C. elegans
神経は軸索と呼ばれる長い突起を持ち、それを使って他の神経や筋肉に情報を伝えています。 事故や手術等により軸索が損傷・切断されると、神経は情報を伝えられなくなり、 運動障害や感覚障害等を引き起こします。そこで神経は、 切断された軸索を伸ばして他の神経や筋肉に再び繋げることにより、 その機能を回復させます。その現象を神経軸索再生と呼びます。
一般に、ヒトを含む哺乳動物では、中枢神経が切断されるとほぼ再生しません。 しかし中枢神経自体は軸索を再生する能力を潜在的に持っていますので、それを適切に刺激すれば、 軸索再生を誘導して神経機能を改善することが可能ではないかと考えられています。
最近の研究から、 神経軸索の再生機構は線虫から哺乳動物まで種を越えて共通であることが分かってきています。 私たちは、線虫のJNK MAPK経路が、 神経軸索再生の誘導において重要な役割を果たしていることを見いだしました (Nix et al. 参照)。さらに、増殖因子様蛋白質SVH-1と、 その受容体であるチロシンキナーゼSVH-2が、 軸索再生において重要な役割を果たすことも見いだしました (Li and Hisamoto et al. 参照。この論文はNHKや新聞等でも紹介されました)。さらに、SVH-1が脊椎動物の増殖因子HGFと血栓溶解因子 プラスミンの先祖にあたる遺伝子であり、その両方の機能を持つことも分かりました(Hisamoto et al. 2014 参照。科学新聞でも紹介されました)。 SVH-2は普段は神経で発現していませんが、 軸索を切断された神経ではp38 MAPキナーゼ経路とプロテインキナーゼA経路の両方が活性化することによりその発現が誘導され、それがさらに JNK MAPキナーゼ経路を活性化することにより軸索再生を誘導していました。(Li et al. 参照。新聞等でも紹介されました)。また私たちは、体内マリファナと呼ばれる物質アナンダミドが、三量体G蛋白質を介してこの経路を負に制御する ことで、再生中の神経が切断部位を忌避することも見出しました(Pastuhov et al.2012 および Pastuhov et al. 2016-1 参照。NHKや新聞等でも紹介されました)。
さらに驚くべきことに、軸索を切断された神経はその本来の性質とは関係なく、 神経伝達物質のひとつであるセロトニンを産生する神経に一過的に変化することにより、自らの軸索再生を促進すること も見出しました(Alam and Maruyama et al. 参照。新聞等でも紹介されました)。それらに加えて、細胞死を制御する経路の一部 (Pastuhov et al.2016-2 および Hisamoto et al. 2018 参照。新聞やAAASを 含む海外の複数メディアで紹介されました) やコラーゲン (Hisamoto and Nagamori et al. 参照。科学新聞で紹介されました) が神経軸索再生を制御することも見出しています。
現在、神経軸索の再生に関わる他の候補因子についても解析を進めると同時に、神経の老化やシナプス制御、神経機能の研究等も精力的に行っています。
■■ 論文 ■■
Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 2011
JNK MAPK経路による神経軸索再生制御の発見
SVH-1/2の同定
アナンダミドによる軸索再生抑制機構の解明
SVH-1の進化的由来と新たな機能
切断神経がSVH-2を発現する機構の解明
切断神経のセロトニン産生化による軸索再生促進
細胞死を認識するシステムによる軸索再生促進機構の発見
コラーゲンによる軸索再生促進機構の解明
神経軸索再生におけるシグナル伝達経路:C.エレガンスからの洞察 (review)
ホスファチジルセリンによる神経軸索再生促進
乳がん原因遺伝子による神経軸索再生制御
Etsの SUMO化による神経軸索再生制御
Tensinによる神経軸索再生制御
コラーゲン受容体への糖鎖付加の神経軸索再生における役割
乳がん原因遺伝子BRCA1ホモログによる神経軸索再生制御
インテグリンによる神経軸索再生制御
神経軸索切断後に転写因子Madの分解を行う因子の発見
CDK14による非古典的Wntシグナル経路を介した神経軸索再生制御
化学シグナルによる神経軸索再生制御
ヒスチジンリン酸化シグナルによる神経軸索再生制御
Rhotekinによる神経軸索再生制御