理解の必要性
一人称的アプローチ(独断)、三人称的アプローチ(業界用語)ではなく、二人称的アプローチ(あなたはどうしてそう思うの?)を大切にして下さい。 BPSD の D は不要。一見異常に見える行動の謎を解き明かす努力を忘れずに。
5 認知症だけを持つ認知症患者は少ない。ほとんどの認知症患者では、既に様々な加齢関連疾患の診療を受け続けています。
認知症患者が様々な疾患や手術などで入院する時には認知症患者のかかりつけ医の存在が欠かせません。個々の病気を診る医者だけでなく、認知症患者という人を診る認知症患者のかかりつけ医という存在が必要なのです。
参考文献:
岩田 誠:臨床医が語る 認知症と生きるということ。日本評論社、東京、2015.