1954年東京都中野区生まれ。中央大学法学部卒業・大学院修士修了・博士退学。九州大学より博士(法学)取得。北九州大学法学部教授・龍谷大学法科大学院教授等を経て2023年法学部教授を退職。同大学名誉教授。ドイツ・ゲッティンゲン大学客員教授。現在、一般社団法人刑事司法未来代表。2023年第13回作田明賞優勝賞受賞。受刑者の法的地位(修士)、社会的法治国家における刑事立法政策(博士)で学位を取得し、自由刑、薬物政策、社会治療、死刑問題、刑事司法記録の保存、大逆事件、生命倫理などを研究し続けている。第二東京弁護士会に所属し、20年間、刑事弁護を続けている。
福山大学教授、元札幌矯正管区長。1988年法務省採用、法務本省や矯正研修所、矯正管区等で勤務する他、矯正職員として少年鑑別所に2年、少年院に7年、刑務所に8年勤務するなどPFI刑務所を含めて矯正施設におけるほとんどの業務に従事している。研究領域は矯正処遇論、更生支援論、明治以降の刑事政策等に関する歴史研究。現職中に8年をかけて博士(法学)の学位を取得するなど、現場の現実の中で感じた様々な課題を理論的に検討し様々な論考を発表してきている。自称『監獄博士』。主な著作は『女性受刑者とわが子をつなぐ絵本の読みあい』(共著・かもがわ出版)『塀の中のジレンマと挑戦』(明石書店)などがある。
今年は戦後80年。私が生まれたのはその1年後、東京の下町北区です。女手一つで育ててくれた母は床屋さん。棒を振り回して遊んだ悪ガキの中にいて、「てめー、この野郎」と近所のおじさん、おばさんたちに怒られながら、見守られ育ちました。大学除籍して、後輩たちが築いたバリケードの中に子どもを背負って遊びに行った頃、”連続射殺魔”とマスコミに呼ばれた事件で逮捕された19歳の少年の獄中手記『無知の涙』と出会い、感謝辞「この本の印刷にたずさわった人々に多謝深謝する」(当時、活版印刷で、植字工という最下層の工員が作業)に魅せられ、その著者・永山則夫のファンになりました。奈良県に転居後、市議2期経験。初当選の5月メーデー会場で手製チラシ「夜間中学生募集」を配ったのは永山さんとの縁もありました。東京に戻った後、交信途絶していましたが、永山死刑確定5年後の1995年突然の通信が届き、身柄引受人候補のまま最後の面会者となりました。処刑の危険に気づけなかったことを悔やみ、形見分け寸前の遺品の大半を預かり保存して、永山則夫本人の言葉を伝える公開活動をしています。
現在は、庶民の共有遺産として永山則夫アーカイブズの認知・保存、調査研究と活用を通じて社会的課題の解決に役立てることと、公共的な場所への寄贈を目指しています。
京都生まれの京都育ち。立正大学教授。博士(法学)。日本犯罪社会学会理事、日本司法福祉学会理事。刑事政策・犯罪学を専門とする日本で唯一の民間の研究所である龍谷大学矯正・保護総合センターで博士研究員を経て現職。2017年にUniversity of London、2018 – 2020年にはUC Berkeleyで客員研究員。主な著書として「刑事司法における薬物依存治療プログラムの意義」(日本評論社〔2016年守屋研究奨励賞受賞〕)、「死刑について私たちが知っておくべきこと」(筑摩書房、2025年)などがある。ポッドキャスト番組「丸ちゃん教授のツミナハナシ」のメインMCも務める。主な業績はタモリ倶楽部の空耳アワーのTシャツ。
1991年静岡県生まれ。奈良県立大学 地域創造学部 講師。東京藝術大学にてアートマネジメントを学び、東京大学大学院人文社会系研究科に進学後「刑務所とアート」の研究をはじめた。主な関心は刑務所とアートを中心に、様々なマイノリティの人権課題とその社会運動や活動の中にある文化的な実践。刑務所アート展の企画・運営を主な活動とする一般社団法人Prison Arts Connections 共同代表を務める他、死刑制度を中心に司法に関する情報の収集・発信を行うNPO法人CrimeInfo副代表を務める。